歴史
ケネルクラブの和訳では「セター」と書かれているが(イングリッシュ・セター)、語源は、獲物の鳥の位置を突き止めた後に「セット」、つまり前肢を低くし、しゃがみこむ姿勢をする者という意味なので、日本人の一般的な発音を重視し、本図鑑では「セッター」の表記とする。
イングリッシュ・セッターは、1859年のイギリス・ニューカッスルで開かれた世界最初のドッグショーに出陳された、わずか2犬種のうちの1犬種である。ちなみにもう1犬種は、イングリッシュ・ポインター。イングリッシュ・セッターのFCI(国際畜犬連盟)のナンバーは「2」。純血種の犬種スタンダードの発展や保存を願うドッグショーの盛んなイギリスで、いかに人気のあった犬であるかが分かる。数ある犬種の中で、イギリスを代表するテリア種やブルドッグよりも先に、ガンドッグのイングリッシュ・ポインターとイングリッシュ・セッターがドッグショーに登場していることに、驚きと感銘を受けずにはいられない。
祖先犬は、古い「セッティング・スパニエル」だと言われている。ガン(鉄砲)による狩猟が始まる前の時代には網を使った猟が行われていたが、そのときに活躍していたのが、いまはもういない「セッティング・スパニエル」だ。鳥を見つけたらセットしてハンターの到着を待ち、ハンターが鳥の飛び立つ方向に網を仕掛けたところで、ハンターの合図で犬が獲物にワッと飛びかかり、鳥を網方向へ飛び立たせるという仕事をしていた。
このような網を使った猟は18世紀まで続き、その後「セッティング・スパニエル」はガンを使った狩猟に適した犬に役割分担されていった。飛び立たせる犬(=フラッシング・ドッグ)は、
イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルや
イングリッシュ・コッカー・スパニエルへと改良され、位置を知らせる長毛の犬は、イングリッシュ・セッターと改良されたようだ。イングリッシュ・セッターは15世紀頃に歴史が始まったようで、1555年にロバート公爵による山ウズラ猟のために、セッターを訓練した記録が残っている。そして猟銃の普及と共に人気が高まり、1825年、エドワード・ラヴェラック氏が犬種改良に努め、犬種の完成度が高められた。そのためこの犬種は、しばらくの間「ラヴェラック・セッター」と呼ばれていた。
実用のガンドッグとして使われる血統はフィールド・タイプといい、ショー用やコンパニオン(家庭犬)として美を追究し、猟欲を抑えた血統をベンチ・タイプという。タイプにより、外貌や運動量が多少異なる。猟犬としての能力を高められたフィールド・タイプの方が当然猟欲が強く、活動量が高く、すこぶるタフ。猟犬としてイングリッシュ・セッターが欲しい人は、フィールド・タイプを選ぶ。かたや毛並みが長めでエレガント、かつ性格も少しマイルドなベンチ・タイプは運動量も猟欲も抑えめ。家庭犬として迎えたいのならベンチ・タイプのほうが飼育しやすい。ただしベンチ・タイプでも、一般の犬からみれば十分俊足でアウトドアが大好きな活動的な犬だ。
日本には明治の初めの頃に輸入され、日本のハンターの間でも評価は高かった。現在も、国内で狩猟を楽しむ人の間では現役の猟犬として飼育されている。しかし実猟犬は、冬場の猟期が終わる頃に「用無し」とばかりに捨てられる犬も少なくない。残念ながら日本では、春先になるとイングリッシュ・セッターが数多く愛護センターに収容されるという、許し難い問題も起きているのだ。
外見
ガンドッグ出身ではあるが、エレガントな外貌と歩き方が魅力的で、
アイリッシュ・セッターと並び、ショードッグの世界でも人気がある。
体高は、オス65〜68cm、メス61〜65cm。犬種スタンダードに体重の規定はないが、おおよそ25〜30kgの大型犬である。オスの方がメスより少し大きめで、またオスの方がメスよりも毛ぶきがよく飾り毛が長いことが多いので、よけいに大きく立派に見えることがある。
マズルはわりと四角い。飾り毛の美しいしっぽは、先にいくほど細くなる。喜んで運動しているときなどは生き生きとしっぽを振って、水平の高さまでは持ち上げるが、背のラインより高く掲げることはない。
被毛は、シルキー(絹糸状)のロングヘア。とくに胸、四肢、脇腹、しっぽはシルキーでフェザー(羽毛状の柔らかい)な飾り毛をまとう。
毛色は「ベルトン」という、この犬種だけに使う用語がある。「ベルトン」とは、白地に小さなブチが均等に散らばっているカラー。ブルー・ベルトン(白地×黒)、オレンジ・ベルトン(白地×オレンジ系の茶色)、レモン・ベルトン(白地×レモン色のような薄い黄褐色)、レバー・ベルトン(白地×焦げ茶)。そのほか、よく見るとブルー・ベルトン&タン(ブルー・ベルトンに黄褐色のタン。他犬種ではブラック・ローン&タンと呼ばれる色合い)や、レバー・ベルトン&タン(レバー・ベルトンに黄褐色のタン。他犬種ではレバー・ローン&タンと呼ばれる色合い)の3色カラーの犬もいる。ボディに大きなブチがあってはダメで、不規則な小さなブチが全身に散らばっているのが好ましい。
毛色
まとめ
優雅な姿だが、中味はガンドッグ。運動をたっぷり与えてあげられる人向け
イングリッシュ・セッターは美しい。しかも優しく、気立てが良く、子供の面倒まで見てくれるジェントルな犬なので、コンパニオンとして性格面では、きかん坊の小型愛玩犬よりも飼いやすいと言える。唯一にして最大の飼い主側の条件は、ガンドッグ出身の犬と運動するのが大好きであること。野山を駆け回り、鳥を探すのが仕事の犬なので、当然、人間が歩く散歩程度では運動不足で欲求不満になる。パピー期を過ぎたら自転車引き運動や、ドッグランや野山で自由運動を与える。シニア(老犬)時代になるまでは元気炸裂な体力が続くと覚悟し、毎週のように彼らの心と本能を刺激する山や森へ出かけてあげる生活だと、彼らはすごくハッピーだ。昼間戸外でアクティブにはじけた分、夜はおうちの中でベッドに丸まって静かに過ごしてくれる。運動と、家庭犬として普通のしつけさえしていれば、要求や注文の多い犬ではなく、飼いやすい。
繰り返し言うが、イングリッシュ・セッターはガンドッグである。お人形さんではない。都会暮らしも似合う美しい犬だが、本音を言うと彼らは都会暮らしを望んでいない。野山で走ることが、心と体の健康を保つ一番の秘訣。いくらベンチ・タイプ(ショータイプ)といえども、同じ犬種である。「フィールド・タイプじゃないから散歩はそんなに行かなくていい」「毛が汚れるから、アスファルトの道路以外は歩かせたくない」などの、人間の都合でしか犬を見られない人は、イングリッシュ・セッターを飼うべきではない。ねじ曲げて溺愛された過保護な生活は、犬の健全性を損なう。
美しい姿は、鍛えられた筋肉と、犬の心の幸せによって作られる。イングリッシュ・セッターは、ガンドッグとして鍛えて育ててこそ、その美しさを保ち、一緒に暮らす悦びに磨きがかかるということを忘れないようにする。
友好的で性格がいい。だけど先方の都合も考えて
社会化不足のパピー期を過ごしたとか、虐待された経験があるなどの理由がない限り、家人はもちろん、よその人にもフレンドリーな犬であり、攻撃性は見当たらない。よって番犬としては不適格だが、子供のお相手をさせるには最適だ。子供の良き兄弟になってくれるだろう。ただ、面倒見が良すぎて、小さな子供にうっかり体当たりしてしまったりすると、大型犬なので事故の可能性も否定はできない。親の監視は必要だ。
基本的に、よその犬とも仲良くできるタイプである。それは飼いやすいポイントでもあるが、反対に誰にでも警戒心なく脳天気に近寄ってしまい、空気を読まず、咬まれてしまう事件が起きることもある。いろいろな性格の犬、いろいろな生い立ちの犬がいるし、トレーニングを頑張っている最中の犬もいるのだから、自分の犬の攻撃性がゼロでも、相手の犬が仲良しになりたいと思っているかどうかは分からないと認識すべき。相手から見れば、実はとても迷惑だったりする。
よその犬や相手の飼い主にしてみれば「近づかないで!」と心の中で叫んでいることもあるので、ぶしつけに相手の犬のリード内に近寄らせないようにする。どの飼い主だって自分の愛犬がよその犬を咬むのは避けたいと思っている。相手の状況を想像し、知らない犬に不用意に愛犬を近づけないことは、相手のためにも、自分の犬を守るためにも大事なマナーである。
寂しがり屋の甘えん坊
ガンドッグなので、飼い主との共同作業が好き。いつも飼い主のそばにいることが一番の願いであり、一番の幸せ。よって、共働き夫婦や一人暮らしの家庭などで、朝から晩まで犬だけで毎日お留守番をさせるというのは酷である。どの犬種でも長時間留守番は避けるべきで、欧米では数時間以上も留守番させるのは虐待だとされるくらいだが、とくに「飼い主命」のガンドッグは、ひとりぼっちの時間が長いと精神的ダメージを受けるので、なるべく留守番の短い家庭がいい。大人数の家族で、いつも誰かがおうちにいるような家庭だと犬は嬉しいだろう。あるいは犬の幼稚園のような預かり先に、飼い主不在中は犬を通学させるという手もある。
甘えん坊で可愛い性格だが、反対に「ベタベタされるのはうざったい」と感じる人には、イングリッシュ・セッターは向かない。もう少しクールな関係を構築できる、独立心や自立心のある犬種を選んだほうがいい。
トレーニングは繰り返し根気よく。迷子や誤飲にも注意
ものすごく物覚えの早い犬でもないが、ガンドッグなので基本的に飼い主の言うことをなんでも素直に聞くタイプで、トレーニング性能は悪くない。けれどもマイペースで気ままなところがあるので、トレーニングは繰り返し教えてあげる必要があり、また忘れてしまわないように定期的に復習をするほうがいい。
また、無鉄砲で好奇心が強い性格なので、悪気はないのだが、たとえば鳥を発見して夢中になると、呼んでも帰ってこなかったり、道に急に飛び出したりなど、突発的な行動をとることがある。結果、迷子になったり、道路に飛び出して交通事故に遭ってしまうなどの悲しい事件も起きている。イングリッシュ・セッターが動物愛護センターに収容されることが多いのは、シーズンオフにハンターに捨てられることも一面の事実だが、捨てるつもりはないのに本当に迷子になってしまい、飼い主に再会できなくなってしまうこともあるのかもしれない。呼び戻しのトレーニングは、何度も繰り返し行って確度を高めておくことが大事だが、万が一のときのためにマイクロチップや迷子札を装着しておくことも欠かせない。
ちなみに余談ではあるが、「セッターだから」と、すべての犬が優秀な猟犬になるわけでもない。猟犬に仕立てたかったのに「才能がない」と山中に捨てられるケースもあるが、いくら血統的にガンドッグの犬種でもそれぞれに個性がある。
擬人化なうえに変な例えで申し訳ないが、医者や弁護士の子供が、勉強やトレーニングもせずに親と同じ職業に就けるかというとそうではないのと同じ理由だ。それぞれに個体差があり、個性があるのだ。また教える技術や根気も必要である。犬を消耗品のように捨てるようなハンターは許されるべきではない。
好奇心旺盛でイタズラ好きの面があるので、誤飲をすることも多い。ペットボトルのキャップや石ころなどを遊んでかじっているうちに飲み込んでしまうような事故が起きやすい。異物がウンチから出てくればいいが、胃や腸にとどまったりして、腸閉塞を起こす可能性があると開腹手術になることもある。飲み込むサイズのオモチャは与えず、部屋はなるべく整理整頓してイタズラされるような物は置かないようにする。
絹毛状の被毛を美しく保つために毎日ブラッシングを
ショードッグのように飾り毛をきれいにカットしてもらいたいと、家庭犬でもプロのトリマーに依頼する家庭もあるが、トリミング犬種ではないので、長毛種だが自分でシャンプーなどのメンテナンスができる。
ただし柔らかい長毛なので、散歩から帰ったら、毎日5分でもいいのでさっとブラシをかけ、草や葉っぱのようなゴミを落としてあげることが大切。巻き毛種ほどからみやすい毛ではないが、葉っぱなどがからまっているところからもつれてフェルト状になってしまうと、毛を刈るしかなくなってしまうので、毎日チェックすることが欠かせない。そしてコーム(櫛)で、胸や四肢やしっぽの飾り毛をとかしてあげる。
長毛種だが、ベンチ・タイプ(ショー用)とフィールド・タイプで、毛量や毛の手入れ法は異なる。「アンダーコートをきちんと抜いてあげないとオーバーコートが伸びてきません。特に背中から腰にかけてのアンダーコートは手入れが必要です」との話も聞くが、おそらくは毛量が多いタイプで、ショー・ドッグのようにしている犬なのだろう。そのあたりのことを確認してみたところ、アイリッシュ・セッターのショー・ドッグと同じように、背中から腰にかけての下毛をトリミング・ナイフなどで抜き去ることにより、毛がつややかに見えるようになるという。毛量が多いタイプは、日本の暑さに弱く、抜け毛も多いそうだ。イギリスではそれほど抜けないのに日本では抜けるということは、やはり湿度や温度の高さが関係していると思われる。
かたや、毛量が多くない毛の薄いタイプもいる。そのタイプはほとんど毛の手入れをしなくてもよく、気軽にドッグランなどで遊ばせて、土埃まみれになると、自宅でガーッとシャンプー&自然乾燥でよいそうだ。抜け毛もあるとはいえばあるが、長毛種という割にはそれほど気にはならないレベル。ハスキーやコーギーのような短毛種の方がよく抜ける(とはいえ、柔らかな長い毛はまぁまぁ落ちるらしい)。また四肢の飾り毛や耳のうしろの毛など長めの毛は、毛玉になるので気をつけてといてあげよう。
そして日本には、実猟で使われているイングリッシュ・セッターもいるが、藪の中に入るときには下毛が体を守る役目もするはず。使役目的により被毛に求めるものや手入れ方法は変わるので、ショードッグ、家庭犬、ガンドッグのどれを希望するかによって、それぞれの道の先輩に聞くとよい。
※追加取材により、2014年11月5日、本文に追加/修正を加えました