図鑑
川上犬
鋭い眼光、特異な敏捷性。
野性味あふれる生粋の和犬
英名
とくになし
原産国名
川上犬
FCIグルーピング
なし
FCI-No.
なし
サイズ
原産国
特徴
歴史
FCIおよびJKC未公認犬種。もしもいつか公認されたら
柴 や
秋田 や紀州のように「川上」(かわかみ)とだけ呼ばれるのだろうか。ちょっと言いにくい。川上犬は「信州柴」と言われることもあり、柴犬の中に分類されているケースも多い。
でも別扱いされていることもあり、昭和58年に長野県から県の天然記念物指定を受けている。天然記念物となるのは川上犬全体ではなくて、川上村内にすんでいる犬で、かつ容姿や血統が優れていると認められた個体ごとだ。2012年6月時点で、35頭が指定されていた。
未公認犬種なだけに資料は少ないが、とにかく長野県南佐久郡川上村原産の小型の日本犬である。村の名前を冠している日本犬種名は、現存するのは本犬種だけらしい。ちなみに川上村とは、長野県の東南端にあり、山梨県、埼玉県秩父市、群馬県上野村と隣接している場所にある。西部は八ヶ岳の広大なすそ野の一部で、そのほかの北部・東部・南部は、山梨・埼玉・群馬・長野にまたがる奥秩父山塊に属する山深い村だ。
村全体が標高1000mを超える高冷地であり、年の平均気温は8.5℃、最低気温は−18.9℃(1月)。川上犬は、このような厳しい自然環境に耐えられる頑強な犬といえる。
周辺には「川上犬」同様に、「秩父犬」「十国犬」と呼ばれる土地の和犬もいた(ともにすでに絶滅したとされる)。これらの犬が山を越えて交配をしていた可能性はあり、容姿や性質は割と類似している。また、彼らはニホンオオカミの血を引くという伝承もある。1996年には秩父山中で「秩父野犬」と呼ばれるものが撮影され、ニホンオオカミの生き残りかとマスコミに騒がれた。
真偽のほどは分からないが、狼犬(ウルフドッグ:オオカミと、ハスキーやマラミュート、シェパードとのミックス)のように、イヌとオオカミの交配は可能で、かつ子孫を残すことができるので、まだニホンオオカミが絶滅していなかった時代に、土地の犬とニホンオオカミの混血が誕生していた可能性もゼロではないだろう。
ちなみにニホンオオカミは、明治の始めまでは本州・四国・九州に広く生息していた。最後のニホンオオカミが捕獲されたのは、明治38年(1905年)。奥秩父山塊同様に、山深い奈良県吉野郡東吉野村でのことである。
さらに補足すると、ニホンオオカミは世界のオオカミの中で最も小型。オオカミというと、大型でヨーロッパにいるタイリクオオカミなどを想像しがちだが、ニホンオオカミは意外なほど小さい。ニホンオオカミの推測される体高は56〜58cm(日獣会誌65/2012/石黒直隆)との記述もあるが、世界で唯一残る剥製4体のうち、オランダ・ライデン博物館にある剥製は体高43cm、国立科学博物館のものは46.5cm、東大農学部のものが47.8cm、和歌山大のものが52.5cm(組み直し後は73cm)だ。残っている剥製からみるに、割と小さい。
そして川上犬の体高は、オス38〜45cm、メス35〜42cm。ニホンオオカミの体高は川上犬に近いものがある(ちなみに柴の体高は、オス39.5cm、メス36.5cm)。
話しを戻そう。川上犬は、JKCはもちろん日本犬保存協会にも属していない犬種のため、犬種スタンダードなどの資料がほとんどない。唯一の公式なものと思えるのは、川上村が発信しているものである。
自治体のWebサイト に川上犬についてしっかり記述がある。村を挙げて、犬種の保存に尽くしているのが感じられる。
そのサイトによると、江戸時代の頃、周囲を2000m級の山々に囲まれた寒冷な気候の川上村は、当時は農業には適さず(現在はレタスの産地として有名)、稲作に向かないため、米の代わりにカモシカの毛皮を年貢として納めていた。カモシカの生息地は切り立った岩場だったため、猟犬にはカモシカと同等以上の敏捷性とガレ場(大小さまざまな石が散乱する荒れた路面。浮き石が多く、落石しやすい)にも負けない強い足の裏の肉球が必要とされた。そのために江戸〜明治時代に、「川上犬にヤマイヌ(ニホンオオカミの俗称)を交配させた」との言い伝えが残っている。
大正時代は、猟を生業としていた最盛期。また大正10年には、純粋な和犬の調査が内務省により行われ、川上犬は学術的にも貴重だと保護が奨励され、信州柴犬として国の天然記念物に指定された。
昭和の戦中・戦前は、JR小海線(別名:八ヶ岳高原線)が開通して林業が盛んになったことで、猟に従事する人が減少。川上犬の存在が重要視されなくなった。同時に交通の便がよくなったこともあって村にも洋犬が流入し、川上犬の雑種化が進んだ。さらに戦争の食糧難のため、軍部から撲殺令が出され、村内の川上犬はほぼ全滅してしまったという。
しかし撲殺令から犬を守るために、心ある村民が、八ヶ岳の山中で生活する木こりに純粋な川上犬のつがいを託していたという。戦後、その犬たちの子孫を川上村に引き取り、犬種復活の基礎として努力していった。けれども昭和40年、純粋犬の絶対数の減少などを理由に国の天然記念物の指定が解除されてしまった。
それでも熱心な村民により復活の努力が継続され、村内に30頭、全国に200〜300頭にまで数が回復。昭和58年には長野県の天然記念物に指定され、現在に至る。長年の苦労が実っただけに、村民の保護の関心は高く、地元小学校児童による川上犬育成の実施など、村全体で「生きた文化財」を守る気運がいまもある。このように村を挙げて大事にされている犬種は珍しい。
まだマイナーな犬種なのだが、平成18年の戌年のとき、東京の恩賜上野動物園の干支展で川上犬が多くの犬種の中から干支の代表に選ばれ、展示された。そのときにマスコミに多く報道され、川上犬の知名度が広がってきた。
犬なのに動物園で展示目的で飼育されているというのも、川上犬ならでは。須坂市動物園(長野県須坂市)で、川上村保存会から寄贈を受けた「源竜」という名の2006年3月生まれの犬が、同年6月から2011年(9月に病死)まで飼育されていた。現在は、川上村村長から贈られた2009年1月生まれの「さくら」が、小諸市動物園(長野県小諸市)で飼育されている。
川上犬は、JKCや日本犬保存協会の未公認犬種なので、そうした団体の血統書はでない。村および村内にある川上犬保存会により血統管理されている。ペットショップで買える犬ではない。保存会では「販売」ではなく「分譲」と言い、保存会の趣旨に同意を得られる人にだけ、天然記念物の子孫にあたる犬を分けている。子孫は、長野県の文化財保護条例が適応されるので、勝手な私物化は慎むべきで、分譲の際には飼い主や飼育環境がふさわしいかの事前審査も行われる。また、譲り受けた犬の繁殖も制限・管理される。ある意味、ほかの一般犬種のように営利目的で売買されるものより、理想的な譲渡方法と言えるかもしれない。
しかし川上犬が少し有名になってくると、珍しい犬の繁殖管理をめぐって派閥ができたりして、もめ事が起きているようである。また頭数が増えてくれば、その追跡管理も大変になってくる。確立された血統管理や犬種スタンダードの追求、遺伝性疾患の淘汰などを、公平に科学的に行う必要性も高まっている。営利目的で参入してくるよからぬブリーダーも、今後出てくるかもしれない。川上犬のかかりやすい病気についてのデータは乏しいが、ファンシャーの間では遺伝性のてんかんに注意が必要と言われている。
村内にある川上犬保存会が本筋なので、川上犬を迎えたいと希望する人はよく情報を集めてからの方がよい。昔からの村民の願いである健全な川上犬の存続と発展という志を忘れずに、日本の良い和犬を残すよう頑張ってほしい。
外見
柴よりも少し大きく、甲斐より少し小さい、その中間サイズの小型日本犬。一見すると「日本犬雑種かな」と思ってしまう。川上犬だとすぐに判別ができる人はかなり日本犬に詳しい人だ。
川上犬保存会の「規格標準書」によると、体高標準はオス38〜45cm、メス35〜42cm。柴の理想体高はオス39.5cm、メス36.5cmなので、柴より少し大きめということになる。ちなみに甲斐の体高はオス50cm、メス45cmが理想だから、数値から見ても、甲斐よりも少し小さめ。
標準書に体重の規定はないが、おおよそオスは13〜15kg、メスは9〜11kgほど。しかし犬種内でばらつきがあり、大きい血統は20kg近いオスもいる。ただし近年は、小型化の傾向にあるようだ。
オスメスの性差ははっきりしている。オスの方ががっちりしており、メスはオスよりも骨が細そうな印象。顔つきもオスはオスらしく逞しく、メスはメスらしい少し優しい顔をしている。
柴や甲斐に比べ、胸や胴体ががっしりと太めなので足が細めで長く見える。また体躯の割に頭骨が大きい。
そうした外貌以上に、特徴的なのは目。ファンシャーの心を揺さぶるのは、その鋭い眼力である。鈍三角形で、ほかの犬に比べると小さく、まなじりが上がっている。両眼の間隔が近い。目の色は「紅彩を帯びた濃い色」と標準書にある。個体差もあるが、琥珀色だったり、黒が透けたような色をしており、実に野性味があり、魅力的だ。
被毛は、寒冷地仕様のダブルコート。夏毛は少しさっぱりするが、冬毛となるとかなりモコモコと厚くなる。体表の上毛は剛毛で真っ直ぐで太く光沢があり、下毛の綿毛はやわらかく密生している。体の部位によって毛の長さに差異がある。毛の長さには個体差もあるようだ。
ブラッシングは3日に一度くらい。ただしダブルコートらしく、春と秋の換毛期にはものすごく抜けるので、ブラッシングは気合いを入れて行う。とくに冬毛が抜け替わる春の換毛期のときは、ごっそり大量に抜けるので覚悟する。換毛期は抜け毛との闘いになるだろう。換毛期を除けば、毛の手入れはそれほど大変ではない。
毛色は、赤柴(赤の地色に黒の差し毛。柴犬でいう「赤胡麻」)、黒柴(全体的に黒や灰色っぽい地色に黒の差し毛。柴犬でいう「黒胡麻」)、白、赤。柴犬のような「裏白」(マズルの両頬、アゴ、首、胸、腹、尾や四肢の内側が白っぽいこと)の規定はない。
毛色
魅力的なところ
ほかの日本犬以上に、野性味溢れる容姿と性格。
目の鋭さと目の色が特別で、しびれるカッコよさ。
俊敏な運動性能。小型だが運動能力はピカイチ。
柴よりは大きく、甲斐よりは小さい、ほかにないサイズ。
トイレトレーニングは速い。キレイ好き。屋外トイレを好む。
飼い主にだけ忠実に向き合う。日本犬らしい忠犬ぶり。
飼い主にだけ見せる素直で甘えん坊なところがたまらない。
警戒心が強く番犬向き。
病気は少なく頑健。
帰巣本能が強い。
大変なところ
育て方を間違えると、飼い主さえ咬むことがある。
頑固。トレーニングにはコツと忍耐力が必須。
犬から信頼される飼い主にならないと、何事も難しい。
暑がり。冷涼な地域以外で飼うのは条件が厳しい。
猟欲が強い犬は、シカなどを追って失踪する。交通事故も心配。
優秀な番犬になる分、吠え声が問題になる可能性あり。マンションや住宅密集地では要検討。
室内トイレを嫌がる。室内で排泄させたい家庭には難しい。
換毛期の抜け毛はすごく多い。
ほかの犬にない大きさなので、市販の犬ウェアのサイズがない。
近親交配のせいか、てんかんの発症が多い。
保存会に分譲してもらうのは1〜2年待ち。
まとめ
野趣溢れる「威厳と底力」のある犬
サイズは柴より少し大きい程度だが、眼光が鋭く、ほかの犬にない野性味が漂う。非常に魅力的な、特殊な犬だといえる。保存会の規格標準書の「体質と表現」という項目に「重厚精悍で威厳と底力があり、帰家性と忠順性が強い」とある。この犬に会うと、その「威厳と底力」という意味が分かる。質実剛健で、ワンオーナー(飼い主はただ一人)タイプが好きな人にはたまらない犬種。そして飼い主にだけ見せる、素直で従順なところがまたたまらなく可愛い。とくにオスはこっそり甘えん坊の部分があり、振り向くといつもすぐそばにいたりする。1本の赤い糸でかたく結ばれたような絆を実感できる犬なのだと思う。
飼い主にだけ忠実で、よその人に愛想を振らず、孤高の侍のような渋い風格がある。「ドッグランでみんなと仲良く遊んでほしい」「お客さんにもフレンドリーにしてほしい」「郵便屋や宅配便には吠えないで欲しい」などを望む人には不向き。
子犬のときは黒い子狸のようでとても愛らしいが、うっかり間違って安易に欲しがってはいけない。また珍しい犬種だからと自慢したくて欲しがる人もいるようだが、軽い気持ちでは飼えない手強い犬だ。性質的にも運動量的にも、日本犬を熟知した人がきちんと向き合えば最高にいい犬になるが、ミーハーな気持ちで飼ったらその浮ついた気持ちを川上犬は見抜くと思う。その結果、飼い主を咬んだり、制御が難しい犬になりやすいのではないか。犬も飼い主も、果ては周囲の人にもいいことがない。
ちゃんと川上犬の本質を理解した人が、この犬を迎えるべきである。どの犬種でも同じではあるが、とくにペットとして改良された歴史のない犬を家庭犬に迎えたいのであれば、より一層の覚悟が必要だ。
運動能力がすごい。走る速さ、ジャンプ力、敏捷性すべて抜群
小ぶりだが、運動神経抜群な、非常に活動的な犬。カモシカやシカを追っていた時代は、さぞかし優秀な猟犬だったのだろう。川上犬とアイリッシュ・セッターの両方を飼っているファンシャーの話しでは、セッターよりも走るのが速いという。セッターやポインターは直進性に優れたアスリートだが、それよりもこのちょっとずんぐりむっくりした小型犬が俊足というのはにわかに信じがたい。
しかし実際に撮影時に観察すると、素早さや小回りの利かせ方、斜面をうまく利用して縦横無尽に走る姿を見れば納得できた。平面を走るというより、斜面や土手も使って3次元的にすばやく動くのがこの犬の特徴のようだ。また岩場でも大丈夫な強い足の裏を持つと言われ、他犬種では足の裏をケガするためにできなかったガレ場の番犬のために、台湾に数頭が渡って活躍したという情報もある。足の裏の厚さ、グリップ力が特別に優れているのではないかと思う。
よって、サイズ的には10kgほどの手頃なサイズではあるが、たっぷり運動させられる環境や時間のある飼い主でないと、この犬の特殊な運動欲求量を満たすことはなかなか難しいと思われる。
しかもシカを追いかけて数時間戻らず、数十km先で目撃情報があったあとに家に戻ってきたという話もある。呼び戻しの訓練のできる犬ではあると思うが、猟欲がそれに勝る可能性は高い。帰巣性が強く、自分で戻ってこられる犬は多いそうだが、昔と違っていまはクルマ社会なので交通事故が心配。旅行先など自宅の近くでない場所でいなくなったらよけいに心配。脱走には十分注意が必要だ。
「飼い犬に手を咬まれる」ことの多い手強い犬
日本犬は、非常に飼い主に忠実な犬だが、それは飼い主が犬から尊敬と信頼を受けてこそ。一貫性のないしつけ、優柔不断な態度などをすれば、犬からの信頼は得られない。大事に飼って、きちんと信頼関係を紡げれば、すごくいい犬になるが、反対にそうでなければ手に負えない犬になる。日本犬はとても賢い。まして川上犬は野性的な性質を色濃く残すので、ますますダメな飼い主を見抜く力が強そうだ。
かといって、力でねじ伏せるようなやり方も逆効果。頑固な犬だし、体罰は飼い主の信頼も失う。犬の飼い主に精神的な強さは必要だが、腕力の強さは必要ない。
日本犬のトレーニングは、警察犬のような矯正訓練にも不向きだし、かといって洋犬の家庭犬へ教えるやり方と同じでよいかというと疑問が残る。しつけで困ったら、日本犬のトレーニング(できれば柴より、北海道や四国や紀州などより荒々しい性質を残す猟犬気質のある和犬)を扱うことのできる訓練士や、あるいは川上犬の飼育経験の豊富な人のアドバイスをもらうことがいちばんよいと思う。
換毛期の抜け毛はすごい
−20℃くらいの環境でも耐えられる豊富な被毛の持ち主なので、生え替わりの時期はとても毛が抜ける。特に、冬毛の抜ける春から初夏にかけての抜け毛はものすごい。下毛をしっかりブラッシングで取り除く作業を行う。とくに冷涼な長野県以外で飼育する場合は、よけいに抜けるはず。室内飼育の場合は、室内の掃除機かけも毎日必須となる。
柴より大きめ、胸も厚い体型で、ほかの犬にない大きさなので、市販の犬ウェアのサイズもないらしい。旅行先のペンションなどで抜け毛対策のために洋服を着用させたくても、なかなかよいサイズがないというのも悩みだそうだ。
参考資料
川上村
http://www.vill.kawakami.nagano.jp
ヤマイヌ・「ニホンオオカミの剥製」
http://www6.ocn.ne.jp/~kanpanda/hakusei.html
日獣会誌65/2012/石黒直隆
信濃日日新聞(2012/6月)
奈良県吉野郡東吉野村
http://www.vill.higashiyoshino.nara.jp/nihonookami.html
※FCIやJKCの未公認犬種で、臨床例などの研究データが乏しいため、現時点で「かかりやすい病気」のデータはありません。
このページ情報は,2014/11/01時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
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