歴史
古くは「ウェルシュ・ブラック・アンド・タン・ラフコーテッド・テリア」という長い名前で呼ばれていた。言い伝えでは、起源は13世紀に遡るとされるが、1700年代前半より前でこの犬種に関した文献や絵の記録はないので、実際のところはよく分かっていない。はっきりしているのは、1886年にウェルシュ・テリアとして認定されたということ。
でも複雑なことに「オールド・イングリッシュ・ワイヤーヘアード・ブラック・アンド・タン・テリア」という犬種とも同一の組だったために、ショーで混乱していたときもあったが、1888年にイギリスで単独リング、1901年にアメリカで単独リングを与えられた。なお「リング」とはドッグショーで競う場所のことで、通常は1犬種につき1リングと決まっている。よって、単独リングを与えられたということは、そこでようやく犬種の区分が明確になったというわけだ。
今日(こんにち)のウェルシュ・テリアは、体型からしても、タン(黄褐色)に黒いサドルというカラーからみても、
エアデール・テリアのミニチュア版に見える。でもエアデールを祖先にミニチュア化したのではなく、祖先犬は「オールド・ブロークンコーテッド・ブラック・アンド・タン・テリア」という犬。この犬に、エアデール・テリア、レイクランド・テリア、アイリッシュ・テリアの血を入れて改良された。
レイクランド・テリアは狐殺しのプロ、アイリッシュ・テリアは狐やウサギ狩りの一流の殺し屋で「赤い悪魔」とまで異名をとる勇猛剛胆な犬。そういう犬達の血が入っているのかと思うと、おのずとウェルシュ・テリアもそれなりの犬と覚悟したほうがいいという気持ちになる。
しかし、複数の文献によるとウェルシュ・テリアは、ほかの類似したテリアよりは扱いが楽だとされている。それほど喧嘩好きではなく、しつけも楽とのこと。そう書かれていても本来テリアは気丈で頑固で興奮しやすい犬なので、手放しで信じることはできないが、とりあえず今回取材で会った個体は、犬が大勢いる場所でも喧嘩はせず、陽気な愛嬌者だった。
世界的にみても、日本でも、それほどポピュラーな犬ではないが、もしかすると本当に付き合いやすい良き家庭犬で、足長テリアの外貌が好みの人には意外とダークホース的存在かもしれない。引き続きリサーチしたい犬種である。
外見
エアデール・テリアを小型化したような色と体型。体高は上限39cm。体重9〜9.5kg。オスの
柴の犬種スタンダードが体高39.5cmなので、ボリュームとしてはだいたい柴くらいのイメージである。
足が短めでころんとした体型のケアーン・テリアやノーフォーク・テリアなどのテリアと違って、ウェルシュ・テリアは足長の体型。この犬は18世紀に、起伏の激しいウェールズの山間部で狩猟をするために改良されたという。さらに18世紀の狩猟に関する資料によれば、当時ハウンド(獣猟犬)のパック(群れ)と共にウェルシュ・テリアのタイプの犬が狩猟に使われていたという記録がある。すなわち、大型の
ビーグルのようなハウンドたちと一緒に野山を走ることのできるスピードとスタミナがあったという証しではないだろうか。
被毛は、針金状の硬いワイヤーヘア。量が豊富でボディに密着している。毛色は、ブラック&タンか、またはブラック・グリズル&タンが好ましい。ブラック・グリズルは、黒褐色が混じったようなグレーだ。四肢の指にブラックの線(ペンシリング)が入ることもあるらしいが、これはよろしくない。ホック(飛節。くるぶし)より下にブラックが入っている個体は、きわめて好ましくない。
テリアは自ら抜け替わらない毛なので、抜け毛はあまりない。その代わり、そのままにしているともじゃもじゃと長くなる。約1か月に一度トリマーに依頼することになるので、トリミング代がかかる。中型テリアなので、ほかの小型トリミング犬種より金額も高い。1万円近くするはず。ショードッグと同じような被毛を保ちたいのなら、特別な技術が必要なので、近所のトリミング・サロンでは受け付けてもらえない可能性が高い。また、ショー用のトリミングなら普通よりも高額になる。
この犬を飼いたいのなら、子犬を譲ってもらうブリーダーや、同じ犬種を飼育中のファンシャーをネットなどで探し、予習をしておこう。
近くにいいトリマーがいなかったり、高額なトリミング代は困る一般家庭では、毛が柔らかくなるのもよしとして、バリカンやハサミで手入れをするペット仕様の手入れをしていることも少なくない。
そうしたトリミング方法の差による毛の質の違いにより、日々の毛の手入れ方法は異なる。家庭犬で柔らかい毛の場合は、週に2回ほど、コーム(櫛)でとかしてあげる。プードルほどはからまないので、コーミングはそんなに難しくはない。そして毛が長くもじゃもじゃになってきたら、トリミング・サロンに依頼する。
一方、ショードッグ並みに硬くて黒々とした毛を保つ場合は、それぞれのトリマーにより一家言があるので、信頼しているトリマーに、家でのメンテナンス方法を聞くとよい。
歩様は、前肢も後肢もまっすぐ前に伸び、平行に動く。ジャンプするときも、前両足をピーンと前にだす。その姿がなんともテリアっぽくて可愛い。
しっぽは慣習的に断尾されていたが、ヨーロッパでは断耳・断尾は禁止の流れになっているので、日本でも近い将来断尾されていないテリアが増えるだろう。いずれにしても、ピンと真上に直立している。その自信満々な感じが、またテリアらしくていい。
毛色
まとめ
まずはテリア気質を理解する
テリア気質とは、気が強くて、興奮しやすく、勇敢すぎて血気盛んで、頑固で、気難しく、自立心旺盛。臆病ではなく、快活で、明るく、おきゃんな楽しい性格。もともと、ネズミやウサギ、キツネなどをいたぶり殺すのがテリアの仕事なので、そういうテリア気質は立派な優れた才能だ。けれども、猟犬やネズミ殺しの仕事をさせるつもりがなく、家庭犬として飼う場合は、可愛い部分とコントロールが難しい部分の両方を持っているとまず理解すべきである。
テリアは小型犬がほとんどなので、世界でも日本でもコンパニオンとして人気がある。でも欧米の人は、小さいけれどそのたくましいテリアらしい性質を理解していることも多いのだが、なぜか日本人は、ただ小さいから飼いやすそうとか可愛いから欲しいなどと外貌だけで選びやすいので、あとで不幸が起きる。
もともとテリアは、抱っこされるために小型のサイズでいるわけではない。穴に逃げ込んだネズミを追いかけ、地面を掘って捕獲するためである。そして捕まえて噛み殺すのが本業である。勇敢なのも、興奮しやすいのもそのためだ。自己判断能力が高く、頭の回転が速く、自主性が高く、人間への依存心が少ない(服従性が低い)のは、自己判断でハンティングをするのが仕事だからである。だから、人間と共同作業しながらハンティングの相棒に使われる
ラブラドール・レトリーバーのようなガンドッグ達とは違い、「呼ばれたらいつでも飛んで来る」犬とは本質が違う。素直で従順な犬が理想なのであれば、テリアを選ぶべきではない。
自分に自信のあるテリアは、他人の意見に従う気持ちが低く、しつけるには忍耐力が必要で、素人には難しい犬。でもテリアは頑固で気位が高く、へこたれないそういう強さが魅力なのである。だから世界中にテリア・ファンシャーが根強く存在するのだ。
よって日本人で初めて犬を飼おうとする人にお願いしたいのは、必ずその犬種の内面も見てほしいということ。外貌から好みの犬を見つけるのは確かに楽しいし、ワクワクする。それも否定しない。でも外見だけに惚れ込んでも、長続きはできないことがある。性格の不一致で離婚するのは人間夫婦ならよくあることだが、自分から一方的に惚れ込んで選んだ犬をあとで「性格が手に負えない」といって捨ててしまうことのないように、テリアの内面の性格をよく理解してから、伴侶にするかどうかを判断してほしい。
コンパクトで扱いやすく、性質も割と付き合いやすい
手強くも魅力的なテリア気質について上記で説明したが、ウェルシュ・テリアは、ほかの類似したタイプのテリアの中では、テリア気質がマイルドで扱いやすいようである。初めて犬を飼うのだが、テリアが大好きで、どうしてもテリアと暮らしたいと望むなら、このウェルシュ・テリアやシルキー・テリア、ボストン・テリアなどを候補に考えるのがよいかもしれない。これらの犬種は、テリアの中では比較的攻撃性や反抗性が低いとされる。
その中でもウェルシュ・テリアは、「テリアの王様」と呼ばれるエアデール・テリアを小さくしたような姿で、テリアらしい針金のような粗い被毛に覆われたブラック&タン。王道的なテリア好きの心をくすぐるのは間違いない。勇敢で頭がよく、明るくお茶目で、人を喜ばせるのが大好きなので、楽しい相棒になるだろう。
テリア独特の毛の手入れを日々頑張り、またトリミング代を捻出する経済力は必要だが、それをクリアできるテリアloverには、比較的飼いやすい部類と言ってもよいと思う。
病気の少ない丈夫な犬。運動はたっぷり行い、機嫌を損ねないように
体重が10kg近くある活動的な猟犬(テリアも猟犬の部類である)なので、毎日の運動の時間はたっぷり必要。1〜2時間歩いたって、へっちゃらだ。そしてテリアは、好奇心もとても強い犬で、いろんな刺激も欲している。毎日出かけて、さまざまな世界を見せてあげてほしい。
コンパクトなサイズなので、中型犬や大型犬ほど力が強くて手に負えないというほどでもなく、女性でもコントロールはできるだろう。必要なのは腕力よりも、テリアの気丈さに負けない、親分としての強い精神力である。散歩コースの主導権は、飼い主が握るようにする。
人間と並んで歩くだけではいい筋肉が育たないので、とくに若い時代には、ドッグランなどで自由運動もさせよう。ボールのモッテコイ運動も得意だし、障害物競走のようなアジリティーを楽しむことも好き。ハードルをジャンプするときの、ウェルシュ・テリアのピョーンと伸びた足は最高に可愛いので、飼い主であればこれを見ないのはもったいない。
また俊敏でタフな体力の持ち主なので、ハイキングやキャンプなどのアウトドアのお伴もこなす。ジョギングにも付き合ってくれる。そう考えると、小型犬サイズながら潜在能力は高い。住環境の制限や腕力の自信のなさなどから中型犬や大型犬を選べない家庭にとって、素晴らしい選択肢の1つといえる。
また、テリアの体はそもそも頑強で、病気の少ない犬種が多いが、とくにウェルシュ・テリアは世界的にも乱繁殖されていないせいか、かかりやすい病気としてあげられているのが緑内障だけという優良健康体である。元気でいれてくれるのはいちばんありがたいし、獣医療費がそれほどかからないので、親孝行(飼い主孝行)な犬種といえるだろう。
ここまでいろいろと誉めてしまったが、あくまでもテリアはテリアであることを忘れずに。頑固だし、文句や要求の多い犬である。また頭がいいので、一度要求が通ると、次も同じことを要求してくる。規律のある生活を教えることは大事。また、運動不足や刺激不足だとストレスが溜まり、どのような問題行動となって現れるか分からない。しっかりした運動、しっかりした規律を与えることが、テリアと平和に友好的に暮らすコツだ。
ペット・クリップにしても、毛の手入れは毎日
テリアなので抜け毛は少なく、部屋の掃除は他犬種に比べれば苦労しない。そのかわり毎月トリミングに通うことになる。トリミング代がかかる犬種であると認識しておくこと。ウェルシュ・テリアはポピュラーな犬種ではないので、トリミング代の平均値段を調べるのが難しいが、ペット用のバリカンで刈るクリップでも、おおむね8000〜1万円くらいだろう。
ショードッグのようにトリミング・ナイフで毛を挟み込んで抜くような特別な技術を要する場合は、むろんそれよりも高額になる。都内で1万5000円くらい。でもそもそも、近所にテリアを得意とするトリミング・サロンはないかもしれないので、探す努力が必要となる。また、腕の悪いサロンでは、皮膚が赤くなって痛がったりすることもある。テリア・ファンシャーの口コミを探し、信頼のおける店を探したほうがよい。
ショードッグのように硬い毛を保つのか、あるいはコンパニオンとして飼うのでなるべく簡素な手入れ法にするのかで、日々の手入れの仕方は変わってくる。バリカンをあてる方法のペット・クリップであれば、1日おきくらいにコーミング(櫛入れ)をして、からんだゴミをとり、毛玉にならないように整えておく。シャンプーは、月1度のトリミング・サロンでお願いすることになる。
ショードッグ並みに特別の技法で硬い毛をキープしたい場合は、トリマーやブリーダーにより一家言あるので、信頼しているプロの意見に従おう。
また子犬の頃は、まだパピーの毛なので毛も長くないが、だんだん大人の毛に変わってくると、もつれやすい毛になる。成犬になって毛がもつれてからコームやブラシをしようとすると、警戒して嫌がったり、痛くて怒って、手入れをさせてくれない犬になることもある。子犬のときから、ブラシでそっと撫でるなどの練習をして、グルーミング・タイムを習慣化させておこう。