歴史
名前にある“cock”とは「ヤマシギ」のこと。ヤマシギ猟に使われていた鳥猟犬が、コッカー・スパニエルだ。もともとはイギリスで改良された。その後、コッカー・スパニエルがアメリカに渡り、少し姿と性格を変えて改良され、アメリカン・コッカー・スパニエルが誕生した。
そもそもコッカー・スパニエルの祖先犬は、
イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルや
イングリッシュ・セッターと同じく、古い「セッティング・スパニエル」だと言われている。ガン(鉄砲)による狩猟が始まる前の時代には、網を使った猟が行われていたが、そのときに活躍していたのが、いまはもういない「セッティング・スパニエル」だ。鳥を見つけたらセットしてハンターの到着を待ち、ハンターが鳥の飛び立つ方向に網を仕掛けたところで、ハンターの合図で犬が獲物にワッと飛びかかり、鳥を網方向へ飛び立たせるという仕事をしていた。
このような網を使った猟は18世紀まで続き、その後「セッティング・スパニエル」はガンを使った狩猟に適した犬へと役割分担されていった。飛び立たせる犬(=フラッシング・ドッグ)は、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルや
イングリッシュ・コッカー・スパニエルへと改良され、位置を知らせる長毛の犬は、イングリッシュ・セッターへと改良されたようだ。
そのイギリス原産のコッカー・スパニエルが(当時はイギリスのコッカー・スパニエルしかいなかったから、イングリッシュ・コッカー・スパニエルとは言われておらず、ただのコッカー・スパニエルと呼ばれていた)、1620年、メイフラワー号に乗ってアメリカへ移民した人たちと一緒に海を渡って、アメリカ大陸に上陸した。メイフラワー号に乗っていた犬は2頭いたとの記述があるが、そのうちの1頭がコッカー・スパニエルだったという。
その後も、移民達がイギリスからアメリカに行くたびに、コッカー・スパニエルは共に海を渡った。その中にマールボロー(ロンドンの西に位置する街)系統のスパニエルも含まれていた。マールボロー系の犬は、小柄で頭部が丸く、マズルが短かった。また性質的にも、猟欲が強い従来のコッカー・スパニエルと少しタイプが異なっており、愛玩犬として飼養されていたことが多かったという。そのマールボロー系のコッカー・スパニエルが、アメリカン・コッカー・スパニエルの基礎となった。
アメリカでドッグショーが始まった1870年代から1945年までは、“アメリカン”と“イングリッシュ”はコッカー・スパニエルとして同一の犬種として扱われ、一緒に審査されていた。でも1945年に、アメリカン・ケネル・クラブ(AKC)が「アメリカン・コッカー・スパニエルは、イングリッシュとは違う別犬種」と宣言。ドッグショーでも別区分とし、それ以降それぞれ別の犬種としての地位を確立した。アメリカでの流れを受けて、イギリスのケネルクラブ(KC)では、1968年にアメリカン・コッカー・スパニエルを別犬種として承認することとなった。
アメリカで1955年に公開されたディズニー映画
「わんわん物語」(原題:原題:Lady and the Tramp)の主人公「レディ」が本犬種だったことから、アメリカのみならず世界中でこの犬種の知名度が上がった。映画では、「レディ」という、名前のとおりお屋敷で大事に育てられた犬だったのだが、いわゆる憧れのセレブ犬だったのだろう。アメリカで大ブームとなった。ちなみにもう片方の主役であるグレーのテリア風の「トランプ」は、雑種の野良犬である。
日本でもおそらくこの映画の影響があって、昭和30年代(1955〜1964)の頃に人気犬種となった。現在は毛の手入れの大変さのせいか、そこまでポピュラーではないが、見た目のチャーミングさもさることながら、実はそれ以上に素晴らしいのは朗らかで陽気な可愛い性格。一度この犬を飼うと、「次もやっぱりアメリカン・コッカー♪」という人は少なくない。
外見
ガンドッグ出身ではあるが、愛らしい外貌と手頃なサイズで、コンパニオンとしてもショードッグとしても愛されている犬種。とくにアメリカでは絶大な人気を誇る。日本でもショー会場で、見事に被毛の手入れをされた様々なカラーのアメリカン・コッカー・スパニエルに会うことができる。この犬種を飼いたいと思うなら、そうした完成された美しい成犬の姿をまず見てほしい。
体高は、オス約38cm、メス約36cmが理想。ボディバランスは、体高が体長よりもわずかに短いのがベストとされる。胴が長すぎても(=短足ぎみ)、短すぎ(=詰まりすぎ)もいけない。
犬種スタンダードに体重の規定はないが、おおよそ9〜13kgの、大きめの小型犬である。体重的には
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク程度。抱っこして移動するには厳しいサイズだが、犬らしいそれなりの存在感がある。
アメリカンとイングリッシュの違いを比較してみよう。アメリカン・コッカーは、イングリッシュ・コッカーよりもやや小柄だ。そして頭部はイングリッシュに比べてころんと丸みを帯びており、マズルは短め。イングリッシュのマズルの横の唇はシュッとしているが、アメリカンのマズルは「たふたふ」していて、それもファンシャーのツボである。そしてアメリカンの方が毛量は豊かで、ふわふわ。それだけにもつれやすく、毛玉になりやすく、手入れが大変だ。
耳、胸、腹、足に十分な飾り毛があるが、体のラインや動きを妨げるほど過剰ではない。アンダーコート(下毛)はかなり厚い。毛質は絹糸状で、まっすぐか、わずかなウェーブがかかっている。個体差があり、ウェービーな犬の方がよけいもつれやすく、毛玉ができたらからみがとれないそうだ。毛玉ができたら、プロに任せるしかない。
毛色は、ブラック・バラエティー(純黒であるジェット・ブラックやブラック&タン)、アスコブ・バラエティー(黒以外の単色。クリーム、レッド、ブラウン。ブラウンにタン・ポイントのチョコレート&タンも含む)、そしてパーティ・カラー・バラエティー(白&もう1色の組み合わせ。ホワイト&ブラック斑、ホワイト&ブラック斑、またはブラック・ローン、ブラウン・ローン。ローンにタン・ポイントのブラック・ローン&タンなどもOK)。色やブチのマーキングには細かい規定がある。
犬種スタンダードに明記はないが、日本ではベージュの単色を俗称で「バフ」と呼ばれることがある。また黒、茶系かかわらず単色のものを「ソリッド・カラー」と言う。
アメリカや日本ではまだ断尾がされているが、断尾は、EUの多くの国ではすでに法律で禁止されている。
毛色
まとめ
一番の飼い主の条件は「毛の手入れができる人」
実猟犬としてではなく、愛玩犬として愛されるための豊かな被毛をまとうように犬種改良された。ふんわりボリューミーな毛に覆われているが、それだけ毛玉になりやすく、手入れの大変さは「全犬種で1位」ではないかと言われている。
原っぱや落ち葉の上を走るのも大好きだが、散歩から帰ると小枝や葉っぱやゴミなどいろんなものを毛に絡めて帰宅する。お花見のときは、桜の花びらやちょっとネバネバしている花の芯などをごっそりつけてくる。
アメリカン・コッカーに惚れ込み、先代亡きあともやっぱり次も同じ犬種を迎えたファンシャーによると、朝晩の散歩から帰るたび、まずゴミなどを指で取り除いてから、からみやすいので犬用ブラッシング・スプレーをかけながらまずピンブラシでブラッシングをしたのち、コーム(櫛)でとかして整える。だいたい1回20分ほどかかる。垂れ耳は耳の中が蒸れやすく、耳感染症にもなりやすいので、耳掃除もする。朝晩の散歩で歩く時間以外に、毎日欠かさず小1時間、毛のメンテナンスのために時間を割くことのできる人だけが、アメリカン・コッカーを飼う資格があるというわけだ。
「散歩に行くと、毛が汚れるから行かない」「汚れるのがイヤだから、土や草の上は歩かせない」「散歩はいつもバギー(犬用乳母車)」……ガンドッグ出身のアメリカン・コッカー・スパニエルにとって、それは虐待と同じ。飼い主の虚栄心のためにアメリカン・コッカーを選んでしまうと、犬にとってはとても悲しい人生である。
また、手入れが大変だからと、丸刈りにされている犬もいる。豊かな被毛が魅力のコッカー・スパニエルを丸刈りにするくらいなら、最初から手間のかからない短い被毛の犬種を選ぶべきである。ちなみに、丸刈りにすると太陽の光や道路の輻射熱をダイレクトに浴びてしまうので、よけいに熱中症になりやすくなるので注意。丸刈りは見た目だけでなく、犬の身体にも負担をかけるのでやめること。
ペットショップや悪質なブリーダーから、毛の手入れの大変さの説明を受けることなく犬を買ってしまい、あとでとても苦労している飼い主もいる。中には、何もしないで、犬種図鑑の写真のとおりの姿がキープされると思っている人さえいる。すべての犬種の中でトップクラスの毛の手入れの大変なアメリカン・コッカーを売るときに、毛の手入れの説明もしてくれないようなお店は、どう考えても無責任。そんな店では何も買うべきではない。「こんなはずじゃなかった」とあとで後悔しないように、とにかく毛の手入れの覚悟が絶対に必要な犬種である。
ちなみに、毎日ていねいにブラッシングをしていれば抜け毛は減るものの、もともと毛量の多い犬なのでそれでも抜け毛は多い方。リビング内の掃除機がけも、けっこう手間である。
最後に重大なことをもう一つ。ふわふわ絹毛の抜け毛が多いため、人間のアレルギーを誘発する可能性があると、コッカー・ファンシャーから指摘を受けた。家族や近い親族内に、喘息やアトピー性皮膚炎などアレルギー体質の人がいる場合は、残念だがコッカー・スパニエルは選ぶべきではない。犬を迎えたあとに「子供がアレルギーになった」と言って、捨てられてしまうコッカーが実際にいる。アレルギーのリスクのある家庭は、抜け毛の少ない巻き毛(カーリーヘア)系の犬種か、抜け毛がふわふわ舞わない滑毛種(スムースヘア)系を選ぶ方がまだよいだろう。
美しいレディを養うには、お金がかかる
日々の毛のメンテナンスの大変さはもちろんだが、それをしたうえで、さらに2週間に1度、トリミング・サロンにお願いするのが、ファンシャーの間では普通。つまり月2回!
柴犬のような短毛種や
イタリアン・グレーハウンドのようなスムース・ヘアの犬を飼っている人から見たら衝撃的な事実である。1回のトリミング代はお店により差もあるが、都内では9000円〜1万2000円くらいとのこと。つまり毎月約2万円、トリミング代がかかる。パーマもかけないのに、人間の美容院代よりも高い。とはいえ、全身を厚い絹毛が覆っている犬なのだから、その金額は妥当といえるだろう。トリマーさんが腱鞘炎になりそうくらい大変手間のかかる犬なのである。
つまりそもそも、この毎月の美容代を払えるだけの経済力のある人が、アメリカン・コッカーのオーナーにふさわしい。
また、アメリカン・コッカーは、アメリカや日本で流行犬種となったときに乱繁殖されたため、遺伝性疾患を始めとする心臓や目の病気などが多いし、全身の皮膚が脂っぽいため体臭も強めなうえ、耳や皮膚疾患のトラブルも多い。そのため動物病院に通う頻度が割と高い犬種でもあり、つまりそれだけ獣医療費がかかる。美しく可憐なレディやプリンスを守るには、美容代以外にも出費が多いと覚悟した上で迎えたほうがいい。
突発性の「キレやすい」系統がいる
本来ほがらかな性格の犬で、鳥などの獲物を優しくくわえることのできるガンドッグ。オモチャやボール遊びをしても、ふわっと噛むソフトマウスの犬だ。本来、攻撃性は感じられない犬種ではあるのだが、攻撃性が突発的に発現する「激怒症候群」というキレる行動異常のある犬がいる。ソリッド・カラー(単色系)の個体で多いとされる。そういう犬は、怒っている素振りもないのに、突然目の色が変わり、本気で咬んでくる。他人であろうと家族であろうと容赦ない。そして興奮がピークに達したあとに、電池が切れたように急におとなしくなる。その後、また何かのタイミングでキレて、この症状を繰り返すという非常にタチの悪い症状だ。
しつけをしてなくてワガママ放題にさせていれば、どの犬種でも、どのコッカーでも、咬む犬に仕立てることもできるが、その場合は威嚇行為として事前に唸ったり、歯をむき出すなどの「咬むぞ、咬むぞ」というシグナルを出してくれるけれど、激怒症候群の犬の場合はそういうステップがなく、突然まるで何かに取り憑かれたように怒り出すのが特徴だ。
これは飼い主の育て方が悪いというものではない。この行動異常は先天性のてんかん症状の一部らしく、脳内の刺激伝達物質の不足が原因とされる。つまり、脳の病気。残念ながらトレーニングやしつけで矯正されるものではない。よって、なるべくそういう家系の犬を選ばないよう努力するしかない。親犬や親戚犬でこうした行動を起こした犬は繁殖ラインから外さなくてはならない。そのように真面目に考えている志高いブリーダーから子犬を譲ってもらうことが、最良の手段である。ペットショップやネット販売などで親犬や親戚犬を確認せずに買うのは、歩の悪いバクチのようなものだ。
本気で咬まれて傷だらけになるのは飼い主も痛いし、また自分の心を制御できない犬も不幸なことである。またコッカーは、そのほかの遺伝性疾患もあるので、ブリーダー探しは重要だ。子犬を迎える前に十分なリサーチをしよう。ファンシャー同士のブログなどを見て口コミを調べたり、ブリーダーに繁殖の際に気をつけていることを聞き、親犬・親戚犬との面会、繁殖犬の遺伝子検査などの項目を直接確認するとよい。
運動は毎日しっかり。ボール遊びも大好き
10kg前後でそれなりにサイズのある犬だし、元はガンドッグ。野山を走り、鳥を探していた犬である。当然、運動量は高く、見た目の可愛さからは想像できないほどタフである。活発でジャンプ力もあり、アジリティなどのドッグスポーツで頑張っている犬もいる。体力的と性格的には実は中味は体育会系の犬なので、そのつもりで迎えるべし。
そして食べ物への関心が高い、食いしん坊。その性格をうまく使い、おやつを使ったトレーニングをするとどんどん学んでいくが、一歩間違えるとデブになる。可愛い瞳のおねだりに負けないよう心を鬼にして、しっかり運動することと、栄養管理を怠らないことが大事だ。
マンション飼育や子どもとの同居もOK
運動を十分に与えてストレス発散をしていれば、問題行動は起こりにくい(突発性の行動異常は除く)。トレーニングもそこそこ得意。要求吠えも普通はしないし、テリトリー意識が少ないから番犬のようにも吠えないし、廊下ですれ違う人にも愛想がいいので、犬種的にはマンション飼育にも向いている。
神経質ではないし、怖い者知らずの脳天気な性格で、お茶目で好奇心も強いから、子供のお相手もこなす。個体差はあるものの、大多数は単純で陽気な性格で、悪知恵もないから任せて安心だろう。またそこそこのサイズの犬なので、子供がぬいぐるみ扱いすることが難しく、抱いている最中に落下させて骨折させるような事件も聞かない。
基本的な毛の管理と運動ができて、トリミング代と病院代が出せる経済力があれば、性格面ではビギナーにも飼いやすい犬といっていいだろう。
ただし、お年寄りの伴侶としては難しいかもしれない。健脚な高齢者の散歩のお伴にはちょうどいいが、毎日の毛のメンテナンスが大変なのである。からんだ毛をほぐすのにはけっこう力がいる。人間の頭髪のようにスッとほぐれないらしい。夏だと汗だくになりながらブラッシングをすることになる。毛の手入れにはそれなりに飼い主の腕力と持久力が必要。いくら2週に一度、プロに任せるだけの財力があったとしても、毎日の手入れは必ず必要なので、高齢者は要検討である。