日差しが暖かくなる頃、木々に付いた花が散歩の目を楽しませてくれるようになり、世間は春を感じる。しかし犬の飼い主としては、なんといっても周囲に増えてくる犬の抜け毛に春の到来を感じる。とくにダブルコートの犬がいる家などは、戦々恐々だろう。……と少しばかりタイミングが遅れてしまったが、お読みいただきたい。
犬が動くたびにフワフワ、犬のいた場所にごっそりと、メンテナンスをやってもやっても出てくる抜け毛。犬にとっては冬の間の大事な防寒着を脱ぐ、ちょうど衣替えの時期だ。
しかし「脱ぐ」といっても、私達なら文字どおり服を脱げばいいだけだが、犬が防寒着を脱ぐのはそう簡単にはいかない。一見簡単に抜けてそうだけど、実は犬の毛が抜け落ちるときには、体の中でホルモンや代謝の急激な変化が起きている。
まずそもそもの前提として、犬の体には温度変化を感じて毛の量を調節するシステムが備わっている。犬種によって長毛だったり短毛だったり、密生したアンダーコートを持っていたりあるいはシングルコートだったりと、いろいろな毛のバリエーションがあるけれど、基本的に犬は、その犬種の原産国の気候変化に対応した毛の質を持っていることになる。
なるほど、確かに昔はそれでよかった。しかし、今や犬達はとうてい原産国のみに留まらず、世界中のあちこちでいろんな犬種が暮らすようになった。そのおかげで私達飼い主は、いろんな犬との生活が楽しめるけれど、でも犬の体にとってはどうだろう?
生まれ持った体質と、暮らす国の気候や環境、生活条件などがうまく一致していればよいけれど、もしそうでないのならば、犬の体はいろいろと自力で調整しなければならない。マラミュートのような北方原産の犬種と、イタグレのような南方原産の犬種とでは、毛質も体質も異なり、それぞれが快適と感じる温度も違ってくるので、愛犬の原産がどこであるかを知ることは、健康を維持するために大事な情報の1つである。
という前提を述べたうえであえておおまかに書くが、犬の体は基本的に暑さよりも寒さにより耐えられるシステムになっている。多くの犬種にある立派な冬毛がまさにそれを物語っているが、ほかにも、外気温が犬の快適温度よりも下がると犬の体はより多くの熱量を作り出そうとし、より多くのエネルギー量を必要とするようになる。
秋になるとヒトも犬も馬も、生き物達の食欲が増すのは、寒い冬に向けて体がエネルギーを要求する結果だ。本格的な冬が来る前に十分なエネルギーを脂肪として体に蓄積し、冬毛の下にさらに天然の断熱材を備えるというわけだ。
しかしながら、最近では犬に洋服を着せることが多くなり、挙げ句暖房がバッチリ効いた部屋の中で暮らすことで、冬になっても毛吹きが不十分だったり、免疫力が十分活性化されなかったりして、犬が本来持っている耐寒システムが活用されず、体が怠けてしまいがちだ。
毛が抜け替わるということは、古い毛を落として新しい毛を生やすということで、犬の体はその年に2回(春と秋)の代謝のために、いつも以上の栄養素を必要とする。特に小型の長毛犬種では、いつもより20%多めのタンパク質量を摂ることが推奨されている。
毛の抜け替わりのときに、犬の体がこれほどまでに栄養を使うことは想像することも難しいが、聞いてしまうと、飼い主としてはちょっとフードの中身にも気を付けてやりたくなる。
そこで重要な栄養素の1つが、健康な被毛のためのアミノ酸だ。
私達の毛も犬の毛も、体のほかの部分よりもちょっと違ったアミノ酸であるメチオニンとシスチンから構成されているので、大量の毛を作り出すためには、もちろんこれらのアミノ酸が必要不可欠となる。とはいえこれらのアミノ酸をわざわざサプリメントなどで摂取するほどではなく、これらのアミノ酸を多めに含む馬肉や魚肉などの原材料が入っているフードを選ぶだけでも十分だろう。
そして2つめが、健康な被毛のためのミネラル。
体が必要な栄養素の中でも、特に皮膚の代謝に大事な役割を果たすミネラルである亜鉛も、換毛時期に十分摂っておきたい。亜鉛を含むフードの原材料は、赤身肉やキノコ類、貝類などだが、毛を構成するアミノ酸と亜鉛、そしてそれらの消化率などを考慮すると、換毛期の犬の体をサポートをしてくれる有力な原材料候補は、やはり馬肉や鹿肉となるだろう。