歴史
祖先犬は、チベット原産のラサ・アプソ。ラマ教の教主ダライ・ラマによって、紀元前の時代より中国の歴代の皇帝に贈られてきた犬達が、宮廷という狭い環境の中で一部の特権階級の人たちに愛育されて改良されたと言われるが、詳しい起源は不明。
ちなみにチベット原産の
シー・ズーは、ラサ・アプソとペキニーズの交配により誕生した。つまりペキニーズとシー・ズーは、とても近い親戚である。それもあり、当時はよく混同されることも多かったようだ。シー・ズーは、中国語では獅子狗(シー・ツェ・クウ)という名前。「狗」は中国語で「いぬ」という意味だ。ペキニーズの名は「北京犬」が由来だが、古代中国ではシー・ズー同様に「獅子犬」と呼ばれたり、「太陽犬」「袖犬」とも呼ばれていた。
ヨーロッパにこの犬の存在が知れ渡ったのは、1860年の阿片戦争がきっかけ。中国と闘ったイギリスの兵士が、宮廷に置き去りにされていた西太后の愛犬のペキニーズ5、6頭を保護し、イギリスに連れ帰ったという。そのうちの1頭は、小型愛玩犬をこよなく愛することで有名なヴィクトリア女王に献上された。そしてペキニーズは、1893年にイギリスでショーに出陳され、オリエンタルな魅力で人々を魅了した。
日本には昭和初期に渡来したという説があるが、ポピュラーになったのは、戦後の昭和30年初期。
マルチーズ、
ポメラニアン、
ヨークシャー・テリアが愛玩犬御三家として全盛だった頃だ。彼らは「お座敷犬」扱いをされて散歩に行かないケースが多かったようで、往来で姿を見かける機会は少なかったが、それと同じくペキニーズも往来や公園で見かけるチャンスはあまりなかったけれど、実際の飼育頭数は多かったらしい。
2000年前半、
ミニチュア・ダックスフントが大流行していた頃には、日本での登録頭数ランキングでペキニーズは25位前後を推移していたが、
プードルがダックスを抜いて首位に躍り出た2008年と時を同じくして、それ以降2012年まで、ペキニーズはずっと21位をキープしている。22位以降には、街で出会うことも多い
シェットランド・シープドッグ、
イタリアン・グレーハウンド、ボストン・テリア、
アメリカン・コッカー・スパニエルと続いているので、やはりペキニーズは、街ではあまり見かけないものの、現在も飼育頭数は想像より多いと思われる。「親子3代でペキニーズのファンで、生まれたときから家にずっと複数のペキニーズがいる」という方にお会いしたこともある。戦後よりずっと変わらずに、ほかの犬種に浮気せずに、ひたすらペキニーズを愛好するファンがいるということは、それだけ魅力的な犬種といえるのかもしれない。
外見
チベットや中国原産のアジアの大陸の犬らしい、独特な愛嬌のある鼻ぺちゃ犬。平たい顔も特徴的。また、短い足でちょこちょこと歩く姿も愛らしいし、それに加えてふわふわの毛並み。一見すると小型愛玩犬の条件をすべて満たすような、可愛らしく、おっとり、まったりした犬に見えるけれど、意外なことに中味はけっこうアグレッシブなしっかり者である。外観に一目惚れしてしまって衝動買いすると、想定外のことが多く苦労しやすい。性質面については後述するが、とにかく見た目と中味のギャップの大きい犬であることを、まず理解しておくことが大切だ。
体重は、オス上限5kg、メス上限5.5kgが理想。サイズは小さいが骨量があり、ボディは意外や頑丈で、持ち上げるとずっしりと重たい。華奢なペキニーズはNG。足が短く、毛糸玉が歩いているようだが、決して綿菓子のようにふわふわ軽いわけではなく、中味が詰まっている感じだ。長く、まっすぐな細い上毛と、柔らかく密な下毛にくるまれている。たっぷり毛量のある犬なので、抜け毛も多く、毎日の毛の手入れは必須。柔らかい毛はからみやすく、すぐもつれてしまうので、毎日スリッカーなどで丁寧にとかしてあげることが必要。毛の手入れを苦労と思わない人向き。
トリミングは必要ないので、原則として毎月の美容代はかからない。シャンプーも自宅でできる。でも毛量があるので、ドライヤーなどの時間はかかる。自分で出来ない人は、トリミング・サロンに頼むことになる。シャンプーだけなら5000円〜、毛先を揃えるなどシャンプー&カットだと7000〜8000円くらいが相場のようだ。全身バリカンを請け負うサロンも中にはあるようだが、ペキニーズをバリカン刈りするくらいなら、最初からパグなどのスムースヘアの犬を飼った方がお互いのため。無意味なトリミング代もかからない。
頭部は大きく幅広い。両耳の間も広くて、チャーミングな平たい大きなおでこをしている。
チワワやプードルのような、ころんと丸いドーム状の頭部ではない。
両目の間隔も開いている。横から見ると、鼻は両目の間に埋まるようについていて平らだ。鼻孔がつままれたように狭いものや、鼻の上に見られる過度な皺は重大な欠点となる。運動したあとでもないのに、いつも呼吸困難の症状が少しでも見られるのはスタンダードとして認められない。鼻腔や気道などの呼吸器官が健全であることが重要。
毛色は、アルビノとレバーを除いた、あらゆる色とマーキング(ぶち)が認められている。パーティ・カラー(地色に1色または2色の明確なぶちがある被毛色)の場合は、色が均等に分布していることが望ましい。日本でよく見かけるのはフォーン、レッド、ブラック、ホワイト、セーブルなどの単色だが、そのほかシー・ズーのように顔や耳に濃い色があり、背中に斑があるようなホワイト&ブラウン斑、ホワイト&ブラック斑などもOK。
毛色
まとめ
猫っぽい。王様のような犬。犬らしい犬を希望する人には向かない
華奢すぎず、キャンキャン甲高い声でなく、依存心が高くて留守番できないタイプでもなく、イタズラ好きでもないので、初心者でもなんとかなる犬種ではある……が、犬らしくない性質に戸惑うかもしれない。
ファニーな平たい顔、つぶらな大きな瞳、ふさふさの被毛、5kgもないサイズなど、「カワイイ」ポイントが高い犬なのだが、性格が普通の犬とは違う。自己チューで、頑固で、ときに繊細で、自分の興味のあることにはまっしぐらに走っていくが、飼い主が呼んでも自分の気が向かなければ、我関せずで無視をする。抱き犬にふさわしいサイズでありながら「気やすく触るな」という顔もする。自由奔放で、マイペースで、自立心があって、気位が高い。どうにも猫っぽい性格なのである。
飼い主が呼んだらしっぽを振って喜んで駆け寄ってくる、忠実で健気な「犬らしい」伴侶を希望する人には、ペキニーズはいささか拍子抜けするというか、扱いに困るかもしれない。反対に、ベタベタしてくる犬はうざったい、猫は媚びないから好き、という人には、ペキニーズは一般の犬の常識をくつがえす新鮮な感動を与えてくれるだろう。
もともと宮廷で、寵愛を受けるのが仕事だった犬。ボールを持ってきたり、獲物を見つけたりなど、人間のお役に立とうと努力する犬ではない。猫のように自由奔放で気ままなワガママぶりを「だからペキニーズは可愛い」と思える人に迎えてほしい犬である。
毛の手入れは毎日。それが一生続く
小さなボディだが、柔らかいアンダーコートは毛量があるし、耳や足の後ろ、尾などの飾り毛も長いので、からみやすく、毛玉になりやすい。毎日ピンブラシやスリッカー、コームでとかしてあげることが必要。ウンチやオシッコが毛についていないかもよくチェックする。
幼いときは、まだ伸びきってない子犬の毛なので、毛の手入れをそれほどしないままでもなんとかなるのだが、問題は、グルーミングをした経験がないまま育つこと。自我が芽生え、自立心や警戒心が育ってきた頃になって、ようやくブラッシングしようとすると、気位の高いプチライオンは怒る。お気に召さず、咬む行動にでることもある。
そうならないように、体に触ったり、ピンブラシをあてる行為などに慣らす練習を毎日繰り返しておくことがとても大事。敏感な四肢の先なども触らせてくれる練習をしていれば、グルーミングのときだけでなく、今後、動物病院にお世話になるときにも役に立つ。もちろんトリマーに、シャンプーを依頼するときにも助かる。
ペキニーズは鼻の短い短頭種なので保定(犬が動いたり暴れたりしないように体をじっとさせること)が難しい犬であり、そのうえ咬みつこうとする犬だとよけいに厄介で、トリミングサロンで断られてしまうこともあるから、とにかく幼いときからどんどん体に触る練習を毎日しておくことを勧める。家に迎えた翌日から、3分でも5分でもいいので、グルーミングや体にタッチさせることを慣らす練習をしよう。できれば「お母さんだけなら触れる」ということにならないよう、老若男女、いろいろな人が触っても大丈夫な子に育てておくとベスト。犬も、子犬の頃から慣れておけば、ストレスが減る。
散歩量は少なめ。静かな大人の家庭向き
狩猟や牧羊や番犬などの仕事はせず、ただ宮廷内の限られた世界で寵愛を受けていた犬。同じ小型愛玩犬でも、プードルや
パピヨンなどのように猟犬を小型化した犬とは歴史が違うから、野山を走りたいというような運動欲求はそれほどなく、ドッグランに通ったり、毎日長時間の散歩コースを要求することもない。ときどき嬉しくなるとものすごく機敏に動くことがあるし、子犬のときはそれなりに活発で鞠が転がるように愛らしく駆けるけれど、成犬になるとそんなに活動的ではない。そういう意味では、運動管理は大変ではなく、年配の方でも飼育できる犬である。
でも、いくら猫っぽいペキニーズとはいえ犬なので、散歩に一切行かないというのは不自然であり、ストレスを溜める原因になる。また散歩は、運動や排泄のためだけではない。むしろもっと大きな目的は「社会化」。社会見学の経験を持たない犬は、家族以外の人間や事柄(クルマや踏切や傘や猫など、世の中に普通に存在するもの)すら見たことがないことになり、社会化不足になってしまう。そうすると外の世界のモノをいちいち敵視したり、恐怖に感じてしまうことになりやすい。ペキニーズも社会化のために毎日散歩に行こう。また社会化の勉強は、子犬期だけでなく、継続して一生続けることが必要だ。もし散歩に行くのが面倒なら、猫を飼った方がよい。
やんちゃなお子様のいる家庭はやめておく
運動欲求が少なめで吠えやすい犬でもないので、静かな生活を望む人に向いている。反対に、やんちゃで騒々しい幼児や小学生のいるご家庭にはオススメできない。気位の高いペキニーズは、無礼な子供が気やすく体に触れようものならお怒りになる可能性が高い。小型犬であっても犬は犬なので、咬まれたら痛い。犬のためにも子供のためにも、この組み合わせはやめておいたほうが無難。
しつけは大らかに。相手は猫だと思って、根気よく
ペキニーズはトイレのしつけを覚えるのが低いランクにある。トレーニングするには飼い主に忍耐力が必要とされる。
「自分の食器を守る」「自分のオモチャを渡したくない」「自分が寝ているベッドに近づいたら許さない」「自分の大好きな飼い主に近寄る者は容赦しない」など、どうやら占有欲が強い傾向にあり、そういうときにパッと攻撃行動にでやすい。いくら小型犬でも咬まれれば痛いし、またそれを許していると問題行動がひどくなってしまうので、まずはそうならないように子供の頃から最低限のしつけ、人間と暮らすルールを教えていくことが大切である。つまり「人間を咬んではいけない、唸って牽制するのもいけない」ということはきちんと教える。
ただ頑固なので、そう簡単にすんなりとは受け入れてはくれないかもしれない。また意外と繊細な一面もあるので、強く叱ったりすると、飼い主に不信感を持ってしまい、ますます意固地になる。飼い主をまずは大好きになってもらうことが先決。次に「犬がボスではない」(=ワガママ放題は許さない)ことを教えていくことが大事だ。でも普通の犬とはタイプが違うので、普通の犬しかしつけたことのない人には上手に教えることが難しいかも。やり方がわからない場合は、ペキニーズやシー・ズーなどのタイプの小型愛玩犬の経験が豊かな家庭犬トレーナーにコツを習うと、問題が早く解決できるだろう。
熱中症に注意
呼吸器の効率がよくない短頭種だし、豊富な被毛に覆われているし、足が短く路面の熱をダイレクトにお腹に受けてしまう体型なので、とくに熱中症に用心しないといけない。真夏の散歩は文字通り「命取り」になりかねない。早朝や、アスファルト路面の熱が冷めた夜中に散歩に行こう。またどうしても昼間に移動したい場合は、カートで目的地まで移動するとよい。キャリーバッグの中は密閉されていると、自分の体温でますますバッグ内に熱がこもるので気をつける。最近は、熱中症対策のグッズがいろいろ市販されているので、そうしたアイテムを活用するのもオススメ。こまめに水分補給も行うこと。
外出時だけでなく、家庭内でも熱中症になる例もある。夏は冷房や除湿をして、室内の気温・湿度の管理も忘れずに。