歴史
イタリアン・グレーハウンド(略称:イタグレ)は、もとはエジプト界隈にいたグレーハウンド(いまではイギリス原産とされている)を小さく改良した犬。グレーハウンドは極めて古い犬種で、紀元前3000年くらいから存在し、古代エジプト王朝の墓石にも刻まれていたほどの犬である。
また紀元前1000年頃のギリシャの文献を見ると、グレーハウンドはいまとほとんどタイプが変わっていない。そのグレーハウンドの中で小型だったものがイタグレの祖先だ。いつ小型化したかの記録はないが、すでに古代文明の絵や彫刻、レリーフから小型化されたグレーハウンドが登場しているので、本犬種もかなり歴史が古いと考えられる。
イタグレは、伴侶犬、小型愛玩犬として犬種改良された最初の犬種ではないかと言われている。花瓶や器の絵に描かれたものから考察すると、小型のグレーハウンドは、紀元前5世紀の初期にエジプトからギリシャを通って、イタリアに渡ってきたようだ。当然このサイズになると、狩猟犬としての役割は果たせない。そのかわりにイタグレは高級な室内装飾品としての価値がつけられ、ステータスの象徴とされた。
この犬種が最も発展したのは、イタリア・ルネッサンス時代の宮廷。イタグレは、この時代の巨匠の描いた絵画の中に数多く登場している。さらに貴族や王族からの寵愛は、イタリアだけにとどまらず、イギリスでもかなり長く愛された。イギリスではマルチーズ、キング・チャールズ・スパニエルとともに、上流階級で引っ張りだこになったらしい。
しかし流行犬種になると、犬種の健全性がないがしろにされてしまうのは昔も今も同じ。イタグレへの愛よりむしろステータス欲しさの人気が過熱し、過度の小型化が進み、不健全な子犬が増えてしまった。
幸いにして1890年代のビクトリア王朝末期に、真面目なブリーダーがイタグレの健全性を復活することに取り組み、本来の強さを取り戻したという。そもそもイタグレは、サイト・ハウンドの仲間である。サイト・ハウンドのように、古い時代からの外貌や性質が残り、あまり人為的に改良されていない犬種は、見た目のスレンダーさとは裏腹に元来丈夫でたくましい。一見するとイタグレは華奢でか弱そうに見えるし、寒いとブルブル震えてしまうのでつい過保護にしたくなるが、ヨーロッパにいる本家のイタグレは、日本の我々が想像する以上に頑丈である。
外見
細身の体躯。ボディはスクエア(体高と体長が等しく、横から見ると正方形)。重要な比率は、体長=体高、あるいはわずかに体高が短いこと。またスカル(頭の鉢)の長さ=頭部の長さの半分。そして、頭部の長さは、体高の40%に達する。つまり、けっこう頭が大きめな犬だ。ただ頭部は細長い形をしており、幅は狭いので、小顔に見える。細面の瓜実顔の美人さんといえるだろう。マズルは尖っている。
イタグレは、体の大きさに比べると、力強い歯をしている。顔の大きさの割に歯が大きいため、歯並びが悪くなりがちという問題が生じている。そのため、歯周病など歯や歯肉のトラブルが多い。スタンダードでの理想は「アゴは長く、切歯は冠の形にきれいに並んでいる。歯は健全で完壁で、アゴに対して垂直に生え、シザーズバイトである」。健全な歯並びの犬を探すことが理想。
体高は、オス/メスともに32~38cm。体重は最高5kgがスタンダード。近いサイズの犬種で比較するとミニチュア・ピンシャー(ミニピン)がいる。ミニピンの場合は、体高が25〜30cm、体重4〜6kgなので、イタグレの方がより背が高くてスレンダーなモデル体型だ。
ただ、日本で見かけるのはアメリカ系の血統が多いせいか、ヨーロッパ系のイタグレよりもサイズが大きめ。本場ヨーロッパ大陸のイタグレは、もっと小ぶりで華奢な印象がある。それなのに病気が少ないというから驚く。健全な繁殖管理の賜物なのだろう。
さてイタグレは、耳の形も特徴的。小さな耳で、付け根がとても高い。耳の軟骨は薄く、折りたたまれ、後方に寝ているようにつく。犬が何かに注意を払っているときには、耳の付け根が立ち、耳たぶは側方に水平にあげられて「フライング・イヤー」(垂れ耳が立って、ひらひらする耳)あるいは「プロペラ・イヤー」(プロペラの形をした耳)になる。
ちなみにイタグレの耳は「ローズ・イヤー」がよいとよく巷で言われているが、FCI(国際畜犬連盟)やJKC(ジャパン・ケネル・クラブ)の犬種スタンダードにその表記はない。「ローズ・イヤー」(耳を後方に寝かせ、折りたたむ小さな垂れ耳。そのため耳の内側がバラのように見える)は、グレーハウンド、ウィペット、スタフォードシャー・ブル・テリア、ブルドッグで使われる言い方であり、イタグレの場合は「フライング・イヤー」と「プロペラ・イヤー」と書かれている。AKC(アメリカン・ケネル・クラブ)のスタンダードも調べてみたが、「ローズ・イヤー」の単語はない。
ただ、イタグレ・ファンシャーの協力のもと確認すると、
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The Kennel Club(イギリス)
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Canadian Kennel Club(カナダ)
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Australian National Kennel Council (オーストラリア)
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New Zealand Kennel Club(ニュージーランド)
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Westminster Kennel Club (アメリカ。Italian Greyhound Clubがリンクされている)
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Italian Greyhound Club(アメリカ)
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The Italian Greyhound Club(イギリス)
といったイタグレ愛好クラブでは「rose-shaped」(バラの形)と表記され、United Kennel Club (アメリカ)は「rose ears」(バラの耳)と書かれている。rose-shaped earsもrose earsも、耳の形としては同じ意味であるから、これらの団体では「ローズ・イヤー」がスタンダードとして定められているということになる。
「ローズ・イヤー」をスタンダードとしているのは、よくよく見ると英語圏の国々だ。イタリア原産のイタグレなので、FCIとしてはスタンダードのルール作りは原産国を尊重しているのかもしれない。グレーハウンドやウィペットたちはローズ・イヤーと明記されているのに、イタグレだけ違うのはちょっと腑に落ちない。
しかし、そういえばイタグレと同じく、元はエジプトなど地中海近くの出身であるのに、グレーハウンドやウィペットは、いまではイギリス原産の犬となっている。ついでに言うと、「ローズ・イヤー」と明記されているスタフォードシャー・ブル・テリアやブルドッグもイギリス原産の犬。そうした原産国や言語の関係で、ローズ・イヤーvs.フライング・イヤー/プロペラ・イヤーと違う言い方がされている可能性はある。犬種スタンダードといっても、世界共通の語句統一はなされていないことがあると確認できる案件である。
ちなみに、FCIに準じているJKCのスタンダードの失格事由に耳に関しての項目はないが、AKCでは立ち耳とボタン・イヤー(スカルの前方に向かって耳の穴を覆うように折れて垂れる耳。例:レークランド・テリア)はNGとのこと。
さて耳の話が長くなったが、外貌の話しに戻そう。ボディのトップライン(犬の体を横から見たときの上側のアウトライン)は真っ直ぐで、背中から腰にかけてはアーチしている。腰のカーブは尻のラインになめらかにつながる。
き甲部(首の付け根近く。両肩の間にある背の隆起した部分)からすでに背骨が尻に向かって丸まっているのは丸まりすぎだし、猫背のように肩から一度上方に高くなるのは違うようだ。いずれにせよ正しいイタグレは、スレンダーであっても背骨の奇形を疑われるようなものや虚弱なものはよろしくない。
尻はかなりの傾斜があるが、幅広く、筋肉質である。でも胸の幅は狭く、深い。つまり上から見ると胸あたりの上半身は薄いが、下半身になるにつれ幅広くなる体型をしている。後ろ足の蹴りの強さはこの頑丈な腰骨からくるのだろう。
イタグレは歩様(歩き方)も特徴的。高踏歩様(たかふみほよう・前肢を高く上げる歩き方)をする。馬のように軽快でスピード感のある歩き方だ。
被毛は、ボディ全体がツルッとした短毛。フェザリング(羽毛状の飾り毛)などは一切ない。たまに血行促進や地肌のマッサージのために豚毛ブラシなどでブラッシングする程度。細かい柔らかい毛は落ちるが、ごく短い毛だし、体格も小さいので量は少ない。シャンプーやドライヤーも簡単。手入れは簡単な犬種だ。総じて毛の手入れが悩みになることはないだろう。
でもスムースヘアの犬種はトリミングサロンに行かないだけに見落とされがちだが、定期的な爪切りは必須。とくにイタグレは特有の高踏歩様の関係もあるのか、前肢の爪は伸びやすいので、こまめにチェックをしてあげよう。前肢の狼爪(親指)の爪を切ることもお忘れなく。
ちなみにイタグレ・ファンシャーの間で「前肢に狼爪があるのはOK?NG?」という話題がでると聞いた。イタグレのスタンダードの失格事由に「デュークロー(狼爪)のあるもの」との表記があるからと思われる。しかし基本、犬という動物には犬種に関係なく前肢に狼爪(親指)があるのが普通。よってイタグレの前肢に狼爪があるのはOKと言って間違いではないだろう。ただし日本では犬種によってショードッグは慣習的に前肢の狼爪を断指(親指の付け根から切断)されている犬もいるので、前肢に狼爪のない個体もいる。ともあれ犬としてイタグレの前肢に狼爪があるのは問題はなく、健全なことだ。
ただイタグレの狼爪についてわざわざスタンダードに失格事由として挙げられているところをみると、たまに後肢に狼爪のある個体が産まれるのかもしれない。でも後肢の狼爪は犬種の進化にともなって最初に失われていった指であるから、イタグレという純血種を固定するにあたっては、後肢の
狼爪を発現する遺伝子を排除することが望まれているため、そのような個体は繁殖犬として使うことができない。ちなみにFCIの
ドイツ語のスタンダード表記では失格事由として「後肢の狼爪」と、明確に「後肢」と限定して書いてある。
さて、トリミングサロンに行かない犬種ということで1つアドバイスを。定期的なケアのひとつに肛門嚢しぼりというのがあるが、これをやることも心がけよう。肛門嚢炎にならないように、定期的に肛門嚢にたまった分泌物を肛門腺からしぼりだすことだ。でもやりすぎで炎症を起こす犬もいるそうだし、溜まる/溜まらないは個体差も大きいようなので、やり方や頻度が分からないときは獣医さんに教えてもらっておくと安心。
またイタグレは、ごく短い毛のために寒がりである。日本の冬は防寒着を着せる必要があるかもしれない。昔は貴族様のお城で、暖炉のそばでまどろむような悠々自適な暮らしをしていた犬であるから、室内で留守番をさせるときも室温管理は必須。また窓辺で日向ぼっこをするのが大好きな犬種なので、日当たりのよい窓辺やベランダがあるとイタグレは喜ぶ。
毛色は、FCI(原産国のイタリアも加盟)およびJKCの犬種標準では、ブラック、グレー、イザベラ(ペール・イエローのようなベージュ)のいかなる色調でもOKの単色(体全体が同じ色)。ホワイトのマーキングは胸と足先のみ許容される。
ただ、日本ではシール(アザラシ色)やフォーン、ブリンドルなどの単色、ホワイト&ブラック斑、ホワイト&ブリンドルなど白地にブチがあるものもいて、イタグレ繁殖業者のサイトなどでもそういう被毛色の記述で普通に販売されている。そのため日本のイタグレ・ファンシャーの間では、それがイタグレの毛色のバラエティーだと認識されていることが多いが、これは
AKC(アメリカン・ケネル・クラブ)の規定から来ていると推測され、FCIの国際標準ではない。
ちなみにAKCで認められている毛色には、「S」タイプと「A」タイプがある。これを機にその違いを正確に理解しておこうとJKC学術教育課犬種標準担当の方に教えてもらうと、「S」とはスタンダードで認められた毛色/理想とする毛色。「A」とは、ミスカラーや失格とまではいえないが、望ましくはない毛色/理想ではない毛色。血統書は出て純血とは認められるしショーにでることもできるが、おそらく入賞は望めないであろう毛色、とのことである。
Sタイプ:ブラック、ブルー、ブルー・フォーン、フォーン、レッド、レッド・フォーン、セーブル、シール、ホワイト&ブラック、ホワイト&ブルー、ホワイト&ブルー・フォーン、ホワイト&フォーン、ホワイト&レッド、ホワイト&レッド・フォーン、ホワイト&セーブル、ホワイト&シール
Aタイプ:ブラック&タン、ブルー&タン、ブリンドル、チョコレート、ホワイト
さらにマーキングの規定もあり、こちらはSタイプしかない。
Sタイプ:ブラック・マスク、ブルー・マスク、ホワイト・マーキング、ホワイト・マーキングでブラック・マスク、ホワイト・マーキングでブルー・マスク
AKCで失格と明記されているのは、ホワイト×ブリンドル・マーキングと、(ブラック&タンとブルー&タンを除く)タン・マーキング(例:チョコレート&タンなど)。
よくよく調べると、AKCでは実に細かくカラーとマーキングが決められていることが分かる。
でも、FCIやJKCのスタンダードは実にシンプルで「ブラック、グレー、イザベラの単色。ホワイトのマーキングは胸と足先のみ許容」。ブルーやシール、フォーンなどの毛色名も、ヨーロッパで主流な呼び名ではない。なぜJKCで、JKCスタンダードに記載のない毛色の血統書も普通に発行されているのだろうか。どんなオトナの事情があるのか分からないが、統一がされていないという事実は判明した。
とはいえ、スタンダード外の色であっても、犬にはなんの問題もないし、個人が愛犬として大切に可愛がることにも、もちろん何の問題もない。スタンダード外だからといって、劣ったものであるかのようには思わないでほしい。だが、「レアカラー」などと言って珍重して高額で取引しようとしたり、犬種スタンダードを無視した繁殖を当たり前に繰り返すようなことは、単に日本の犬業界全体のレベルを下げているだけである。仮にも“犬”を生業にするなら、なぜそれぞれの犬種に国際的なルール(犬種スタンダード)が定められているのかを一度ちゃんと考えるべきだ。その犬種の健全な姿、性質、健康な遺伝子を未来に引き継いでいくという使命を忘れてはならない。
失格事由は以下のとおり。
・鼻の色素が50%以上欠乏しているもの
・鼻すじがくぼんでいるもの、または隆起したもの。
・咬み合わせがオーバーショットやアンダーショット。
・ウォール・アイ(青い目、またはブルーにぶちのある目、もしくは片方の目が青い目)
・目の縁の色素が完全に抜けているもの
・背にかかる長すぎる尾
・無尾や短すぎる尾
・デュークロー(狼爪)のあるもの
・オス/メスともに体高32cm以下のものや38cm以上のもの
など。
※2014年11月7日 複数のファンシャーの方、およびJKCへの追跡調査の結果を反映し、毛色の部分をより正確な表記に修正しました。
毛色
まとめ
割と飼いやすいが、軽い気持ちで飼うのは御法度
基本的に無駄吠えが少なく、要求も少なく、攻撃性も少なく、ビギナーでもなんとかなる犬種。奥ゆかしい性格で情愛こまやか、毛の手入れも簡単でトリミング代も不要。テリアや
トイ・プードルなどのほかの小型愛玩犬と比べて性格もマイルドで、何事にもほどほどで飼いやすいといえる。そのくせ走る姿は小さなF1で、素晴らしい運動性能を見せてくれる。小型犬ながらそのパフォーマンスは素晴らしい。
しかしその半面で、流行犬種ならではの問題も頻発している。不健全な犬の増加、繁殖業者崩壊による遺棄、覚悟不足の一般飼い主の遺棄、管理不足による脱走なども、残念ながらこの10年ほどの間によく聞かれるようになってしまった。なぜこんなにも文句や攻撃性の少ない小型犬までもが捨てられてしまうのか、まったく理解に苦しむ。しかし、それでも捨てられてしまう現実があるので、その原因を想像してみよう。
たしかにほかの多くの犬種と比べると、イタグレは「飼いやすい」犬種のはずであり、多くの書物やネットでもそうした情報が流れている。ペットショップでもそう案内される。しかし、そうはいっても犬は犬。水槽の中で飼う熱帯魚や爬虫類などとは違って、毎日散歩に行かねばならないし、家庭犬としてのトレーニングも必要。
運動不足や刺激不足の毎日であれば、ほかの犬と同様に、吠える、噛む、トイレの失敗、破壊活動などの問題行動が起きることもある。毛も多少は抜ける。骨折の多い犬だがケガや病気をすれば治療費もかさむ。そういうことを考えずに「飼いやすいと聞いたから」「おとなしいし、鳴かないんでしょ」「マンション向きの犬だと言われた」と、軽い気持ちで欲しがるのが間違いのもと。当たり前のことだが、イタグレは犬なのである。ステータスのために飼う(買う)ようなルネッサンス時代の感覚や、水槽の中で飼う動物と同じ扱いで飼う感覚は厳禁だ。
本来は丈夫な犬。でもいまの日本では不健全な犬も少なくない
2000年代以降、トイ・プードルほどではないが、着実に人気を伸ばしてきたイタグレ。そのせいか、パピーミルやお金儲け主義の繁殖業者も増えている。ヨーロッパでは聞かれない病気が、なぜか日本のイタグレでだけ多く発症しているのも気になる。オシャレなイメージと相まって割と高く売れる犬種なので、遺伝性疾患の淘汰などをまったく考えていない人が、単なる商業目的で繁殖させているのが原因の1つだろう。また日本国内の遺伝子プールが乏しく、その中でのみ繁殖を繰り返しているせいもあるかもしれない。生き物なので病気のリスクをゼロにすることはできないが、できるだけ健康な犬、安定した性質の犬を手に入れる努力をすることは大切だ。
でも初めて犬を飼う人だとよけいに、良いブリーダーと悪徳な「犬屋」を見極めるのは難しい。
それに立ち向かうためには、やはり情報収集しかない。幸い、イタグレはファンシャーのコミュニティが活発である。一般のブログにはいいことしか書いていない可能性もあるが、なかにはイタグレの闘病生活や問題行動の悩み、ドッグランに通う苦労話などをきちんと記している真面目な飼い主さんもいる。そういう情報を調べて、イタグレとの暮らしをしっかりシミュレーションしてみることが大事。
またイタグレのファンシャーが集まる場所(ドッグランやファン・イベントなど)に出向き、勇気を出して実際の飼い主さんに生の声を聞いてみると実感のこもった話しが聞けるだろう。できればイタグレ歴が浅い飼い主さんだけでなく、飼育年数の長い人や多頭飼育の家庭の意見も聞けるとよい。そうした中から、どこから子犬を譲ってもらうことがよいのか、どんな心構えでイタグレを迎えることが重要なのか、見えてくると思う。
小さなF1マシン。郊外の広大なドッグランへ足繁く通える人希望
イタグレは5kg以下の小型犬だが、ご先祖様はチーターよりも速い、哺乳類界最強のスプリンターのグレーハウンドだ(瞬間時速はチーターが速いが、チーターが速いのはほんの一瞬だけなので、総合するとグレーハウンドの方が速い)。そんなDNAを受け継いでいるので当然、イタグレも相当に身体能力が高い。
イタグレの走りっぷりの良さには惚れ惚れする。しかもかなり身軽な身のこなしで、ジャンプ力もある。おうちの中でもリビングのソファーの背の部分の上を走ったり、椅子から飛び降りたり、ぴょんぴょんと跳ねて小ザルまたは忍者のようだというファンシャーもいる。決してか弱いお座敷犬ではないのだ。
よって、イタグレの優れた運動能力に惚れ惚れしない人は、この犬を選ばない方がいい。この犬は、小さいとはいえサイト・ハウンド。走ってなんぼの犬である。その幸せをこの犬に与えてあげられない人は、イタグレの飼い主の資格なし。もっとまったりのんびりした犬種を選択するべきだ。
またイタグレは、直線距離が長い芝生のトラックがお好みである。砂利のドッグランやアップダウンのある場所、狭い空間では、嫌がって走らなかったり、後ろ足の蹴りの強さで爪がはがれたり、小回りが効かずにフェンスに激突したり、転んで骨折したりと、とにかく事故やケガの話しをよく聞く。
さらに、呼び戻しトレーニングも苦手な子が多いし、俊足なので人が走るスピードでは捕まえられるはずがないため、結果的に脱走・失踪・迷子になりやすい。小さな弾丸犬をフェンスのない場所で走らせるのは危険だ。必ずドッグランや広い庭など囲いのある場所で運動させよう。
しかし世の中には小型犬と大型犬で分けられているドッグランが多いが、小型犬用ではイタグレには狭すぎる。かといって大型犬用には入れないサイズなので入ればルール違反になる。大型犬飼い主からしてみればぶつかって骨折させてしまうのも心配だ。それにイタグレは、どうも同犬種で遊ぶのがお好きらしい。そこで多くのイタグレ・ファンシャーは、仲間と集い、郊外のドッグランを貸切にして遊んだりしている。よって、イタグレのために、週末は郊外の広大なドッグランに通える交通手段と時間が必要となる。犬自体は小型なのでキャリーバッグで電車にも乗れる犬だが、郊外のドッグランとなると自家用車が必要になることも多いのでそのつもりで。
ちなみにイタグレは、わーーーーっとすごいスピードで走り回るが、持久力はそんなにない。何時間も走りっぱなしということはなく、けっこうすぐに満足し、休憩するタイプ。生粋のスプリンターのために、広いグラウンドでの自由運動ができる環境を用意してあげることが飼い主の使命だ。
猫のような性格とも言われる。ベタベタしすぎない犬が好きな人に
イタグレは、奥ゆかしく飼い主を慕うが、たとえば
ラブラドール・レトリーバーのようにぶんぶんとしっぽを振って全身で愛情表現するタイプではない。呼んでもラブラドールのように「はいっ!なんでもします、御用はなんでしょう!」というタイプでもないので、素直で従順で働き者の犬を期待していると、ちょっと期待外れかもしれない。
ファンシャーは、そんなイタグレを「猫っぽい」と言うことがある。ベタベタしてくる犬はちょっとうざったいな、という人にはイタグレは向いている。この適度な距離感、適度な自立心が心地いい。実際「今まで猫しか飼ったことなくて、初めて犬を飼ったけど、イタグレは違和感がなかった」という人もいる。
なかには勝ち気なのもいて、実力以上のはったりをかます犬もいるが、他人や他犬に対しての攻撃性はあまり見られない。コンパクトで、わりと飄々としたマイペース屋で、環境適応能力もあり、とくに同犬種同士で群れるのはわりと好きらしく、多頭飼育も問題がないことが多い。
ただ、動きの読めない幼児や小学生の相手は苦手。また子どもに追いかけ回されたり、抱っこで落とされ、骨折することがあるので、大人だけの家庭の方がよい気がする。かといって、かなり俊敏ですばしこいので老夫婦が管理するのもちょっと辛いと思われる。
骨折や歯のトラブル。獣医療費はかかる可能性大
ヨーロッパのイタグレは、日本やアメリカのものより小ぶりで可憐な感じがするのだが、意外と丈夫。本来は比較的病気の少ない犬種だ。
ただし、四肢、とくに前肢としっぽの骨折が多い。自分で飛んだり跳ねたりして、落ちて転んで折ったり、しっぽをバタバタと振っているといつの間にかぶつけて折ったり。骨折で病院にかかっているイタグレは実によく聞く。骨折の手術/治療は結構な時間とコストがかかるので、ぜひ気をつけたい。
またアゴの大きさに比べて歯が大きいため、歯並びが悪かったり、また歯肉の退行がほかの犬種より早いという説もあり、そのため歯肉炎が多い。5歳くらいで切歯(前歯)などが抜けてしまったり、歯肉炎がひどいために獣医師に抜歯を勧められるケースも多い。歯石がたまらないように、歯磨きの習慣を子犬のときからつけておく必要がある。
そのほか日本ではてんかんの犬が多いようだが、欧米ではそれほどでもない。やはり遺伝性疾患の淘汰を考えたブリーディングが国内で推進されることが重要だ。ヨーロッパ大陸の犬に精通したエーファ・マリア・クレーマー女史の本によると「15歳以上も生きる長寿犬」とある。日本ではイタグレがポピュラーになってまだ10年経つか経たないかなので、日本のイタグレがヨーロッパ並みにご長寿なのかどうかは、今後分かってくるだろう。