歴史
犬種としての歴史はさほど古くはないが、ショーに出陳されたのは早く、1860年から参加している。当時は「ウェービーコーテッド・レトリーバー」と呼ばれており、現代のようにぴったりとボディに寝ている「フラット」な(平らな、起伏のない)滑らかな被毛ではなく、波状にウェーブした毛だった。体型もラブラドール・レトリーバーと差がなかった。しかし時代に進むにつれ、波状毛が平滑毛に変わり、フラットコーテッド・レトリーバーと呼ばれるようになった。
祖先は、小型のニューファンドランド、あるいはウェービーな被毛を持つチェサピーク・ベイ・レトリーバーとされる説や、ラブラドールと縮れた巻き毛を持つカーリーコテッド・レトリーバーだとされる説が犬種スタンダードの沿革の部分に記されている。またそのほかの説によると、獲物の場所をハンターに知らせる役目や、湖沼におけるカモの運搬だけでなく陸上の鳥(キジやヤマドリだろうか)の回収もできるようレトリーバー種にセッターの血を導入したともいわれる。セッターは平滑なツルリとした毛で、しかもアンダーコートも少ないので、被毛はフラットと似ている。体高も高めで、スラッとしているのはどこかセッター風な体型ともいえる。性格的にもフラットは、穏和で優しいラブやゴールデン的な気質と、ヤンチャで天真爛漫なセッター的な気質がちょうどミックスされている感じがするので、セッター交配説は納得できるものがある。
とにもかくにもはっきりとした先祖犬に関する証拠はないが、重すぎる体重やバランスの改良がはかられ、1864年のショーからは他のレトリーバー種とは区別されるようになった。
日本に輸入されたのは比較的新しい。バブル期後半くらいの時代に、シベリアン・ハスキーのあとで
ゴールデン・レトリーバーや
ラブラドール・レトリーバーが流行したが、それから少し経ってゴールデンやラブ以外の目新しいレトリーバーとして日本に入ってきた。
ただし、その頃の日本のフラットは、遺伝性疾患の因子をもった親犬が頻繁に繁殖に使われたのであろう。膝蓋骨脱臼といった骨関節の遺伝性疾患や、断脚(足を切断)することになりやすい骨肉腫、発症からわずか2か月ほどで死亡する悪性組織球症、血管肉腫といったガンを発症する犬が多くでている。日本やアメリカでも平均寿命は7.5歳というデータがあり、早い子はガンで5歳以下で死ぬこともある。早すぎる別れで、これは辛すぎる。しかし、てっきり国際的にフラットは短命な犬種なのかと思っていたが、たとえばスウェーデンでは長生きの家系もあるそうだ。血統管理をきちんとしている犬舎の犬なら平均10歳くらいで、12〜13歳の犬も割と多いとのこと。
日本では残念ながら、フラットは「病気の多い犬」「短命な犬」というイメージがあるが、いま一部のシリアスホビーブリーダー(別の本業を持っており、子犬を売ることで生活していないブリーダー。つまり犬で稼ごうとせず、真剣に犬種の未来を考えて血統管理や繁殖を行っているブリーダーのこと)が頑張って、遺伝性疾患や病気の少ないフラットを作出すべく努力している。遺伝性疾患淘汰などの血統管理の厳しいスウェーデンから犬を輸入していることが多いが、スウェーデン経由で入った犬はまだ日本で10歳になるかならないかの年齢なので(2012年現在)、この先その犬の子や孫が何歳まで生きてくれるかのデータはこれから更新される。日本でもこれからもっと健全なフラットが増えて、平均寿命が延びてくれることを心から願う。
外見
欧米人の感覚だとフラットは「中型犬」だが(犬種スタンダードにもそう明記されている)、日本人の感覚だと大型犬としてランク付けしてもいいだろう。体重は、オス27〜36kg、メス25〜32kg。体高は、オス59〜61.5cm、メス56.5〜59cm。
ほかのレトリーバーと体高で比較すると、ラブの体高はオス56〜57cm・メス54〜56cm、ゴールデンのオスは56〜61cm・メス51〜56cmだから、体高的にはこの3大レトリーバー種の中でいちばんフラットは体高が高め。ラブやゴールデンは犬種スタンダードに体重の表記がないので、体重的な差を具体的に示せないけれど、体格的にはフラットはスラッとしているのに比べ、ラブやゴールデンは胴体も樽型でフラットよりはぽってりしている。
ただし、ラブやゴールデンは、ショータイプとフィールドタイプが分かれている。ショータイプは毛ぶきがよく、頭の鉢が大きく、胴体も太め。フィールドタイプは野山を走るのに適したスラリとしたボディをしていて、活動量も高い。同じ犬種でも、体型、運動量、性質が少々異なるのである。それに比べてフラットは、ショータイプとフィールドタイプが分かれていない。つまりフラットは、ショードッグもガンドッグも家庭犬もなんでもできるのがいいところである(いや、日本の一般の飼い主にとっては、家庭犬として飼うのに猟犬並みの運動量をこなさないといけないわけなので、大変ともいえる)。日本では、実猟に使っているフラットの話しは聞いたことがないが、イギリスやスウェーデンではフラットはもちろんいまも現役でガンドッグとしても働いている。
被毛は中くらいの長さで、できるだけ体のラインに沿って毛が寝ている方が好ましい。脚と尾には飾り毛がある。成犬になるにつれその飾り毛はじゅうぶんなボリュームになり、それがこの犬種の優雅さを醸し出す。
ただ、アンダーコートはほとんどないので、思ったより抜け毛は少ない。さすがに換毛期には抜けるが、アンダーコートがあるラブや、毛量がありかつ毛もフラットより長いゴールデンよりは抜け毛は少ない。ブラッシングも楽だし、シャンプー後のドライも早く乾く。部屋掃除の苦労も少なめ。
柔らかい耳の後ろの毛を伸ばしている犬は、毛玉になるかもしれないが、そのほかの部分の毛は猫っ毛ではないのでほとんどもつれない。ブラッシングは週2〜3回で事足りる。ただ、野山で遊ばせると、草の実などをつけて帰って来る。ダニチェックを兼ねて、フィールドで遊んだあとは念入りにブラッシングをしよう。
毛色は、ブラックとレバー(焦げ茶)に限る。
毛色
まとめ
「永遠のピーターパン」は、最高に可愛く、最高に手がかかる
ラブやゴールデンと同じく、フレンドリーな平和主義者。家族はもちろん他人や他犬にもなつこくてジェントルな犬だから、吠えついたり、咬みついたりといった攻撃性がない。そういう気質はレトリーバーらしい魅力で、コンパニオン向きの特性を備えている。黒や焦げ茶の大型犬のイメージで、一見「怖そう」と勘違いされやすいが、それは大間違い。番犬になる才能もない。泥棒にだってしっぽをぶんぶん振って歓待しそう。非常に友好的で、他人を疑わない、脳天気すぎるほど朗らかな楽天家なのである。ファンシャー曰く「繊細なところがまるでない」。羨ましい特性である。神経質じゃないというのは、家庭犬として飼いやすい優れた才能である。
さらに、ラブやゴールデンにない楽しさといえば、天真爛漫すぎるテンションの高さ。いつでもゴキゲン、いつでも楽しい遊びを探している。そういうところはアイリッシュ・セッターなどのセッター種に近いものを感じる。
しかもフラットの真骨頂はここから。何歳になっても、子犬のようなテンションが続くのだ。通常、普通の犬は、性成熟しておとなになると、行動も落ち着いてくる。ラブやゴールデンなら、3〜4歳にもなるとおとなになって落ち着いた振る舞いになることが多い。セッターの仲間はもう少し遅いが、それでも5歳すぎにはそれなりに落ち着く。ところが、フラットは何歳になっても、若々しいキラキラ輝くやんちゃな瞳と心を持ち続ける。年老いて体が衰えてきても、それでも心はいつまでも子犬のまま。それゆえ「永遠のピーターパン」と呼ばれたりする。だからいつまでたっても最高に可愛い。
でも、キラキラした瞳と心というと聞こえはいいが、つまり、いつまでたっても目が離せない。この一生オトナにならないぶりは、全犬種中、フラットとワイマラナーだけだと動物行動学者が言っていたし、アメリカのブリーダーも言っていた。この特異な気質は、フラットの最大の魅力であると同時に、飼育上最高に苦労する点であるといってよい。よってこのピーターパンぶりを心から愛して楽しめる人にとっては、フラットは最高に可愛いかけがえのない相棒になるが、「おいおい、いつになったら、おまえは落ち着くんだ?」と毎日、毎年嘆く人にとっては苦行のような生活となる。
だからかもしれないが、こんなに人が大好きな犬なのに、悲しいかなフラットは捨てられてしまうことが多い犬種の一つである。心がやんちゃでハイパーだから、いつでもパワー全開、病気になって足腰が痛くなるまではいつまでたっても運動も大好き。さらに血統によっては、クレージーなほどテンションが高すぎる犬もいて、非常に扱いにくい犬もいると聞く。また「盲導犬になるラブと同じレトリーバーだから、おとなしくて、賢いですよ」と適当なことを言われて買ってしまい、「こんなはずじゃなかった」と後悔するケースも多い。
フラットの名誉のために繰り返すが、本当に可愛い性格の犬である。でも、人間の子供と置き換えて考えてみると分かる。幼い子供は可愛く、無邪気で、一緒にいて心が洗われる。だけど、それだけにちゃんと見張っておかないと、何をしでかすか分からないから、いろいろ手間がかかる。守ってあげないといけないことも多い。悦びと苦労は表裏一体。犬界のピーターパンと暮らすということは、そういうことなのだ。それだけの覚悟を持った人に、フラットを家族の一員に迎えてもらいたい。そうすれば必ずフラットは、ほかの犬では味わえない、特別な悦びを与えてくれるだろう。
レトリーバーの中では活動量No1! 飼い主も活発な人希望
本来ガンドッグなので、運動量は莫大。歴史をみても水陸両用の優秀な猟犬であるわけなので、日々の運動には相当気合いが必要。人間と歩くだけではダメ。レトリーバー(retriever:回収屋)なので、ボール遊びをして、ボールを遠くに投げて、ひたすらボールのモッテコイをさせるといい運動になる。ノーリードでボール遊びができる環境がそばにあるのが理想。ただしドッグランでは、ボール遊びができないことが多い。ボールをめぐって取り合いになり、喧嘩が勃発しやすいからだ。貸切ドッグランや、エリアを区切ってボール遊びを許してくれるドッグランはあるので、そういうところを利用しよう。あるいは、広大な庭や個人ドッグラン、山などを所有している犬友達がいるととても助かる。フラットは友好的な犬なので、複数頭で自由運動しても、ほかの犬といざこざを起こすことはまずないだろう。
さらに、週末には野山や海・川・湖などのアウトドアへどんどん連れて行ってあげたい。ガンドッグなので、フィールドが大好きなのである。また泳ぐことも大好きなので、水辺も好む。泥んこの水たまりだろうが、冬の海だろうが、飛び込むような犬だ。濡れ犬になったら困る、足が汚れたら大変、などといって叱るような人は、フラットを飼うべきではない。
遊び好きな活発な犬なので、アウトドア遊びは、筋肉だけでなく、心にもよい刺激になる。都会にすむフラット・ファンシャーは、犬を飼ってからキャンプやハイキングが趣味になったり、キャンピングカーを買ったりする人もいる。愛犬に合わせてライフスタイルが変わってくる、というか愛犬のためにそうしてあげたくなる。そんな飼い主の元に迎えられたフラットはとても幸せだと思う。
運動不足/ストレス発散不足だと、家庭内でイタズラに走ったり、異物喰いをしたりという問題行動になりやすい。たくさん運動をしていれば問題行動は少ない犬なので、もし犬が何か問題を起こすようならば、運動はたっぷりしているか、脳の刺激も足りているか、飼い主と一緒に過ごす共同作業の時間は十分か、などの原因がないかを考えてみること。
賢い。頭がよすぎて、あまのじゃくになるときも
レトリーバー種なので、トレーニング性能は高い。賢く、従順で素直なので、しつけもしやすい。でも、ラブやゴールデンに比べると、ちょっと「素直」という部分が変わってくる犬がいる。しっかりしつけられる飼い主ではあればもちろん問題ないのだが、犬が「こいつはちょろいぜ」と思ったら、ちょっと飼い主のことを馬鹿にする節がある。それくらい頭がいいということだ。「やんちゃ坊主のあまのじゃく」という感じ。犬になめられないよう、メリハリをつけた付き合い方をしよう。基本、優しい素直な犬なので、ポイントさえつかめば、トレーニングは難しくない。また、ちょっと態度が悪くなったとしても、人の手を咬むとか、子供を咬むというような攻撃性を見せることは聞かないので、それは安心だ。
ただ、血統によっては、尋常じゃなく興奮しやすい家系の犬もあるという。そうなるとトレーニングは厄介だ。プロのトレーナー、あるいは行動治療を行ってくれる獣医師に相談することを勧める。
また、人間が大好きな犬なので、一歩間違えると依存心の高い犬になる。そうすると留守番ができない分離不安症になる犬もたまにいる。飼い主の不在が耐えられず、不安で、リビングのものを破壊したり、普段は粗相しないのに排泄をしたり、延々と吠えたりする。密な絆を結ぶのは悪いことではないが、分離不安になると犬も心が痛くて辛い日々となるので、そうならないようにお互いが依存しすぎない、ある程度自立した関係を維持できるように練習する必要がある。
反対に、フラットは人間が大好きであるがゆえ、人のそばにいられない生活も耐えられない。どの犬でもそうではあるが、とくに人間との共同作業が生き甲斐のガンドッグは、室外飼育はまったく勧められない。フラットは、人のそばにいるから心が安定した、いい犬になる。室外飼育されるとずっと吠えたりして、心が壊れてしまったかのようになる。大型犬ではあるが、室外飼育するしかない環境ならば、フラットを選ぶべきではない。
友好的で性格がいい。だけど先方の都合も考えて
社会化不足のパピー期を過ごしたとか、虐待された経験があるなどがないかぎり、家人はもちろん、よその人にもフレンドリーな犬であり、攻撃性は見当たらない。よって番犬としては不適格だが、子どものお相手をさせるには最適だ。子どものよき兄弟になってくれるだろう。ただ、面倒見が良すぎて、小さな子どもにうっかり体当たりしてしまったりすると、大型犬なので子どもは転んでしまう。親の監視は必要だ。
基本的によその犬とも仲良くできるタイプである。それは飼いやすいポイントでもあるが、反対に誰にでも警戒心なく脳天気に近寄ってしまい、空気を読まず、咬まれてしまう事件が起きることがある。いろいろな性格の犬、いろいろな生い立ちの犬がいるし、トレーニングを頑張っている最中の犬もいるのだから、自分の犬の攻撃性がゼロでも、相手の犬が仲良しになりたいと思っているかどうかは分からないことを認識すべき。相手から見れば、実はとても迷惑だったりする。
よその犬や相手の飼い主にしてみれば「近づかないで!」と心の中で叫んでいることもあるので、ぶしつけに相手の犬のリード内に近寄らせないようにする。どの飼い主だって、自分の愛犬がよその犬を咬むのは避けたいと思っている。相手の状況を想像し、知らない犬に不用意に愛犬を近づけないことは、相手のためにも、自分の犬を守るためにも大事なマナーである。
日本ではまだ病気が多い可能性あり。獣医療費はかかる覚悟を
膝蓋骨脱臼や股関節形成不全といった骨関節の遺伝性疾患が多い犬だ。大型犬で、歩けない/歩くと痛がるというのは、介護も大変だし、獣医療費もかさむ。股関節形成不全の犬は人工骨頭を入れる手術があったり、膝蓋骨脱臼でも専門医しかできない難しい整形外科手術を行う症例も聞くが、そういうときは数十万円単位の獣医療費がかかる。
またガンも多いのだが、抗がん治療は費用がかさむ。よいブリーダーの努力と一般飼い主の知識の向上により、これからこの犬種の健全な家系は増えてくるかもしれないが、現時点ではやはりある程度の覚悟はして、心とお金の準備をしておくべき。
よってやはり重要なのは、健康な、リスクの少ない犬を手に入れるよう、ブリーダーを見極めることである。フラットのように運動が大好きな犬が、走れない病気になるのを見るのは飼い主の心も痛い。子供のように無邪気な犬を、ガンから救ってあげられないのも辛すぎる。病気のリスクのない犬はいないけれど、できるだけ健全な犬を手に入れるよう、十分なリサーチと努力をするのが、犬のためにも自分のためにも得策だ。購入の際には、父犬、母犬、おじいちゃん犬、おばあちゃん犬は存命か、親戚犬含み、既往症として遺伝性疾患やガンの犬はいないかを確認する。正直に教えてくれないブリーダーは、誠意がないし、遺伝性疾患についての意識が限りなく低いと思われる。候補から真っ先に外していいだろう。