なにやら巷で聞く噂によると、ドライフードのキブルを水に入れたときに、浮くフードは悪いフードで沈むフードはよいフード、らしい。一体何を根拠にそのようなことが言われるのか、浮くフードと沈むフードの何が違うのか、検証してみた。
検証に使ったフードは5種類。当方ドイツ在住のため、日本で普通に入手できるフードで検証できなくて申し訳ない。5種のうち3種類は日本未発売で、2種類が日本でも販売されているもの。いずれも着色料や保存料など無添加のプレミアムフードで、しかもみな穀類を使っていないグレインフリーのフードである。
フードの主原料とタンパク質/脂肪分/灰分の構成は以下の通り。
◆フードA
主な原材料:ニシン、オキアミ、ジャガイモ
タンパク質25%、脂質15%、灰分7.5%
◆フードB
主な原材料:鴨ミートミール、ジャガイモ
タンパク質23.5%、脂質13%、灰分7%
◆フードC
主な原材料:ダチョウタンパク、ジャガイモ
タンパク質20%、脂質10%、、灰分7.5%
◆フードD
主な原材料:サーモン、ニシン、カレイ、ノーザンパイクほか魚類、豆類
タンパク質38%、脂質18%、灰分8%
◆フードE
主な原材料:ヤギ肉、馬肉、サツマイモ
タンパク質21%、脂質10%、灰分9%
それぞれ大きさと形が異なり表面積も異なるが、まずは水(体の中に近い温度の約38度のぬるま湯を採用)に投入してみた。
投入直後:沈んだのは唯一フードDだけだった |
投入から15分後:浮いたフードの表面がふやけてきた。そのうちAは表面が崩れ始めたが、沈んだDにはふやけたような様子は見られない |
投入から1時間後:浮いたフードはいずれもずいぶんふやけて大きくなった |
ふやけたキブルをスプーンで押すと、浮いたフードからはいずれも気泡が押し出され、そして沈んだ。沈んだフードDは、押してもまだキブルの真ん中が硬く、浮いたフードほどふやけてはいない様子で、ほとんど気泡が出なかった。
これらの差は一体どこから出てきたのだろうか。
ナゾを解明するために成分組成を見比べてみると、フードDはほかのフードに比べてタンパク質量が38%と多い。タンパク質は比重が水よりも重いので沈む要因としては十分だが、しかし多いのはタンパク質量だけではなく、比重が水より軽い脂肪分だって多い。タンパク質と脂肪の比率はどのフードも1:約0.5-0.6で大差はなく、タンパク質量だけで浮き沈みを決定するのは勇み足のような気がする。
成分の比重のほかに「浮く/沈む」という現象には、キブルの表面積も要因として関係してくる。フードDは5種の中で一番粒が小さく、表面積もそれに伴って一番小さい。しかしそれよりも注目したのは、ほかのフードではスプーンで押しつぶしたときに多くの気泡が出て沈んだのに対し、フードDでは気泡がほとんどなかったこと。これにより、キブルの浮力は空気による影響であることがむしろ明らかになった。
キブルに空気を含むかどうかということは、キブルの大きさに関係するだけでなく、その食感や硬さにも関係する。そこで、ついでにキブルの硬さを比較するために、3cmの高さから5kgのおもりを落としてクラッシュテストも行ってみた。
フードAは水に投入後、最も早く形状が崩壊しはじめただけに少し予想はしていたが、クラッシュテストではやはり最も激しく粉々になった。フードDは気泡をほとんど含んでいないことから、これも予想通りの硬さを示した。
気泡の差がどこからくるのか、次にそれぞれのフードの製造方法を比べてみた。
従来ドッグフードは圧縮法(エクストルージョン)という製法を用いて作られる。この製法自体は、巨大なミートグラインダー(ミンサー)のような機械を使い、ドッグフードに限らずスナック菓子などの食品や工業部品などにも多く用いられる、極めて一般的な工業技術の総称である。
原料をミキサーに投入して混ぜ合わせながら加熱をし、その後グラインダーを通してさらに高熱と高圧をかけながら圧縮され押し出されてきたドッグフード生地は、出口で一定の大きさにカットされ、常圧にさらされることで膨れ上がるという「ポン菓子」(知ってます?)のような原理を用いてキブルの形になる。キブルの形になったものをさらに乾燥・冷却し(フードによってはキブルの外側に犬の好むような肉系のエキスやビタミンを吹きつける工程が入る)、私たちが目にするドライフードのキブルとなってパッケージングされて製品となる。
唯一沈んだフードだけは従来の高温圧縮法ではなく、パスタ製造に似たいわゆる低温製造法を用いて作られたフードで、それにより高温高圧をかけずにキブルが作られているということだった。
この製法の違いがキブルに含まれる気泡の差につながり、キブルの浮力とそして硬さに影響している。同じ小麦粉を原料に用いても、製法によってスナック菓子にもパスタにもなるということである。
犬の飼い主として良いドッグフードを求めるとき、栄養価だけではなく、メーカーが素材を大事にしてフードを作ることも質として気になる。今回沈んだフードではタンパク質含有量が高いということもあるが、価値を見出すポイントはそこだけではなく、高たんぱく質原料の製造工程が従来の高温高圧をかけるドッグフード製造法よりも低温で行われ、素材に過度のストレスをかけずに作られているというところに注目されるべきなのではないだろうか。
フードの製造には、原材料の組み合わせによっては従来の製法でキブルにしづらいなど、機械に合った生地の条件とメーカー側のフードコンセプトなどが一致しなければならず、メーカー側がこだわりを持てば持つほどその試行錯誤が要求されるため、フードDが高タンパク質量で低温法を取っているのにはおそらく製造技術上のそれなりの理由があってのことであることがうかがわれる。このメーカーの努力こそが評価されるべきものであって、単に浮く・沈むという問題ではないはずだ。あえていうならば、フードAやC、Eの原材料でも製法を変えれば沈むフードを作ることができるだろう。
さて、これらの極めて簡単な実験を通して思ったことは、浮くフードも沈むフードもそれぞれ一長一短があるということ。
浮くフードはキブルに空気を含むため、犬が噛んで崩れやすく、崩れた粒子は消化酵素に触れやすく消化が進みやすいという大きなメリットがある。しかし、空気を含むことから素材の酸化がより懸念され、抗酸化効果のある原材料が重視されやすくなる。抗酸化効果のある物質に何を用いるかはメーカーのコンセプトやポリシーにゆだねられ、それによりフードの良し悪しが影響される。そこを見極めるのが難しいからといって、安易に「浮く・沈む」という現象だけを物差しにしてしまうのはちょっと残念である。また、浮くフードは空気を含むから体積に比べて軽い感じがし、それがスナック菓子を連想させるようで軽視されてしまう傾向もあるのではないだろうか。
最後にはみんな沈んでこんな感じに |
フードの質とは、犬が食べ、体の中で消化されて体を作り、そして出て行くまでの全てに関わることだから、多面的に吟味して良いものを愛犬に与えたいという気持ちは、どの飼い主でも持っている。でも、私たちだってたまにはスナック菓子やジャンクフードを食べるではないか。結局のところ大事なのはそれに負けない体を作ることであって、しかしそれは単に良いフードだけで作られるものではないことも頭に入れておきたい。