図鑑
狆
徳川綱吉も愛した日本自慢の小型愛玩犬。
犬と猫と中間のような性格もおもしろい
英名
Chin (Japanese Chin)
原産国名
狆(チン)
FCIグルーピング
9G 愛玩犬
FCI-No.
206
サイズ
原産国
特徴
歴史
狆は、日本原産となっているが、約1300年前に新羅(古代朝鮮)や中国から渡来した犬が祖先。犬種スタンダードでは、新羅から日本の宮廷に、約100年間に数多くの狆が献上されたと記載がある。その頃の狆が、すでに今の容姿や大きさだったのかどうかは分からないが、一般にはチベタン・スパニエルがルーツにあるとされる。つまり
シー・ズー や
ペキニーズ 、ラサ・アプソなどと遠縁にあたる。つぶれたマズル、平らな顔、大きな目、絹糸のような長毛など、たしかにつながりがあるのを感じさせる。
日本の宮廷などで1000年ほど、俗世間と隔離され寵愛を受けているうちに、よりサイズが小型化し、骨も華奢になっていったという。「狆」(ちん)は「ちいさいいぬ」が短くなって、この名になったという説がある。
「生類憐れみの令」で有名な江戸幕府の第5代将軍・徳川綱吉は、江戸城でたくさんの狆を飼育していた。余談だが「生類憐れみの令」は「天下の悪法」と名高いが、近年では綱吉の評価は高まる気運にある。少なくとも「犬公方」と呼ばれた綱吉のおかげで、アジアの一国でありながら日本から犬を食べる文化がなくなったらしい。ともあれ綱吉は、江戸城以外でもたくさんの犬を、庶民から反感を買うほど加護していたが、その中でも狆はとくにお気に入りの室内愛玩犬だったようだ。
日本の小さな白黒の犬が西欧に渡ったのは、綱吉が生まれるより前の、1613年。イギリス人のキャプテン・サーリスがイギリスに持ち帰ったと犬種スタンダードにある。しかし別の文献によるとヨーロッパに渡った最初の狆は、ポルトガルの船乗りが17世紀頃に持ち帰ったものだという説もある。
1873年にはイギリスのバーミンガムのショーで初めて狆が出陳された。英国では1800年代の終わりには狆クラブが設立されて、狆のスタンダードが作成されている。日本でつくられた犬種スタンダードよりも50年以上古い。
アメリカには、1853年にペリー提督により数頭が持ち帰られ、そのうちの2頭が小型愛玩犬を愛するイギリスのヴィクトリア女王に献上された。AKC(アメリカン・ケネルクラブ)には1888年に公認されており、アメリカでも早々に狆の魅力は認知された。
欧米で順調に狆が広まっているのと裏腹に、日本では、第二次世界大戦のとき、軍用犬以外の犬を飼うことが認められない不遇の時代があった。そのときに狆も激減したという。そして戦後に繁殖のためイギリスなどから狆が逆輸入された。
ただ一部の愛好団体によると「終戦後の狆の交流はわずかのため、欧米の狆と日本の狆には大きな差がある。スタンダードも違う」との意見もある。
ともあれ犬種改良の得意なイギリスで、狆は日本よりも早くスタンダードが作られ、改良が進められた。短いマズル/獅子鼻の、キング・チャールズ・スパニエルと交配されたとも言われている。そのせいだろうか、あるいはルーツがチベタン・スパニエルだからだろうか、当時狆は欧米で「ジャパニーズ・スパニエル」や「ジャパニーズ・パグ」と呼ばれていた。
狆以外の多くの、同じような歴史の犬種改良のある犬種(たとえばパグ、ペキニーズ、シー・ズー、チベタン・スパニエル、
チベタン・テリア 、チャウ・チャウ、
バセンジー 、
ファラオ・ハウンド 、アフガン・ハウンドなど)は、スタンダードの原産地のあとに「後援国」「改良国」としてイギリスの名が記入されているが、狆の場合はそれがない。通常であれば「原産地:日本(後援国:イギリス)」と明記されてもいいはずだが、そうなってはいない。
ちなみに狆のFCIのナンバーは、206番。日本原産の
秋田 が255番、
柴 が257番、日本テリアが259番、土佐が260番、北海道が261番、
日本スピッツ が262番、甲斐が317番、紀州が318番、四国が319番、アメリカン秋田が344番。狆が、日本の犬の中で誰よりも早く世界に公認されている。
ネット等で検索すると、「狆は日本の国犬である」という表記を見かけるが、いつ、誰が、どういう権限でそれを決定したかは不明。俗説によると、FCIで最初に公認された日本の犬が狆だったからだという説や、狆は天皇家や将軍家に愛された犬で、戦後皇族と殿様の関係者が狆の愛好団体を発足したからだという説などがある。
国が認めているわけでもなく、ついでに言えば文部科学省の文化庁は、日本古来の犬である日本犬(秋田、甲斐、紀州、四国、柴、北海道)6犬種は天然記念物に指定しているが、狆は指定していない。JKC(ジャパン・ケネルクラブ)のサイトや犬種スタンダードでも狆が国犬であることに触れた文献は見当たらない。
ともあれ、この小さな白黒の犬にまつわる逸話はいろいろとあるが、日本や欧米で、人々を魅了するのに十分な才能があるのは間違いない。
外見
顔が横に幅広く、絹糸のようなまっすぐで長い毛で覆われた小型愛玩犬。白と黒の2色の配色がまたなんとも日本的のようにも見える。でも普通、狆といえば「白黒」(白地に黒ブチ)のイメージがあるが、「白赤」(白地に赤斑。黄褐色、赤茶の斑でも可)の個体もスタンダードでは認められている。しかし白赤の子に会うことはめったにない。
全身が豊かな毛で覆われているが、シー・ズーのように顔面の毛は伸びない。耳、首、大腿、尾には豊かな長い飾り毛があり、日本ではこれに風流な呼び名がついている。耳の毛は「耳毛」、胸の毛は「胸毛」でそのままだが、前肢の後ろ側の飾り毛は「袖毛」、後肢の後ろ側の飾り毛は「袴毛」。また普通の犬種なら指の間の毛は、滑らないよう、汚れを付着しないように短くカットするのが常だが、由緒ある抱き犬の狆の足先の毛は筆のように長く伸ばしたままにするのがスタンダードとのことで、この毛を「筆毛」という。
また顔もボディも、斑は左右対称が望ましい。こういう斑の配置に言及したスタンダードは、西洋の犬種ではあまり聞かない。日本的な美的センスといってよいのではないだろうか。頭のてっぺんに小さな丸い斑「天星」があるのがとくによいとされ、その犬の評価を左右すると言われるほど。尾の付け根にある斑は「尾止め斑」、背中に鞍を乗せたような斑は「鞍掛け斑」という。ボディに小さな斑があるのは望ましくない。
目の周りや耳などの顔面の配色も左右対称がよく、そういう柄の子は「奴」(やっこ)と呼ばれ、器量好しということになる。とくにマズルから頭頂にかけて幅広い白のブレーズ(鼻筋の白斑)があるのがよい。反対に、ブレーズがない顔全部がブラックマスクは好ましくなく、また片目や片耳だけ黒いようなのは「片奴」(かたやっこ)と呼ばれ、欠点となる。ただ、飼うのも繁殖に使うのも問題ない。
とはいえ、いろいろな書物やネットの写真を探しても、「天星」がある犬は非常に少数だし、お顔の柄が完全に左右対称の「奴」を探す方が大変だ。「天星」や「奴」、そして左右対称のボディの斑は、究極の理想美といえるのかもしれない。「天星」がなくても、「片奴」でも、健康上の問題はない。ただ「尾止め斑」がなく、体全体がほとんど白いなど、アルビノ化する恐れがある犬の繁殖は避ける。
体高は、オス25cm前後。メスはオスよりやや小さめ。体重の記載はスタンダードにないが、おおむね2〜3kg。正しい
チワワ より少し大きく、ペキニーズよりは小さい。ほぼ
マルチーズ くらいだ。体高と体長の比率が等しく、ボディは正方形。メスは出産があるため、体長がやや長めでもよい。
目は、大きく、丸い。両目が広く離れている。両耳も幅広く離れている。
※参考文献:『愛犬の友』2007年3月号
毛色
魅力的なところ
和風の雰囲気がどことなく漂う、日本の生んだ小型愛玩犬。
ほかの洋犬の小型愛玩犬とは違う、独特の個性がある。
おとなしく、ほんわかした性質の犬がいる一方で、スパニエル的な活発な子もいる。
小型犬にありがちな過敏性・攻撃性が低い。
素直で反抗的ではないから、ビギナーも扱いやすい。
意外と活発なので、お散歩のお伴に最適。
ほかの小型犬ほどチャカチャカした動きではないので、高齢者との相性もいい。
意外に丈夫。遺伝性・先天性の病気が少ない。
過敏でもなく、警戒咆哮も少ない犬なので、マンションにも向いている。
長毛種だが、トリミング犬種ではないので、自分でシャンプーすればよい。
大変なところ
絹糸のような長毛はからみやすい。毎日コーミングする。
出目なので、傷ついたり、ゴミが入りやすい。
鼻ぺちゃ犬なので暑さに弱い。熱中症に要注意。
普通に利口ではあるが、猫のように気まぐれでもあるので、しつけは根気がいるかも。
見た目の可憐さとは裏腹に、ものすごいスピードで逃げることもある。
性格は血統差が大きい模様。好みのタイプを探す努力が必要。
まとめ
小型愛玩犬にありがちな過敏性・攻撃性が低く、素直で扱いやすい。さすが将軍様の犬
日本原産でありながら、
トイ・プードル やチワワなどの洋犬人気に押され、存在感が薄い昨今の狆であるが、調べれば調べるほど、狆の魅力は深い。日本人が好む小さなサイズ、抱き犬の状態に甘んじてくれるおとなしさとしっとりとした甘え方、柔らかい長い被毛、そしてこっそり飼い主の後ろを追いかけるような奥ゆかしい健気さ。日本人が元来、お座敷犬に求めるものをすべて網羅しているような犬だ。さすが将軍様が愛した犬である。
猟犬を小型化したトイ・プードル、
パピヨン 、
ミニチュア・ダックスフント たちや、ネズミを狩るのが仕事のテリアの仲間と比べれば、やる気と学習意欲と運動性能は劣るが、その分、騒々しくなく、活動性もマイルドで、攻撃性も低い。1000年以上も「寵愛を受けるのが仕事」だった犬の、愛玩犬たる王道ぶりを感じさせる。狆は、仕事をしなくていいから、番犬にもならないが、その分マンションなどで飼育しても問題が起きにくい。
打てば響くようにコマンドに反応し、呼べば飛んで帰ってくる、ボールをすぐさま取りに行く、怪しい人が来たら勇敢に吠える、というようなことを愛犬に望むのならば、狆は適任ではない。でも、のんびりと頭を撫でながら一緒にテレビを見て、ぽれぽれと夕焼けの中を散歩に行き、縁側でお茶をすするときにそっと隣りに黙って寄り添ってくれるような犬と暮らしたい人には、狆はイメージどおりの犬といえるだろう。
ときにヤンチャ姫になるときもある。油断は禁物
「犬と猫の中間のような動物」と評されることもあるので、気まぐれなところもあるし、やおらものすごい身体能力を発揮して猛スピードでダッシュしたり、木に登る犬もいるとの記述もある。「犬は犬」なので狆でも油断は禁物で、脱走や迷子には要注意だし、そうならないように日々のトレーニングも大事ではある。
また毛を汚したくないとか、小型犬だから散歩は必要ないなどと思って、家の外の世界を知らないで育ってしまうと、狆でも社会化不足で、臆病だったり、神経過敏に育ってしまうことはある。社会化のためにも気分転換のためにも散歩には毎日行くこと。普通の犬と同様にそれなりのお勉強をさせることは大事だ。
でももとの性質からして、手に負えなくなるようなきかん坊ではないし、そんなに自己主張が強い犬ではないので、問題行動がひどくなることはないだろう。子供に対して、とくに噛みやすいという記述も見当たらない。総じてビギナーや子供のいる家庭、高齢者、そしてマンション住まいの人にも向いている犬と言ってもよいと思う。ただし狆の骨は華奢なので、子供が抱っこの際に落下させて骨折させたり、飼い主の後ろに静かについてきていることに気がつかずに後ろ手でドアを閉めたら挟んでしまったり、などの事件は起きやすい。小さな狆にケガをさせない配慮は必要だ。
ただ、取材で会った狆や、文献を調べた狆は、血統のせいなのか育て方のせいなのかわからないが、「おっとり、ぽや〜〜っ」タイプと、「ころころと鞠のようにはしゃぐ活発」タイプと2通りいる。元来の将軍様に寵愛された日本伝統の抱き犬タイプと、イギリスでスパニエルなどの血を入れて改良されたハイカラなタイプがいる可能性が考えられる。
よって狆を希望するなら、狆をこよなく愛するファンシャーの元に出向き、両親犬の性格や行動などを見学させてもらい、自分の希望にあうタイプかどうかを見極めるのがよいだろう。
コーミングは毎日丁寧に
上毛はやや太めのしっかりした絹糸状なので、それほどからみやすくはないし、ホコリを吸い寄せるタイプの毛ではない。櫛入れもしやすい。でも、しっぽの毛などは見事に長いので、丁寧な手入れが必要だ。
また下毛は、柔らかい毛なのでからんだり、毛玉になったりする。からむ前に、サッとコーミングしてあげることが大事。グルーミングを日課にするとよい。
しっぽの毛や「袴毛」(後肢の飾り毛)を長いままにしているのが、ショードッグとしては理想だが、家庭犬としては手入れが大変かも。少し短めにカットしている犬もいる。トリマーに依頼するなら、トリミング代が必要。
目のケアも忘れずに
目玉が出っ張っている狆。自分の毛やホコリなどが眼球についてしまうことは、日常茶飯事。でもそういうゴミを、ついつい指やティッシュでつまんで取ろうとすると、眼球を傷つけてしまうことがある。無理に眼球に触ろうとはせず、フッと息を吹いてゴミを取り除く方法がベストとのこと。どうしてもとれないときは、本物のファンシャーになると舌で舐めて取るという。さすが。愛の力は強い。
涙やけにならないように、目の回りの涙や汚れは、ティッシュやウェットティッシュで優しく拭いてあげる。また、短頭種は、鼻の周りに細かい皺がある。そこもウェットティッシュや綿棒などで拭いてあげるとよい。
このページ情報は,2014/11/08時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
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