図鑑
チベタン・テリア
はずむような足取りと気立てのよさが魅力。
ほどよいサイズの頑健な自然児
英名
Tibetan Terrier
原産国名
Dhokhi Apso(ドーキ・アプソ)
FCIグルーピング
9G 愛玩犬
FCI-No.
209
サイズ
原産国
特徴
歴史
「ティベタン・テリア」と表記されることもあるチベット原産の犬。犬種を固定し、犬種スタンダードを作ったイギリスで、うっかり「テリア」の名前を付けられてしまったが、実はこの犬はテリアとは関係ない。たまたま体形がスクエアの小型犬で、ムク毛(シャギー・コート)で一見するとラフコートのテリアに見えたために、不正確な名前がつけられてしまったまま現在に至る。
確かにムク毛の小型犬なのでテリアと勘違いしたくなるのも無理もないが、この犬は、ネズミ捕りのテリアとは性質も適正も異なる。テリアよりも、同じチベット原産のラサ・アプソの遠い親戚だと考えたほうが自然。チベタン・テリアも欧米の名前ではなく、ラサ・アプソのように土地の名前である「ドーキ・アプソ」で呼んでもらえたほうが、誤解を生まなくてすんだ気がする。
ついでに補足すると、チベタン・テリアと同じく、テリアの名前が付いているが中味は違う犬として「ブラック・ロシアン・テリア」がいる。こちらは有能な警護犬を作るためにかなりたくさんの犬の血を導入して犬種改良しており、性質や仕事的にはジャイアント・シュナウザーやロットワイラーといったワーキング(使役犬)グループに属する。
さてチベタン・テリアは、ヨーロッパのムク毛の牧羊犬をミニチュア・サイズにしたような外貌をしている。体高順に言うと、オールド・イングリッシュ・シープドッグ>ベアデッド・コリー>ポリッシュ・ローランド・シープドッグ>チベタン・テリアで、4犬種を同じ被毛色で並べようものなら、4段階のサイズ違いの犬と勘違いしたくなる。
なぜ風貌が似ているのか、血縁があるのか、犬種スタンダードに表記はない。ただ俗説によると、ポリッシュ・ローランド・シープドッグはチベタン・テリアとプーリーの子孫とも言われているので、何らかの関係があるのかも。見かけだけでなく仕事も酷似している。彼らと似たムク毛のチベタン・テリアもアジアの真ん中で牧羊犬として働いていた。これはたまたまの偶然なのだろうか。
そもそもチベタン・テリアは、チベットの当時の首都ラサの、ラマ教の寺院で「幸福を招く守護犬」と大事にされ、神聖化されていた。「この犬を手放すと幸運が逃げる」という言い伝えがあり、チベット人はこの犬を売ることを拒んだ。そのため門外不出となり、この犬の純粋性が保たれていた。ただ、かたや寺院の僧侶から、「幸福のお裾分け」ということでチベットの遊牧民に譲られることもあったという説がある。
実際、チベタン・テリアは寺院で寵愛を受ける暮らしをしていたラサ・アプソや
シー・ズー とは違い、小さな牧羊犬として仕事を任されていた。ヒツジやヤク(中部アジアのウシ)のそばにいて、自分の方がサイズが小さいのにときに彼らをオオカミなどの野生動物や泥棒から勇敢に守る仕事もした。犬種スタンダードによると、猟犬のようにポインティングや回収作業もできたという。さらには、夏にはヒツジのように毛を刈られ、ヤクの毛と混ぜて織布となった。チベットの人々にとって、いろいろな意味で役に立つ暮らしのパートナーだったと想像できる。
本犬種を初めてチベットからヨーロッパに連れてきたのは、イギリスの外科医、アグネス・R・H・グレイグ女史であった。彼女は1920年代初めに、チベットとインドの国境の病院で、チベット人患者の命を救い、その成功した手術のお礼に「ビューティ」という名前のメスのチベタン・テリアを贈られた。グレイグはすっかりこの犬に夢中になってしまい、以来、生涯をチベタン・テリアのブリードに捧げたという。ビューティを手に入れた2年後に、オスを手に入れて繁殖を始めた。
チベタン・テリアは可愛いだけでなく、勇敢でもあった。グレイグが「狂犬」(インドでの話なので狂犬病の犬かもしれない)に襲われそうになったとき、彼女を守ろうとして相手の犬に飛びかかり、ひどく咬まれた後に死亡したという逸話も残っている。
グレイグはまずインド・ケネル・クラブにこの犬種を承認させ、1930年代に彼女がイギリスに戻ってから、ロンドンのケネルクラブに働きかけて、1937年に承認させることに成功した。グレイグのファンシャーとしての熱意や情熱がすごい。そしてグレイグがブリーディングした子犬1頭を、アメリカのブリーダーのアリス・マーフィが輸入し、彼女もまた、たちまちこの犬のファンシャーとなる。さらに10頭を手に入れて、北米でこの犬種を確立させた。1957年にはチベタン・テリア・クラブ・アメリカを設立し、1973年にはAKC(アメリカン・ケネル・クラブ)が正式に公認した。
欧米では、小型の愛玩犬ラサ・アプソほど大きく人気が出ることはなかったが、ファンシャーには強い支持を受けている。
ただ、この犬をもともとは牧羊犬と認めたがらない一部飼い主もいるそうで、チベタン・テリアは生粋のコンパニオン・ドッグであると主張する意見の対立があるらしい。たしかに欧米ではこの犬を牧羊犬に使うことはなく、もっぱらコンパニオンとして愛されている。でも原産国では今でも羊の群れを統率するという従来の仕事をしているという。チベット犬の専門家ジュリエット・カンリフは、2000年にチベットを訪れた際に、田舎でチベタン・テリアが羊の群れを追っている姿を見ることができたと報告している。
ただ現地では中国共産軍がチベット犬を大量殺戮したという事件も起きているそうで、本場のチベタン・テリアは希少化している。犬や彼らと暮らす歴史文化が、政治の争いに巻き込まれ、絶滅に追いやられそうになるのは悲しく、残念なことである。
日本では、チベタン・テリアは珍しい犬種ではあるが、毎年14〜39頭ばかりJKCに登録されており(2010〜2013年度)、登録頭数ランキングの100位前後にいる。熱心な愛好家によって愛され、オフ会もこまめに開かれており、地に足のついたファンシャーが日本にも根付いているようだ。
チベタン・テリアは、イギリスのグレイグにせよ、アメリカのマーフィにせよ、そして日本でもいいファンに支えられている犬種。それだけ夢中にさせる特別な魅力がある犬なのだろう。
外見
体高はオス35.6〜40.6cm。メスはわずかに小さい。おなじみの
柴犬 の体高は、オス39.5cm、メス36.5cmが犬種スタンダードなので、体高としては柴をイメージするとよい。体重は犬種スタンダードに表記がないが、ファンシャーに話を聞くとおおよそ8〜13kgくらい。体重もだいたい柴くらいだが、毛がムクムクしている分、柴より少し大きめに見える。
全体的な外貌はスクエア。体長と体高の長さは等しく、たしかにスクエア型の体形はテリアっぽい。コンパクトで力強いボディで頑丈そう。ただ、しっぽはテリアと大きく違う。テリアのしっぽは真上にピンと自信たっぷりに立っているが、チベタン・テリアは背中に向かってくるんとカーブしており、豊かな飾り毛もある。しっぽの飾り毛も、おでこの毛も、上から見ると開いた菊の花のようだ。
頭部の長い毛をかき分けると、大きな丸い目が現れる。この目はどこかで見たことがある。そう、ポリッシュ・ローランド・シープドッグやベアデッド・コリーたちとよく似ている目だ。目とマズルの位置関係も、ポリッシュたちと類似しているように感じる。彼らと血縁があるのか不明だが、DNA鑑定をすれば先祖犬同士に関係があるのかどうか、判明するかもしれない。
被毛は、チベットの厳しい気候にも耐えられるたっぷりのダブルコート。上毛は豊富で、細くて長く、真っ直ぐな子もいれば、ウェービー(波打ったような毛)な子もいる。でもカーリー(巻き毛)ではない。下毛は細く、ウーリーな羊毛のような毛。毛玉になりやすいので、こまめにブラッシングをしてからまないようにする。
毛質や毛量の個体差にもよるのだろうが、「抜け毛はあまりない。櫛を入れるとちぎれて抜けるくらい」という飼い主さんもいるし、「抜け毛はけっこうある」という飼い主さんもいる。ただ総合的に考えて、寒い地方のダブルコートの犬なので、抜け毛は多めだと想定できる。
本犬種はトリミング犬種ではなく、毛も一定の長さで止まってそれ以上伸び続けるということはない。よって、必ずトリマーに依頼しなくてはいけないという犬ではなく、頑張れば自分でシャンプードライをすることもできる。そのときは、豊富な下毛もしっかり乾かすこと。
シャンプードライには手間と時間がかかり大変なのと、少し毛をこぎれいに揃えてもらうなどために、トリミングサロンに定期的にお願いしている家庭も多い。日本で飼育頭数が少ない犬種なのでトリミング代の平均金額もよく分からないが、10kg前後のダブルコートの犬なので、それなりにトリミング代は高額だろう。ちなみに同じくらいの大きさのテリア種のシャンプーカットだと、都心部で7000〜1万円くらいだ。
毛色は、チョコレートとレバー以外であれば何色でもよい。ホワイト、ゴールデン、クリーム、グレー、スモーク、ブラック、パーティ・カラー(地色に1色または2色のはっきりしたぶちがある。たとえばホワイト&ブラウン斑やホワイト&ブラック斑など)、トライカラー(黒と黄褐色と白の3色の毛色)などが見られる。
毛色
なりやすい病気
遺伝性
進行性網膜萎縮
神経セロイドリポフスチン沈着症
先天性前庭症候群
膝蓋骨脱臼(パテラ)
股関節形成不全
水晶体脱臼
先天性
その他
魅力的なところ
はずむような動きと気立てのよい性格で、愛嬌たっぷり。
猫っぽい気ままなとこがある、ちょっと普通と違う不思議な犬。
チャーミングな風采。サイズもムク毛も、日本ではあまり見かけない犬。
手頃なサイズでハンドリングも難しくない。
家族との関係を大事にする犬。
けっこうワンマンドッグ。知らない人にはわりと無愛想。飼い主家族だけに見せる忠犬ぶりがいい。
しつけも問題なく普通にできる。頑固でもなく、要求も高くなく、依存心も強すぎない。
おおらかで細かいことは気にせず、子供にも寛容。よき遊び相手になれる。
必要とあれば番犬にもなれる。勇気もある。でも攻撃性が高いわけでもない。
活動的で元気。キャンプやジョギングのお伴も喜んで。
大変なところ
他人に「愛想がない」と言われるかもしれない(でもそれは気にすることではない)。
ピンポイントで警戒心が強く、許せないことがあると、こだわりやすい(たとえば雷など)。無駄吠えするようならトレーニングが必要。
牧羊犬らしく敏感で警戒心が強い性格が強い子は、番犬になりすぎて吠える可能性あり。
チベットの風雨に耐えられる犬ゆえ、日本の蒸し暑い夏は苦手。
抜け毛はそれなりにある。毛玉にもなりやすい。ブラッシングはこまめに行う。
自分でシャンプードライするなら、手間と時間は覚悟。
トリミングサロンに依頼するなら、それなりに高額。
抱っこ移動はかなり重たい。自家用車があった方がよい。
いくつかの遺伝性疾患に注意。
遺伝子検査を行っている優秀なブリーダーを探す努力が必要。
まとめ
明るく気立てのいい犬。子供の相手にも有望株
柴犬くらいの大きさで女性でも扱いやすいサイズだし、性格も明るくて愛嬌がある。家族との関係を大事にするのでしつけも比較的やさしい。勇気はあるが、喧嘩っ早いわけでもない。外向的だが、興奮しすぎるとか他者や他犬にフレンドリーすぎて迷惑をかけるというほどでもない。サイズも性質も運動量も、何事にも中庸で、飼いやすい犬種の1つといっていいだろう。
子供の相手や、高齢者の散歩のパートナーにも悪くない。チベットとインドの国境で、この犬をプレゼントされたDR.アグネス・R・H・グレイグが、彼の地で惚れ込み、どっぷりはまって、自分の母国イギリスに連れ帰って尽力するのも分かる気がする。
これだけ飼いやすそうなコンパニオンでありながら、日本でも世界でも、なぜかそれほど有名でないのが不思議。昔は寺院の守護犬として門外不出の犬、今は今で、チベットが中国と複雑な関係のため現地で迫害されるなど、チベタン・テリアの遺伝子プールがそれほど多くないことも関係しているのかもしれないが、本当のところはよく分からない。
心ある優秀なブリーダーが、国境を越えて協力し合い、いいチベタン・テリアを後世に残してくれることを祈る。
毛の手入れは頑張る必要がある
素朴なムク毛の風采なので、
プードル やシー・ズーのようにカットに凝ったり、おしゃれなグルーミングに精を出す必要はない。そのナチュラルな感じが魅力といえる。でも故郷は標高5000m近いチベットの高原なので、耐寒性のある被毛を持っているだろうから、日本の蒸し暑い気温や湿度は苦手で、それだけ毛の衣替えも必要だろう。
取材中には、櫛でとかせばちぎれるように切れるのでそれほど毛は抜けないし、手入れは苦労しないという飼い主の意見もあったが、それはまれな例かもしれない。ダブルコートの長毛種なので、やはり毛の手入れやお部屋の掃除が苦にならない人向きだろう。
またトリマーに依頼する場合は、まずプロであってもこの犬種を今まで見たことがなく、トリマー学校でも触ったことのない人が多いと思うので、サロン探しは少し慎重になったほうがいい。妙なカットにされたり、思ったよりも割高な金額を請求されたりなどのトラブルがあるようだ。あるいは最初から引き受けてくれない場合もある。ファンシャー同士のネットワークを駆使して、チベタン・テリアの扱い方に長けている人に頼むのが安心。
体重10kg程度の小型犬だが、タフで活発。飼い主さんも元気な人希望
柴犬ほどのサイズだが、原産地では牧羊犬として、広大なチベットの高原の原っぱをヒツジやヤクと走り回っていた犬である。ほかの小型犬種でもたいがいそうだが、犬にとって外を駆け回るのは生きがい。ましてや牧羊の仕事をしていた犬には、たっぷり運動をさせる生活を心がける。チベタン・テリアはそれほど要求や文句の多い犬ではないが、やはり運動不足や刺激不足だと、ほかの犬と同じく問題行動を起こす原因となる。
牧羊犬ということは知的好奇心も高く、賢い犬なので、ボールのモッテコイ運動やアジリティーなどのドッグ・スポーツにも元気よく喜んで参加するだろう。いろんな遊びやゲームを取り入れて、遊び好きな犬の心も満たしてあげてほしい。
進行性網膜萎縮やCL病、骨関節などの遺伝性疾患が多い。ブリーダー選びは慎重に
日本では飼育頭数が多くないためにあまり症例数を聞く機会はないが、失明の怖れの高い進行性網膜萎縮や、日本ではボーダー・コリーで有名な運動障害・知的障害・視覚障害などを起こして若年で死亡する神経セロイドリポフスチン沈着症(CL病)、膝蓋骨脱臼(パテラ)や股関節形成不全など歩行が難しくなることもある骨関節の病気など、日本でもよく話題になる遺伝性疾患が本犬種にも多い。
ただこれらの病気は、繁殖に使う親犬の遺伝子検査を行うことにより、リスクを低くすることが可能な病気である。病気への知識を深め、情報をたくさん持ち、親や親戚犬の遺伝子検査をきちんと行って、これらの遺伝性疾患の淘汰を目指しているブリーダーを探し、子犬を譲ってもらうことが非常に大切だ。
幸いチベタン・テリアは、国内では流行犬種ではないので、ブリーダーも限られる。正しい繁殖管理を行い、本犬種の未来をよく考えて、健全なチベタン・テリアの作出に力を注いでいるシリアス・ホビー・ブリーダーを選ぶことが、幸せなドッグライフの第一歩といえる。
このページ情報は,2014/11/08時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
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