歴史
犬好きでなくても誰もがご存知の、有名なディズニー映画の主人公やアメリカの消防署のマスコット犬として、世界中の人から親しまれているアイドルが、このダルメシアン。多くの犬種図鑑を見ると、元の仕事は「馬車犬」とある。でも、こんなに有名な犬なのに、ダルメシアンの起源はよく分かっていない。外見からしてハウンド(獣猟犬)の1種と見なされているが、どこからやってきて、何を狩っていたかは不明。ただ古代エジプトの墓で発見された彫刻や、16〜18世紀に描かれたヨーロッパの絵画から、ダルメシアンは数千年前から存在していた古い犬種と推測されている。
また14世紀以降、とくに1719年の教会の歴史書から、この犬種の起源は地中海地域、とくにダルメシア海岸の近くであったろうとされた。1792年に出版されたトーマス・ペディック著の作品には「ダルメシアン、はたまた馬車犬」という記述と絵が掲載されている。イギリスのヴィクトリア朝(1837〜1901年)の頃にはすでに馬車犬として有名になっていたそうだ。厩舎にすみ、御者のお伴をして、馬車のそばを伴走するのがもっぱらの仕事だった。馬車を警護するといった実用性もあったのかもしれないが、マスコット的な価値が高かったようである。そして、まだ消防車が馬車だった頃のアメリカでは、信号も交通規制もない道路で、ダルメシアンが馬車を先導して、火事場に一緒に駆け付けていたという話もある。いずれにせよ、馬と同じスピードで走れる脚力の持ち主だということは歴史的に見て間違いない。
この美しいフォトジェニックなダルメシアンを、ドッグショーの盛んなイギリスは放っておかなかった。ダルメシアンの最初の犬種スタンダードは、1882年にヴェロ・ショーというイギリス人によって書かれ、これが1890年に正式に認められた。原産国のクロアチアには、1930年にイギリスから逆輸入されたダルメシアンが故国に凱旋したということが知られている。
日本では現在はそれほど飼育頭数が多くないが、ディズニー映画の影響により、おそらくは一般の認知度はかなり高い。ブチのある垂れ耳の犬は、ポインターでもなんでも「ダルメシアン」と道行く人に言われるほどだ。近年では実写版の映画公開後に、ダルメシアン・ブームにあやかろうとした動きがあり、一時期、飼育頭数が増えたが、いまは落ち着いている。
外見
白黒ブチの水玉模様の、個性豊かな犬である。ブチがはっきりとよく目立ち、筋肉質のスラリとしたボディが美しい。
犬種スタンダードでは、体高はオス56〜61cm、メス54〜59cm。体重は、オス約27〜32kg、メス約24〜29kgとある。しかし、日本で現状家庭犬として飼育されているのは、この犬種スタンダードに達していない犬が多い。とくにメスは約18〜25kgくらいと小型化している。流行に便乗して、スタンダード外のサイズの親犬を繁殖犬に使ったり、若すぎる母犬を使って産ませたケースなどが多発した結果と思われる。ダルメシアン・ファンなら、できることなら国内だけでなく海外のドッグショーに出向くか、海外サイトなどを調べ、犬種スタンダードに沿ったトップ犬の姿を見てみることをお勧めする。堂々とした大きな体と凛とした美しさに、日本との違いを感じるはずだ。
また性差が分かりやすい犬種でもあり、メスよりもオスのほうが、体も頭の鉢もひとまわり大きくがっちりしている。サイズが大きい分、オスの方が筋肉量も多く、運動量や引っ張る力は強い。
被毛は、短く、硬く、密なスムースヘア。地色はピュア・ホワイト。生まれたてのダルメシアンは真っ白で、数日後にブチが現れる。ブチは丸く、直径2〜3cmが理想で、境界線がはっきりと明瞭なほうがいい。ブチはなるべく全身にまんべんなく分布しているのが良しとされる。頭部や四肢や尾のブチは、胴体のブチよりも小さめ。たまに「パッチ」といって、片耳が黒かったり、片目の周りが丸く大きなブチがあったり、尾の付け根や肩の部分に、大きなブチがある個体もいる。パッチのある犬はショードッグとしては出陳されず、繁殖にも使われないが、現代では健康上の問題はないとされており、家庭犬として問題なく可愛がることができる。
地色はピュア・ホワイト。ブチの色は、ブラックスポット、またはブラウンスポット。レモン(淡い黄褐色)やオレンジ(赤みのある明るい茶色)は失格となる。劣性遺伝子が強いブルー(青灰色)もNG。また、まれにトリコロールといって、白地に黒と黄褐色のブチのある3色の犬や、ブチが黒と茶の混じった縞模様のブリンドルがでることもあるが、これらもスタンダード外となる。こうした色素の薄い犬は繁殖に使ってはならないが、色違いやごくまれに誕生する長めの被毛の犬は、聴覚障害がないのなら家庭犬として愛するのに問題はない。
ブルーの瞳の犬、両耳の聴覚を喪失した犬は、繁殖に使ってはならない。「片耳の聴覚を喪失した犬も繁殖ラインからはずすのが理想」と犬種スタンダードにあるが、本来ならば片耳でも聴覚障害のある犬は、繁殖に使うべきではないはずだ。ウォール・アイ(青白い目またはブルーに斑のある目)やオッド・アイ(左右で色が異なる目)の犬も、FCI(国際畜犬連盟)の規定では繁殖犬として失格である。ただし、アメリカではこうした犬の繁殖が認められ、このような親犬から生まれた子犬にも血統書がでる。おそらく日本も、血統書発行の際に犬舎まで親犬の目の色の確認に来るわけではないので、野放しになっている可能性は大。健全なダルメシアンの子犬が欲しいなら、犬種の未来を考慮した良心的なブリーダーを探したほうがいい。
ちなみに、犬種スタンダードに興味深い一文として「(繁殖に使う)オス犬は、色素沈着している陰嚢が好ましい」とある。両方の陰嚢が真っ黒のダルメシアンを見たことがあるが、ああいう犬こそ色素の濃い、健全な遺伝子を持っている可能性の高い犬なのだろう。
毛色
まとめ
馬と並んで走る脚力の持ち主。運動量は莫大
「馬車犬」という、ほかの犬種にない独特の仕事をしていたダルメシアン。どうやら現代でも、馬に近づくと親近感を持つ犬も多いらしいので、馬に乗って散歩する「外乗」が趣味という人にはこの上ない最高の相棒となるに違いないが(そんな人はほとんどいないと思うが)、とにかく、この犬には馬並みの脚力があるという現実を直視しなければいけない。疲れを知らない強靱な脚力と心肺機能を持っている。
自転車引きで運動をさせる飼い主も多いが「夏ならともかく、それ以外の季節ではそう簡単にハアハアせず、どこまでも走る。やっとハアハアしたなと思っても、少し休憩したら、すぐ復活する」とのこと。つまり近所を歩いて回るような散歩では、それはダルメシアンにとって運動とは言えない。馬術や自転車、マラソンが趣味というような、駆けるスポーツが得意なアスリート飼い主こそが、ダルメシアンにふさわしい。
ちなみに、ダルメシアンはあまり無駄吠えが多いとは聞かない。昔のヨーロッパでは、厩舎で馬と一緒に寝泊まりしていた歴史があるが、おそらく馬の退屈しのぎの相手として飼育されていたのだろう。いまの日本でも、乗馬倶楽部などで、馬の常同行動(ストレスからくる異常行動)などを予防するために、犬と馬を厩舎で一緒に飼うことはよくあるそうだ。そういうときに大事な条件は、馬に動じず、かつ馬を驚かせない犬だという。馬は臆病な動物なので、もしダルメシアンがいちいち鳴く犬だったら、その仕事は任されていなかったはずだ。そう考えるとダルメシアンは、基本的に無駄吠えや要求吠えが多い犬種ではないと想像することができる。
聴覚障害の多い犬種。子犬選びは慎重に
色素の薄い犬を繁殖に使ったりすると、聴覚障害の犬が生まれやすい。残念ながらダルメシアンは、純血種の中で、最も聴覚障害が生まれている犬種だ。
実際に、日本でも聴覚障害のダルメシアンは割と存在する。耳が聞こえないかどうかは写真で分からないので、子犬に直接会わずにインターネットなどの通販で購入したら、受け取ったあとに子犬に障害があったと、もめている例をたまに聞く。まったく耳の聞こえない犬は、当然音に対する反応がなく、そのせいなのか表情が乏しいといったことから、障害のあることが発覚するようだ。
また、ペットショップで直接対面した子犬であっても、両耳ともに聞こえない犬はまだ判別しやすいが、片耳が聞こえている場合は、音を立てれば振り向いてくれるので、片側の聴覚障害があることに気づかないで購入してしまい、だいぶ経ってから「おかしい」と気付く例を聞く。片耳の欠聴の犬は、音をすぐに聞き取れずに、音源を探すような素振りをするという。
片耳の聴覚に問題がある犬は、家庭犬として一緒に生活するうえで大きなハンディはないが、声のコマンド(「オスワリ」や「コイ」などの合図)だけで伝えても聞こえにくいので、アイ・コンタクト(目と目と合わせての意志疎通)やハンドシグナル(指や腕を使っての合図)を用いて、より犬に伝わりやすい合図を送ることが必要となる。それだけに飼い主の深い愛情と忍耐力は欠かせない。どんな健常な犬でもトレーニングはそれなりの努力が必要なものなので、聴覚障害の犬と暮らすなら、それ以上の努力が必要といえる。初めて犬を育てるビギナーには、正直そう簡単なことではない。
よってダルメシアンの子犬を、一目惚れで衝動買いするのは、とても危険な賭けである。両親犬は聴覚に異常がないかを調べたあとに繁殖に使われているか、また色素の遺伝子をきちんと研究しているブリーダーなのかなどを十分リサーチすることが重要である。ダルメシアンの未来に迷惑をかけるような繁殖をしているブリーダーこそ市場から淘汰されるよう、ダルメシアン・ファンが強い意志と豊富な情報を持つことが望まれる。
子犬を購入したあとに「難聴だったから」と捨てる人がいるが、そういう人にはならないでほしい。
攻撃性の高い血統にも注意
本来、ダルメシアンは、明るく、朗らかで、根に持たないカラッとした性格の楽しい犬である。ダルメシアンの飼い主さんに聞くと、「良きも悪きも3秒ルール」とのことで、叱られても3秒後には忘れてニコニコしているらしい。外向的ではあるが、他人に対しては誰にでもしっぽを振ってベタベタと近寄るタイプではなく、結構ワンオーナー(飼い主一筋)型。飼い主との触れあいは大好きだ。
しかし、中には攻撃性が高く、他人、他犬はもちろん、家族にも牙をむく個体も存在する。多くの犬種図鑑には「明朗活発、聡明で、飼いやすい家庭犬」と書いてあるが、アメリカの州によっては、危険犬種としているところもあるそうなので、現実問題として事故が起きているのだろう。飼い主のしつけの技量といった誕生後の環境的な要因だけでなく、やはり遺伝的な要因も大きいとしか思えない。見栄えの美しさだけを重視したり、流行犬として子犬をたくさん増産するために、性質面を考慮しない繁殖を行ったのが原因と考えられる。
そうした攻撃性の高い「ブチ切れ型」の犬にあたると、ビギナーにコントロールは難しい。まずはそうした血統を避けるように、性質面もちゃんと考えて、家庭犬として飼いやすいダルメシアンを作出するよう心がけているモラルのあるブリーダーを探そう。子犬を迎える前にその手間を省くと、あとで大変な苦労をすることになる。とくにオス対オスは攻撃性が高まりやすい。
そして、すでに飼育中の犬が攻撃性が高いとか、シャイや神経質で困っているなら、早めにドッグ・トレーナーに相談する。咬みつきなどの悪癖は、回数を重ねるごとに強化され、習慣化されてしまう。そうなる前に早期に対策を打つことが重要だ。
ダルメシアンは、現在の日本でそんなに飼育頭数が多い犬種ではないのに、未だにコンスタントに捨てられている。攻撃性や前述の聴覚障害などが理由で、飼いだした後に不要品扱いされてしまうのだろう。非常に悲しい事態だ。見た目の派手さにつられて、うっかり考えなしで買ってはいけない。よくよく検討し、考えた上で、一生この美しい犬と添い遂げる覚悟のうえで選んでほしい。
トレーニングにはコツがいる
猟犬でもなく、牧羊犬でもなく、番犬でもない、変わった経歴を持つダルメシアン。人間と共同作業をしてきたわけではないし、「飼い主のお役に立ちたい」と願う仕事熱心なタイプでもないし、ちょっと頑固で自立心が強いから、
ラブラドール・レトリーバーや
ジャーマン・シェパード・ドッグなどと同じ教え方をしても響かないそうだ。ただ、トレーニング性能は悪くない。明朗で好奇心は強いので、「勉強をさせられる」のは苦手だが、ゲームをしているような感覚で教えていくとスラスラと覚え、一度習ったことはどんどんやりたがる性格らしい。「飼い主に誉められたい」というモチベーションより、犬自身が「これ、楽しいね!」と感じる教え方がダルメシアン向きだ。教え方に悩んだら、ダルメシアンの犬種特性に理解を示す、経験豊かなドッグ・トレーナーにポイントを習うとよい。
抜け毛は意外とある。部屋の掃除はけっこう大変
ごく短い滑らかなスムースヘアであるが、意外と抜ける。「スムースヘアの犬は毛が抜けないですよ」などという、嘘八百の虚偽の宣伝文句に惑わされないように注意しよう。短く硬い密な被毛なので、パラパラと部屋中に散らばるのが日常である。硬い毛なので、靴下に刺さったり、布製のソファーに付いたりする。掃除機かけはもちろん必要。
でもスムースヘアは、ブラッシングも、シャンプーも、乾かすのも楽ちんではある。週に2〜3回、ラバーブラシでブラッシングすれば、部屋に散らばる毛を減らすことができる。また皮膚の血行促進になるので、スムースヘアでも定期的にブラッシングをしてあげることは大切だ。また週に1回程度、蒸しタオルで全身を拭いてあげると、汚れや死に毛も取れるし、体臭もとれて、さっぱりする。その蒸しタオルに少量の犬用のリンスをつけて拭くと、体臭と乾燥対策になるのでお勧め。