図鑑
ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバー
滑稽な動きでカモをおびき寄せる
芸達者な猟法の最小レトリーバー
英名
Nova Scotia Duck Tolling Retriever
原産国名
Nova Scotia Duck Tolling Retriever
FCIグルーピング
8G レトリーバーほか
FCI-No.
312
サイズ
原産国
特徴
歴史
レトリーバーと名前のつく犬種では最小サイズの犬。故郷は、名のとおりカナダのノヴァ・スコシア州だ。この州は、東海岸のアメリカとの国境沿いにある大きな半島にあり、ニューヨークやボストンの北東に位置する。『赤毛のアン』で有名なプリンス・エドワード島のすぐ南に浮かぶ半島だ。たまたまだがノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーも、赤毛のアンと同じく赤毛の犬である。
ちなみにノヴァ・スコシアという州名は、ラテン語で「新しいスコットランド」(New Scotland)を意味する。まずそこからして、スコットランドはじめとするイギリスからの移民の文化の伝播を感じるので、犬にも影響があったと考えられる。
ただしノヴァ・スコシア州の北側に面したセント・ローレンス湾を挟んだ向こう側には、ラブラドール・レトリーバーと縁のあるラブラドール州がある。またノヴァ・スコシア州のすぐ北東には水好きで優しいレトリーバーのルーツと言われる長毛の超大型犬ニューファンドランドを生んだニューファンドランド島がある。つまり立地条件的にも、レトリーバーの親戚筋であると想像するのは自然であろう。
ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーの名前は、ノヴァ・スコシア(原産)の、ダック(カモ)をトーリングする(おびき寄せる)レトリーバーという意味。単に「トーラー」とか「トラー」(以下、トラーと略す)との愛称でも呼ばれる。つまりはカモ猟に使われる猟犬だ。
名前のとおり、レトリーブ(鳥の回収作業)ができる犬だが、おもしろいのは「トーリング」という技。
ハンターは湖畔などの小屋に身を隠し、犬に棒きれなどを投げて合図してゲーム開始。すると犬は、岸辺沿いを駆け回ったり、飛び跳ねたり、じゃれ廻ったりするなどの、突拍子もない奇妙な動作を繰り返す。ただしその間、吠え声は一切なし。すごく興奮状態に見える行動をとりながらも、吠えない、鳴かない、というのは、なかなか普通の犬にできることではない。
なぜそのような突拍子もない、滑稽な動きをするかというと、カモたちの好奇心をそそり、警戒心をなくさせて、おびき寄せるためだという。なんともおもしろい猟法だ。おびき寄せられ、岸近くにカモたちが集まったところで、ハンターが姿を現し、驚いて飛び立った射程距離内にいるカモを撃つ。そして、再びトラーが登場。撃ち落とされた獲物を、寒中水泳もいとわずに回収してくる。それでゲームは終了だ。実に巧妙な作戦をとる、変わった芸風のガンドッグといえる。
でも、かつてこの手の猟法は、トラー以外の犬種でもいたという。すでに絶滅したがイギリス産の「レッド・デコイ・ドッグ」という犬がいて、トラーに似た赤褐色のスパニエルのような外見の小型の犬が水辺を走り回り、鳥たちの注意を引いて、おびき寄せて、捕獲網で捕まえるということをしていた。けれども近代的な猟銃の発達によりこの猟法は廃れ、レッド・デコイ・ドッグの出番はなくなり、ほかの近代的なガンドッグが好まれるようになった。
デコイとは「おとり」の意味だが、レッド・デコイ・ドッグの絶滅後、このテクニックを使う犬の生き残りとして現存するのが、本犬種と、オランダ原産のコーイケルホンディエだという。
コーイケルホンディエは日本でもごく少数存在しており、いくつかのTVCMでも登場していたので、見たら「あの犬か」と分かる人がいるかもしれない。トラーよりも小ぶりのホワイト&レッドの犬である。体高は
イングリッシュ・コッカー・スパニエル くらいのサイズだが、頭骨の形などからしてコッカー・スパニエルというより
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル にちょっと似ているスパニエルだ。
トラーとコーイケルホンディエに血縁があるかどうかの記述は見つからないが、ただトラーは、スパニエル、セッター、コリー、レトリーバーなどを異種交配して作られたので、すでに絶滅したイギリスのレッド・デコイ・ドッグの血が、オランダのコーイケルホンディエとカナダのトラーの両方に流れている可能性はあるだろう。
トラーがカナダのケネルクラブに公認されたのは1945年になってからで、国際的に認められるようになったのは1980年代。ごく最近のことである。
外見
日本ではレアな犬だし、諸外国のショーの世界でも注目度の高い犬であるとは聞かないので、日本で本物を見るチャンスがほとんどないうえに、図鑑の写真やネットでの映像も豊富ではない。そのため断言はできないのだが、外貌を分かりやすくイメージしてもらうためにひと言でいうと、赤っぽい
ゴールデン・レトリーバー と
ボーダー・コリー とスパニエルがミックスされたような印象の犬である。
ゴールデン・レトリーバーのような赤毛の長毛、ラブラドール・レトリーバーのような額が大きめの頭蓋骨やしっかりした四肢、ウェルシュ・スプリンガー・スパニエルやキャバリアのような軟らかそうな被毛と飾り毛、そしてボーダー・コリーくらいのサイズ。
日本では見慣れないために、失礼ながら「雑種っぽい」と見えるかもしれないが、つまりはショーの世界のために洗練するべく人為的に犬種改良され続けた犬とは違って、素朴で犬らしい魅力にあふれている姿をしているといえる。犬種スタンダードにも幅がありそうで、実際、外国の図鑑の写真を見てもタイプがいろいろいる。
ただ、目には特徴がある。離れてついた、やや小さめのアーモンド形で、色が薄めのアンバー(琥珀色、赤茶色)かブラウン。くりくりの黒目がちの愛らしい瞳とは一線を画した「外国人顔」である。油断のない、利発そうな目だ。赤毛の毛色だけでなく、この目もちょっとキツネっぽいといえばそうかもしれない。
また鼻の色、唇、目の縁は、フレッシュ・カラー(肉色)か、あるいは黒。肉色の鼻や目張りが、この犬の個性でもある。
体高は、オス48〜51cm、メス45〜48cmが理想。上下2.5cmの範囲は許容される。ボーダー・コリーはオス/メスともに体高53cmとされるので、トラーはボーダー・コリーよりもやや体高が低めということになる。
でもトラーの方が体重はある。ボーダー・コリーの体重はスタンダードに記載はないが、おおよそ14〜20kg程度であるのに対して、トラーの体重のスタンダードは、オス20〜30kg、メス17〜20kgが理想。毛のボリュームがある犬は大きく見えることがあるが、原則的にボーダー・コリーはもっとスッとしており、トラーの方がしっかりした力強い体格。そういうところがレトリーバーらしい。
また注目すべきは、オスとメスの体格差。前述のとおり、トラーはオスとメスで10kg近くの体重差がある。ここまでオスとメスで大きさが違う犬は珍しい。同一犬種でありながら、中型犬と大型犬ほどの差があるのだ。
毛質は、真冬の氷った水辺でカモを回収するスイミングが得意な耐水性・耐寒性のあるダブルコート。それだけ寒さに強いということは、当然抜け毛も多い。室内飼育をするときは、リビングの掃除機がけは気合いが必要。からみやすい毛ではないので、基本的にブラッシングは2〜3日に1回でよいが、部屋をきれいに保ちたい人や換毛期は毎日した方がよい。
背中の毛は少しウェーブしており、優しい印象。のど、耳の後ろ、大腿の後ろには柔らかい飾り毛がある。でも毛のカットは必要ないし、シャンプーは自分でできるので、美容代はかからない。ただ密生したダブルコートの持ち主なので、ドライヤーで乾かすのは時間がかかる。
毛色は、レッドからオレンジまでのさまざまな色調の赤毛。キツネのようにしっぽの先端に白が入ったり、白い足袋をはいたように足先に白ぶちが入ったり、胸やブレーズ(鼻筋に白いライン)など、少なくともいずれか1か所にホワイトが入るレッド&ホワイト。基本的には全身赤1色ということはない。「ただし、クオリティーの高い犬については、ホワイトの斑(はん)の欠如が理由でペナルティーを課せられることはない」とあるので、白斑(はくはん)なしの、全身レッドやオレンジでも許されるのだろう。
失格になる決まり事がいくつかある。
・バタフライ・ノーズ(暗色の鼻の色に肉色の斑や点があるもの)
・アンダーショット(下顎の前歯が出た咬み合わせ)や3mm以上のオーバーショット(上顎の前歯が出た咬み合わせ)
・ライ・マウス(ゆがんだ口)
・水かきの欠如
・肩、耳のまわり、首の後ろ、背、腹部にホワイトのぶちが入ること
・銀色やグレーの被毛
・ブラックの毛がまじった被毛
色素の薄いものや咬み合わせには、慎重な姿勢がとられていることが見て取れる。またボーダー・コリーや
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク のように、白い襟巻きがあるのもNGとのこと。
それにしても「水かきの欠如」というのがわざわざ失格事由として明記されているのがおもしろい。ちなみに、ラブラドール、ゴールデン、フラットのレトリーバー御三家も、そのオリジナルともいえるニューファンドランドも、水かきがなかったとしても失格にはならない。トラーはやっぱり興味深い犬種だ。
毛色
なりやすい病気
遺伝性
先天性
その他
アジソン病
自己免疫性甲状腺炎
コリーアイ
白内障
魅力的なところ
非情に活発で、仕事が好きな働き者。
家庭でも「トーリング」をするようなおもしろい動きをするときがある。
頭の回転は速い。利口。
身体的にも精神的にもタフ。
非常に多才。ドッグスポーツ、訓練を楽しみたい人に最高の友。
アウトドアのお供によい。
犬の扱いに慣れた、トレーニングの好きな人にとっては申し分ない犬。
メスなら体格が小さいので、ガンドッグの中では扱いやすい。
大変なところ
レトリーバーと名前がつくが、中味はかなりくせ者。
小型のラブやゴールデンと思っていると苦労する。
退屈、運動不足、絆不足だと何をしでかすか分からない。
犬よりも強くタフな飼い主であることが必須。
中型犬だが、運動能力、持久力は大型ガンドッグ並み。
抜け毛は多いので、神経質な飼い主にはお勧めできない。
飼育例が少ないので、情報が少ない。勉強熱心な飼い主向き。
まとめ
日本では情報が少ない。まだまだ未知数の犬種
レトリーバーと名前につくが、「レトリーバーなら従順で賢くて優しくて飼いやすいだろう」と軽く考えてはいけない。なぜか日本語の数少ない情報には「大変理解力があり、訓練を入れやすい」「明るく穏やかで、従順でしつけしやすく、家庭犬に人気」などと書いてあるが、これは果たして正しい姿なのだろうか。
確かに、レトリーバーやスパニエルの仲間は、従順で優しくて、飼い主の言うことを素直にきく犬が多い。だけどトラーは、カモをおびき寄せるという元来の仕事にしろ、家庭犬としての飼育頭数の数にしろ、安易に「飼いやすい犬」と書いていいのか、迷うところである。なにしろ日本での飼育例が圧倒的に少ない。ガンドッグたちと何百年もともに暮らし、生活の相棒だった欧米人にとって「飼いやすい、しつけやすい」と感じる犬が、そもそも農耕民族の日本人にとって同じように飼いやすい犬なのかは慎重な見極めが必要である。
もちろんトラーは、賢い、活動的ないい犬であることは間違いない。日本人が好みそうな柔らかな毛に包まれた、愛らしい風貌もしている。サイズも中型で「大型のレトリーバーを飼う自信がないけれど、トラーのサイズなら」と思いたくなるのも分かる。
しかし、数少ない本物のトラーとの接触で感じた印象と、数少ない飼育経験者や、飼育を希望して情報を集めたがやはり断念した人から得た情報を総合すると、誤解を恐れずに言うなら、トラーはけっこう手強い犬である。
ラブラドール・レトリーバーのタフさと豪快すぎる陽気さと、ボーダー・コリーのようなすばしこさとずるいくらいの賢さと、ちょっと頑固な分と自主性の高さが入り交じったような犬なので、どう擁護しても「初めて犬を飼う人でも大丈夫」などと無責任に言うことはできない。
その代わりと言ってはなんだが、ドッグ・トレーナーさんが自分で飼う犬としてなら、かなり楽しい犬であるとは断言できる。訓練性が高く、活動性が高く、かなり高度な訓練も楽しめる犬だろう。トレーナーでなくても「犬の訓練をするのが趣味」という人にとっても、楽しい相棒になるはずだ。アジリティなどのドッグ・スポーツも絶対に得意そう。
登山やキャンプなどのアウトドアが好きな人にとってもよきコンパニオンとなるはず。とくにカヌーなど水辺のスポーツをする人なら、犬も喜ぶはずだ。でも、ただ単に野山を走らせるだけでなく、一緒にゲームをするなど、カラダを使うだけでなく、脳も使わせるゲームを取り入れる必要がある犬のように思える。
トラーは、レトリーバーの名前がついているものの、かなりハイパーでエキサイティングな犬なので、軽い気持ちで飼養を希望すると、あとで大変な苦労をすることになるだろう。日本で前例の少ない犬種、飼育経験者の先輩の話が聞けない犬種というのは、手探り状態で知識を集めないといけないので、苦労が倍増すると思っておいてよい。
日本で犬を入手するのは難しい
トラーは日本でもごく少数飼育されているが、ネットで検索するかぎり、商業的に繁殖を行っている繁殖業者の犬舎は今のところはないようだ。心から本犬種を愛するファンシャーがこじんまりと手がけるブリーディングから産まれる子犬を気長に探して待つか、あるいは自分で外国から輸入するしかないだろう。ただし、珍しいからと欲しがるのはよくない。
いろいろ勉強したうえで、それでもこの犬種の飼養を希望するなら、時間をかけてファンシャーを探し、数少ない先輩諸氏の意見をよく聞いて、飼育上気をつけねばならない点は何か、どうやったら健全な子犬を入手することができるのか、などをしっかり教えてもらうことを勧める。海外のトラーのサイトを熟読するのもよいだろう。
かたや「珍しいレトリーバー」「小ぶりで飼いやすいレトリーバー」などと宣伝し、商業的に参入する繁殖業者がでてこないようにお願いしたい。
幸い、現時点での日本では、トラーで儲けようとする心ない繁殖屋はいないようだし、国際的にみても流行犬種になった歴史もないせいか、遺伝性疾患はレトリーバー種の中では少ない。それは大いなる魅力の1つといえる。いつまでもトラーが健康な犬でいるために、適正な繁殖を行ってほしいと願う。
このページ情報は,2014/11/08時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
掲載されている内容/データに間違いを見つけたら?