病院大好きっ子な我が家の犬も、注射はちょっとだけビクビクもの |
犬の飼い主にとって、夏といえばフィラリアの季節(もうだいぶ終盤だけど)。一般的な飼い主であれば、例年行事は「フィラリア」「混合ワクチン」「狂犬病予防注射」だと思うが、今回の話題は後ろの2つだ。前回(といっても5月の話だが……)の血液検査の話題に続き、健康チェックの延長としてのワクチンについて書いてみよう。
血液検査ってなにを調べてるの? [連載]犬とフードと栄養と(17)
健康チェックに行ってワクチンの話になると、獣医さんから「何種にしますか?」と聞かれる人も多いと思うが、飼い主にワクチンの知識がなければ「じゃあ7種でお願いします!」などと元気に答えるわけにはいかない。結局は「おまかせします」という感じで獣医さんの勧めるがままに打つことになるのだが、果たしてそれで良いのかという自問もなくもないだろう。
今回は、そんな飼い主さんのワクチン予備知識を少しだけ増やすお手伝い。ワクチンにはどんな種類があるのか、それらが何のためのワクチンなのか、そもそもワクチンとはなんなのか。まずはそのあたりを知ることから始めてみよう。記事を書きながら、ワクチンについてひと目で分かる表を作ってPDFファイルにしておいた。ぜひダウンロードしてプリントアウトして、にらめっこしながら愛犬のワクチン接種について一度真剣に考えてみてほしい。
ワクチン一覧表のダウンロード
ワクチンとは
ワクチンの種類の説明を1枚のPDFにしてみた。ぜひダウンロードしてプリントアウトして、次回のワクチン接種のときに参考にしてほしい。自分の住んでるエリアや散歩するエリアがどういう場所なのかによっても、ある程度は方向性を決められる。家の近くの獣医であれば、その近辺の状況は把握しているだろうから、素直に聞いてみるのもよい |
「ワクチンを打つ」のワクチンとは、疾患をもたらす原因(=抗原)のことで、それを含む薬(多くは液体)がワクチン製剤と呼ばれる。ワクチンの主体は、大きく分けて3つ。
1)病原菌または病原ウイルスのたんぱく質や遺伝子の一部
2)病原菌または病原ウイルスを殺して活性をなくしたもの(不活化)
3)生きたままで活性を衰えさせて病原性を低くして無害化したもの(弱毒化)
などがあり、犬のワクチンに多く用いられるのは、2と3だ(なお3については、病原菌または病原ウイルスが生きていることから「生ワクチン」とも呼ばれる)。
これら抗原の入ったワクチン製剤を、体に注射したり粘膜に接触させたりすることを「ワクチン接種」と言うが、つまりそれは「人工的にわざと体を病原菌やウイルスに触れさせること」である。それにより体は病原菌(または病原ウイルス)に人工的に感染したような状態になり、その反応で体が抗体を作り出すのが目的である。病原に対する抗体が体に十分あれば、病原菌や病原ウィルスが侵入してきても抗体がやっつけてくれるので発症に至ることがなく、ことなきを得る。
しかしワクチンはほかの薬と違って、その効果のほどは体の性質や免疫反応によって異なる。どういうことかというと、例えば大量に打てば長期にわたって抗体が持続する、というものではないということだ。たとえ大量のワクチンを打ったところで犬の体質が異なれば、ワクチンへの反応が異なり、抗体生産が多いものも少ないものも、持続するものもしないものもいる、ということだ。
大きい犬ならば大量の、小さい犬ならば少量のワクチンが必要……というわけでもなく、大きい犬でも少量で済む犬もいれば、小さい犬でも多めの量が必要な犬もいる。すべては犬の体質次第である。ワクチンを打って、それによってどのくらいの抗体ができたのかは、抗体価を測ることによってしか分からない。
ただし当然のことながら、抗体は打ったワクチンの種類に対してほぼ1対1で作られるので、なんだか分からないワクチンを1回打っただけで、すべての病原菌または病原ウイルスへの抗体ができるわけではない。狂犬病ワクチンを何回打っても、狂犬病ウイルスへの抗体ができるだけで、犬ジステンパーやパルボウイルスなどほかの病原への抗体はできない。防ぎたい病原の数だけ、接種するワクチンの種類を増やすしかないのである。
ワクチンはどのくらいの期間効くの?
ワクチン製剤のパッケージはこんな感じ。こうしてみるとホントに「薬品」という感じがする…… |
日本では割とこのあたりが諸説入り乱れている部分だと思うが、ワクチンによる抗体持続期間は、犬の体によっても異なるし、病原菌あるいは病原ウイルスによっても異なる。今現在、海外でよく知られているのは、ジステンパーやパルボウイルスのワクチンは7年以上効果が持続するのに対し、レプトスピラワクチンではせいぜい1年、ということだ。持続期間が短いものは、その有効期間内に持続期間延長のためにワクチンを打ってリフレッシュしなければ抗体がなくなってしまう。抗体がなくなってしまうとまた最初からやり直しで、基礎免疫をつけるために複数回ワクチンを打つ必要がある。
もしも体に、前回ワクチン接種をした時の抗体が十分残っているならば、リフレッシュのために打ったワクチン(ブースター)は、残っている抗体にやっつけられて終わる。もしも抗体が不十分なら、入ってきたワクチンが抗体生産の引き金となり、リフレッシュの役割を果たしてくれる。
本当のワクチンの問題はなに?
接種するワクチンの種類は、単に「安いから」とか「なるべく少ないほうがいいと思うから」とかそういう単純な理由で決めるべきではない。メリット/デメリットを勘案し、自分の愛犬にもっとも良いと思われるものを選ぼう |
ワクチン接種のときにはよく「何種類を打つべきか」が懸念されるし、犬の体への負担を考えるとその気持ちも十分理解できるのだが、むしろ懸念されるべきは「ワクチン製剤に含まれる副成分」の量である。
ワクチン製剤には、有効成分としてのワクチン(抗原)のほかに、例えばアジュヴァントと呼ばれる免疫反応の強化剤(例:水酸化アルミニウム)や保存料(例:チメロサール)などの化学物質が、製剤にするためのさまざまな副成分として含まれている。ワクチン接種をすることで、この物質もすべて体内に入れることになる(※アジュヴァントの毒性については、読者の不安を煽りたくないのでここではあえて話さない)。
つまり、ワクチン回数が多くなればなるほど副成分も多く体に入ってくるわけで、抗体がある程度残っているワクチン同様(あるいはそれ以上に)副成分を代謝することが体にとって負担になることがある。
ワクチンによっては単独の病原に対応する製剤がなく、複数混合製剤しかない場合もあり、また特定の病原だけを選んでワクチンを混合するわけにもいかない場合もあるため、抗体価ばかりを重視するとかえって投与数(と量)を増やす結果にもなりかねない。そういった場合、ある程度は状況に妥協することも愛犬のためである。
今も昔も、ワクチン製剤に入っている副成分や抗原の種類の多さによる体への負担を懸念して「ワクチンは打たない方がいい!」という人がいるが、ワクチンを打たなければ、その病原菌または病原ウイルスに対して丸腰で完全無防備である。まったく打たないというのは、必ずしも愛犬にとって賢い選択であるとはいいがたい。
ましてや狂犬病ワクチン接種に関しては、狂犬病予防法という法律で接種が義務付けられており、これを意図的に拒否あるいは接種を忘れると、いずれにしても飼い主には最高20万円の罰金が待っている。狂犬病は法的に犬への接種が義務付けられている唯一の人畜共通感染症で、発症した犬に治療を施すことは国際的に禁止されている、という点がほかの感染症とは異なる。
そのため「発症したら100%死に至る」といわれるのだが、それを防ぐ唯一の方法は、やはりワクチン接種である。とはいえ、狂犬病は現在の日本では感染確率が著しく低いだけに(現時点では事実上ゼロ)、飼い主がジレンマを抱えるのも当然だろう。それも分かる。
重要なのは、ワクチンに負けない体作り
本当に重要なことは、ワクチンを打つ打たないではなく、ワクチンを打っても負けない元気なカラダを作ること |
身近な感染の危険性からすると、やはり圧倒的に、狂犬病よりもほかの病原のワクチンが重要になる。狂犬病以外のワクチンについて法的な規制はないが、犬の身に降りかかる感染の危険性は狂犬病の比じゃなく高い。特にパルボウイルスや肝炎ウイルス、レプトスピラ菌などは、近所にも普通に潜んでいる可能性は高い。そしてなんらかの理由で犬の免疫力が下がっていた場合、簡単に発症するのである。
ちなみに、病原菌に感染したからといって必ず発症するわけではない、ということを一般知識として覚えていてほしい。犬の体には自然に生まれ持った防護システム、すなわち免疫機能がある。体に病原菌や病原ウイルスが侵入してきたらまずはこの免疫機能が迎え討ち、これら病原体をやっつけるので、この免疫機能が病原体よりも勝っている限り、その病原体による発症はない。しかしストレスやほかの病気により体の免疫機能が弱っていると、体の中に入ってきた病原体の猛威に免疫が負け、残念ながら発症という流れになる。
ワクチン接種は、犬の体の中で特定病原体に対する免疫機能を強化するためのもの、と考えれば、その効果を納得しやすいだろう。
「じゃあ、病原菌やウイルスに感染しないように、危険な場所には犬を連れていかない」というのも一つの選択肢かもしれないが、それは犬に、運動や社会勉強の機会を与えないことにもなりかねない。それよりも大事なのはむしろ「ワクチン製剤を打っても負けない体づくり」ではないだろうかと思う。そしてその一端を担うのが、まさに毎日の食事だ。
必要最低限のワクチン接種と、ちょっとやそっとでは揺るがない健康でスタミナのある体。この2つを持って、愛犬の健康維持を心がけたい。