市販されているドライフードの成分表示を注意深く眺めてみると、ふと気付くことがないだろうか。タンパク質22%、脂質14%、食物繊維2.5%、灰分5%、水分12%……表示されている成分比率を足していくと、どうやっても100%にならないのである。それもそのはず、ドライフードの成分分析には、普通は炭水化物が含まれていないからだ。
もしドライフードに含まれている炭水化物の量を知りたいと思ったら、表示されている成分を全部足して100からその数字を引けばよい。栄養価という面から見ると、炭水化物はタンパク質のように筋肉を作る素材になるわけでもなく、あるいは脂質のように体に必要不可欠なビタミンなどを含んでいるわけでもなく、実はあまり重要視されていないシロモノだ。唯一価値があるとすれば、“エネルギーを供給してくれる”というだけである。
あまり注視されないこの炭水化物について、もうちょっと掘り下げてみてみよう。
「炭水化物」というものを化学分子的に書くと、ブドウ糖や果糖など単糖類といわれる物質を一つの単位としていくつも連ねたものの総称で、単糖類が二つ連なったものは二糖類、3〜5つくらい連なったものをオリゴ糖、それ以上たくさんの単糖類が連なると多糖類と呼ばれる。具体的な例を挙げるとすると、牛乳に含まれる乳糖が二糖類で、甘味料として使われるラフィノースがオリゴ糖(腸内細菌を育てるので有名)、デンプンやセルロースなどが多糖類である。
とくに穀類、米類、ジャガイモなどはフード原材料の比較的上位に書かれがちなものであり、フードによってはその成分の半分以上が炭水化物で占められているのに、栄養価的にはカロリー供給元でしかないなんて、ちょっとガッカリ。犬にとって炭水化物は、どの程度重要なのだろうか。
人と暮らしてきた犬の歴史からいうと、人が農耕を営み始めてからというもの穀類が食卓を飾ることが多くなった。人のおこぼれをもらって生きてきた犬にとっては、くず肉や骨、脂肪といっしょに、おそらくは穀類の残り物も大事な食糧だったことは容易に想像できる。
オオカミと異なり、デンプンの消化酵素アミラーゼを多く作るようになって、穀類などを消化して栄養として取り込むことができるようになったから人と暮らせるようになった……ともいわれるほど、犬は炭水化物の摂取になれている。「自然界に生きるオオカミの食餌には穀類は含まれない」ことから犬にも穀類は不要と唱える説があるが、それは本当に犬種によるところが大きいだろう。たぐいまれなる多様な進化を遂げた犬種の生い立ちはそれぞれが極めて異なるため、その原産国での食文化によって、犬種の持つ炭水化物消化能力に差が生じたと考えるのはそれほど難しくはない。
デンプンなど炭水化物を多く含む穀類を摂取すると、まずは酵素によってブドウ糖などの単糖類に消化されてから体に吸収され、血液に乗って全身に送られると、すぐにエネルギー源として利用される。しかし、エネルギーとして使われるのは往々にして吸収されたブドウ糖の一部であって、少し時間が経つと、エネルギー供給源はタンパク質に、そしてその後は脂肪に取って代わられる。そしてその場で過剰となったブドウ糖は今度は脂肪として蓄えられ、いつか来るかもしれないエネルギー不足に備えるのである。
たとえば日本でも人気のラブラドール・レトリーバー(ラブ)という犬種は、水上に撃ち落とされた水鳥の回収が仕事だったせいで、皮下に脂肪を蓄えやすい体質を備えている。つまり、もしもラブに炭水化物の多いフードを与え、しかもラブとして必要とされる運動量を満たしていない生活だったとすると、どうなるかは自明の理だ。食べて消化された炭水化物の多くは過剰なエネルギーとなり、脂肪として蓄えられていく……つまり犬は太っていくことになる。
昨今ではそのあたりの情報は広く知れわたっているせいか、逆に「肉ばかり食べてるのに太った」という話もよく聞かれる。それはおそらく、肉に付いた脂肪分まで多く摂っているにちがいない。タンパク質が脂肪にならないということと合わせて、脂肪が体内に入るとやはり脂肪として蓄えられやすいということを知っておくべきだろう。
犬に必要なエネルギー量が炭水化物以外のもので十分補われるのであれば、犬は炭水化物を摂らなくても健康に生きていける。しかし、犬が必要とするエネルギーを補う量のタンパク質や脂肪を食べると、今度は犬の体内で十分に消化酵素が作られていない場合の問題がある。そんなときには、体の中で消化できるキャパシティを超えているシグナルとして、“出てくるもの”がとてもゆるかったり、あるいはとても臭いおならをしたりするので、あまり無理をせず炭水化物を混ぜるのが無難だ。
ただ1つ「砂糖」にいたっては、そもそも一般庶民にとっても貴重なもので、めったに犬の口に入るようなものではなかったから、不必要な炭水化物の代表といえるのは確かだろう。