この風潮は日本だけではない。アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなど先進国を中心に犬に生食を与える人が増えている。犬に生の肉を与えるのは昔だけでなく現在でも猟師ではよくあることだが、猟師でない飼い主までもが犬に生の肉を与えたいと思うようになったのだ。
そのムーブメントの火付け人は、オーストラリアのビリンガースト獣医師。彼の唱えたBone and Raw FoodあるいはBiologically Appropriate Raw Food、いずれも通称「BARF」と呼ばれる食餌法によると、犬には犬の習性に見合った生肉と骨を食べさせるべきだという。たしかに、ドッグフードに不安を抱く飼い主達の懸念のポイントはそこにあった。
ドッグフードという長期保存可能なフードは、袋を開けてボウルに入れるだけで給仕ができ、飼い主にとっては便利なものだけれど、はたして犬はそれを一生食べているだけで幸せだろうか?
ふと自分たちの身に振り替えてみたとき、ドッグフードのような加工品ばかりではなく、もう少し自然なものの方が犬にとってよいのではないか、なにしろ生肉や自然な食材の方が断然美味しそうだ、という考えが巡る。
おまけに普段ドッグフードばかりを食べている犬にたまに肉や焼き魚を与えると目の色を変えて飛びついてくるではないか。そりゃあ犬だって美味しいものは好きだから、犬が「もっと欲しい!」とアピールをしている姿を見ると、飼い主は多かれ少なかれ良心が傷む。
5大栄養素の基本に帰るところから
市販のドッグフードに比べ、何が手作り食のメリットかというと、それはもう飼い主自身が自分で素材を選べるということだろう。自分で納得のゆくものを犬に与えることで一つ安心感が得られ、それを喜んで食べる犬の姿を見ることができるのも飼い主にとって大きな幸せだ。しかし犬に手作り食をと考えても、そこで再び不安なのが栄養バランスという問題で、こればかりは飼い主自身が勉強をしなければどうしようもない。いくら犬が喜んで食べるからといって赤身肉だけを与えていたり、人間家族と同じような食事内容では犬の体に必要な栄養素は偏ってしまい、せっかく犬の体にあった良い素材のものを使っていても、よかれと思ったことが裏目に出るという結果になる。
そこで思い出したいのが「5大栄養素」の話である。人間と犬とではそれぞれのバランスが異なるけれど、概念は似たようなもの。素材ごとにタンパク質、炭水化物+食物繊維、脂質、ビタミン、ミネラルそれぞれを、食品成分表を片手に探って行くと徐々に道は開ける。
炭水化物を肉に混ぜるなら、白飯よりもオートミールやカボチャ、サツマイモといった食材の方が食物繊維が多く含まれ、カロチンやビタミンも豊富だ。玄米もいいけれど、炊いた後に適度に米粒を潰しておかないと、食べたものがそのまま後ろから出てくるので少し注意が必要。これにさらに野菜を加えるのもいいが、タンポポなどのハーブを少量加えるという手もある。
犬の生食を考えるとき、よく例に挙げられるのがオオカミの食餌なのだが、オオカミは獲物を捕らえると真っ先に内蔵から食べ始める。その際、獲物のお腹の内容物も一緒に食べるので、それを考えると、オオカミの獲物であるウサギなどが食べているものは野生の草花ーーつまりはハーブと呼ばれる類のものが多い(むしろ野生のウサギが野菜など食べる機会はないわけで)。とすると、ハーブというのもただのサプリメント効果をもつ食材なのではなく、もしかしたら犬の食材に大いにふさわしいものかもしれないと思えてくる。近頃はハーブに関する本も多く出ているので、食品成分表とともに参考にするとよいだろう。
では脂質についてもちょっと考えてみよう。脂質には全体のカロリー調整という役割があり、しかも炭水化物やタンパク質の3倍のエネルギーを持つので、様子を見ながら量を調節するのがいいだろう。様子を見ながら、というのは、肉に脂が付いているのならまずそれで愛犬の体重変化を観察し、体を触ったり体重の増減をみて脂肪分を増やしたり減らしたりするということ。
動物性脂肪のことはさておき、それとは別に植物性脂肪や魚油など、必須脂肪酸の入っている油脂を加えることも実は大事。これらを意識して加えていかないと、犬の体に必要な必須脂肪酸が得られないことになる。たまには、肉の代わりに青魚やサケなど魚油をたっぷり含む食材を用いてもいい。
最難関、それはミネラル
そして手作り食において、おそらく一番問題とされるのはミネラルの量。鉄や銅などの微量元素は少量のレバーや昆布などである程度補うことができるが、カルシウムだけは骨や卵の殻などに頼らなければならない。
きっちり計れないとかえって不安が大きくなるかもしれないが、ただ一つ確かなのは、犬の体は機械製品ではないということ。犬種が違えば必要とする栄養バランスだって異なるし、生活環境やあるいは腸内細菌のバランスが違えば、体にあった食事内容も異なる。毎日きっちり計算し尽くされた食事を愛犬に与えたとしても、それが愛犬の体に合っている保証はどこにもない。そればかりは、飼い主が実際に愛犬の体をしっかり観察して評価できるものであって、栄養バランスに多少の揺らぎがあるのも、本来自然な現象のはずである。長期で栄養が偏りさえしなければ、犬の体はそれなりにうまくやりくりをしているものである。
それでもなおかつ不安なら、ドライフードと半々でも自然素材の恩恵は充分に受けることができるから、何も無理してすべてを手作り食にすることはない。ただ、その際、ドライフードに赤身肉だけトッピングするというのではなく、できるだけ手作り食のバランスを整えてドライフードと混ぜることで、それぞれにない成分や栄養がお互いに補われて決して悪くはならない。