春になると、狂犬病の予防接種やフィラリア検査、健康チェックなどで動物病院は大忙しとなる。待合室でそわそわしながら順番を待ち、やっと診察台に乗ってまずは日常を交えた問診にはじまり、触診、聴診へと検査は続く。そして最後に採血、つまりは血液の検査となるのだが(多くの人はフィラリア抗原検査と同じタイミングで血液検査をするのでは)、さて血液の中の一体何を調べているのか。検査結果の紙をもらってもどれも秘密の暗号のようで、一般の飼い主にはよく分からないのであった。
というわけで、今回は血液検査の一般的な項目について見てみよう。
基本的に血液検査というものは、血液の構成成分によって血球系と血漿系、そして化学的項目の3つに大きく分類される。血液は一見真っ赤な液体でしかないが、解剖学的には小さな細胞と水溶液で構成された立派な臓器の1つなのである。
病院によって出力されるシートはさまざまだが、血液検査の紙には大体こんな内容が書いてあると思う(クリックで拡大します) |
血球系
・赤血球(RBC)
血液の成分で最も多いのが赤血球。赤血球1つ1つが核のない1つの細胞であり、体中に酸素を運搬する役目を担う。この赤血球の中にはヘモグロビン(または血色素:HGB)と呼ばれる成分があり、鉄分を含んでいることから赤色(酸化した鉄の色)に見える。・ヘマトクリット(Hct)
ヘモグロビンは、赤血球に含まれ酸素運搬の中心機能を担うのだが、これら赤血球数とヘモグロビン濃度とともに赤血球量を評価するのにもう1つ大事なパラメーターにヘマトクリット(または血球水分比:Hct)がある。ヘマトクリットは全血液中のどれだけが赤血球によって占められるかをパーセントで示してくれるもので、3つのパラメーターを合わせて貧血や脱水症状などの症状を見極めるために使われる。・平均赤血球容積(MCV)
・平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)
・平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)
愛犬の持つ赤血球の大きさの平均を表すのが平均赤血球容積(MCV)で、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)は赤血球1個に含まれるヘモグロビン量の平均、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)は一定量の赤血球量に含まれるヘモグロビンの量=濃度を表す。MCHとMCHCは、RBC/Hct/MVCの数値を用いて計算式により分かる数値だが、赤血球の容量やヘモグロビン量を計算ではじき出すことにより、貧血などの原因をさらに細かく見極めるのに役に立つ。
・血小板(PLT)
血小板(PLT)は、名前の通り小さな板状(というよりも粒のような感じ)のもの。体のどこかで出血が起きたときに止血のために欠かせない大事な血液成分で、血小板数が少ないと血が止まりづらい。・白血球数(WBC)
白血球数(WBC)は体の免疫を担う大事な血球たちだ。白血球もまた、赤血球のように1つ1つが細胞で、体に入ってきた雑菌やウイルスなどを退治する役目を持つ。白血球数という検査値は数種類ある白血球の総数で、この値が多いと感染症や中毒症状などが疑われるが、ちょっとした切り傷や体の中で起こるホルモン異常、腫瘍などいろんな症状に伴って数値も上がるので、上がっている=100%病気、というわけではないので注意が必要だ。逆に白血球数が下がりすぎると、ウィルス感染や毒物中毒、免疫低下などが懸念される。血漿系
・総血清タンパク量(TP)
・アルブミン(ALB)
血漿とは、全血液から血球や血小板などを取り除いた残りの液体のことだ。薄黄色の血漿の中には目に見えない様々な物質が含まれており、まずはどのくらいのタンパク質が含まれているがを見るのが総血清タンパク量(TP)という項目。そのタンパク質の多くを占めているのがアルブミン(ALB)で、おもに血液の浸透圧を保つ役目を果たしているが、同時に血漿は体中に栄養成分を輸送する臓器の1種でもあり、血漿中のこれらタンパク質量をチェックすると、体の栄養状態の傾向が分かる。普通に食事を食べているのにアルブミンの数値が下がる場合、悪性腫瘍や消化器官・腎臓の不調などによる栄養喪失が疑われる。
・血糖値(Glu)
血糖値(Glu)は比較的よく知られている検査項目で、まさに血液中のブドウ糖(グルコース)の量を示す。「血糖値が上がる病気といえば糖尿病」とピンと来る人は多いだろう。しかし、病気が理由でなくても、ストレス状況にあると血糖値は上がりやすいので、ほかの検査項目と合わせての評価が必要である。逆に血糖値が低すぎると体にエネルギーが供給されず、倒れる原因になる。・AST(またはGOT)
・ALT(またはGPT)
肝臓のパラメーターとして測られるのがAST(またはGOT)とALT(またはGPT)という項目。ASTはアスパラギン酸ーアミノトランスフェラーゼ、ALTはアラニンーアミノトランスフェラーゼという本名を持ち、どちらも肝臓内でアミノ酸を作り替えるための酵素である。肝臓機能が障害を受けると、これらの酵素が高い数値を示す。ALTが肝臓特有の酵素である一方、ASTは肝臓のほかに筋肉(心筋含む)にも存在する酵素であり、病巣箇所の目星をつけるのにも役立つ。・アルカリフォスファターゼ(ALP)
アルカリフォスファターゼ(ALP)もまた酵素なのだけれど、この酵素は肝臓だけではなく腸細胞や腎臓・骨細胞にも含まれる。この酵素の値が上がるということは、それらの臓器の障害が考えられるが、骨の成長が著しい若い犬ではこの酵素の数値が高めであることには注意が必要だ。・乳酸脱水素酵素(LDH)
・γーグルタミントランスフェラーゼ(GGT)
さらなる酵素の検査項目としては、乳酸脱水素酵素(LDH)やγーグルタミントランスフェラーゼ(GGT)もあり、前者は炎症や萎縮あるいは悪性腫瘍などの発症時に、後者は肝障害の時に数値が上がるため、診断の目安になる項目である。・ビリルビン
総ビリルビンの「ビリルビン」は胆汁に含まれる緑色の色素のことで、おもに肝臓や胆のうに異常があると血液中に多く放出されて、皮膚が黄色くなる黄疸の元になる。そのほか、血液中の赤血球が壊れるとヘモグロビンからビリルビンが作られるので数値が上がり、赤血球が壊されている現象(体をどこかにぶつけたときに内出血して出来る青タンが、時間が経つと黄色くなるのと同じ現象)の指標にもなる。場合によっては、裏面に詳細説明が書いてある親切な用紙もある。ただ本文にも書いてあるが、単に数値の大小だけで健康状態をはかるようなことはせず、これらの数値を参考資料として総合的に判断したい(クリックで拡大します) |
・総コレステロール(TCHO)
コレステロールは、体内で作られる脂質の1つだが、肉を食べることによる影響も大きい項目である。人間で「コレステロールが高い」というと、なんとなく偏った食事で不健康そうな響きに聞こえるけれど、そもそもは胆汁とステロイドホルモンの成分であり、体の中にある程度存在するべき脂質である。コレステロールにはその密度によっていくつかの種類があり、それらをまとめて総コレステロール(TCHO)として測ることで、肝臓機能やホルモンなどに異常がないかをみることができる。・血液尿素窒素(BUN)
血液尿素窒素(BUN)は、血液中に含まれる尿素の構成分子である窒素を測ったもの。尿素は、食物を消化吸収したのちに生じる有毒物質アンモニアが肝臓で作りかえられてできる物質で、通常は腎臓でろ過されて尿として体外へ排出されるのだが、もしも腎臓機能や消化管に障害が生じれば、この項目の数値が上がる。・クレアチニン(CRE)
クレアチニン(CRE)も腎臓機能を測る物質で、体内で筋肉の代謝により作られ、腎臓でろ過されて尿と一緒に排出されるべきものである。なので、BUNと同様に腎臓機能に障害があれば数値が上がる。・クレアチンホスホキナーゼ(CPK)
クレアチンホスホキナーゼ(CPK)は、筋肉と脳で働く酵素の一種で、特に筋肉に障害が起きたときに数値が上がる。クレアチンとクレアチニンは名前が似ているが、クレアチンはクレアチニンが尿に排出されるときの分子の形(水に溶けた状態なので化学的に呼び名が異なる)であり、全く同じものではないが、全く別のものというわけでもない。化学的項目
血液には血球やタンパク質などのほかに、電解質と呼ばれる、生命維持に必要不可欠なミネラル成分が含まれている。
ナトリウム(Na)とカリウム(K)、そして胃液の成分でもあるクロル(Cl)は、体の浸透圧を保つ役割を持ち、嘔吐や下痢の際に真っ先に失われやすい。筋肉運動や骨の構成に欠かせないカルシウム(Ca)とリン(P)は副甲状腺ほか多数のホルモンによって血液中の量が制御されているのだが、そのコントロール器官である腎臓や副甲状腺、あるいは骨などに障害がでたとき数値が変化する。これら電解質は細胞の基本的な機能を保つものであり、できるだけ早く対処しないと場合によっては命が危険にさらされることもある。救急では特に大事とされるパラメーターである。
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こうしてみると、ワケの分からなかった暗号も1つ1つがものすごく大事な情報に思える(実際大事なのだが)。それぞれの項目で正常範囲とされる数値はあるものの、犬は動物の中でも極めて多様性にあふれている動物であり、犬種によっては、例えばサイトハウンドのヘマトクリット(Hct)のように、一般的な正常値をはるかに上回る数値がその犬種にとっての正常であることもある。
犬は生き物であり工業製品ではないので、ただ数値だけにとらわれて異常のありなしを判断するのでなく、犬のバイタリティなど全体的な印象も含めて判断されるということを、飼い主として理解しておきたい。