図鑑
サルーキ
自尊心の高さがこの犬らしさ。
走るために生まれてきた「アラーの神の贈物」
英名
Saluki
原産国名
Saluki
FCIグルーピング
10G サイト・ハウンド
FCI-No.
269
サイズ
原産国
特徴
歴史
FCI(国際畜犬連盟)のグループカテゴリーの10グループ「サイト・ハウンド」。脚が長く、体高が高く、マズルも長く、スラリとした体型。犬界の中で最も俊足。そして視覚(サイト)を使った猟をする猟犬のグループである。そのサイト・ハウンドの中にも、2つの流れがある。ヨーロッパ系とオリエンタル系だ。
ヨーロッパ系は、グレーハウンド(イギリス原産)、
ウィペット (イギリス原産)、アイリッシュ・ウルフハウンド(アイルランド原産)、ガルゴ・エスパニョール(スペイン原産)、
イタリアン・グレーハウンド (イタリア原産)、
ボルゾイ (ロシア原産)など、ヨーロッパ大陸やイングランド(グレートブリテン島やアイルランド島)に渡って、改良され発達した犬たちだ。
そしてその元祖が、オリエンタル系。アフガンハウンド(アフガニスタン原産)、サルーキ(中東原産)、スルーギ(モロッコ原産)、アザワク(マリ原産)がオリエンタル系に含まれる。
サルーキは、スタンダードでの原産地は「中東」と広いエリアとなっている。サルーキの起源はものすごく古く、歴史は5000年とも7000年とも言われる。つまり、その頃には現代の世界地図や国境など存在しない。現代の地図で置き換えると、東はカザフスタン、西はモロッコまでの広範囲のアラブの砂漠地帯とその近隣にいた犬なのだ。
よってモロッコのスルーギや、マリのアザワクのエリアもかぶっているので、サルーキなのかスルーギなのかアザワクなのか、どれと特定しにくい犬がいまも存在している。またモロッコ現地の人の話では、サルーキのこともスルーギと呼んだりするという。つまり現地では、足の長いスラッとしたサイト・ハウンドのことを、サルーキと呼んだり、スルーギと呼んだり、またタヅィー(TAZI)と呼ぶこともあるそうだ。トルコの人は、サルーキをタヅィーと呼ぶ。ちなみにサルーキの名の由来は、古いアラビアの都市「サルーク」にちなんでいるのではないかとの説がある。
これだけ歴史が古く、広いエリア(しかも砂漠が多い)に分布していた犬なので、きっちり境目がないのも当たり前。ヨーロッパ主導の犬種スタンダードも、歴史本も、サルーキの歴史と伝統の前には、とうていかなわない。英語で、ペルシアン・グレーハウンドとかガゼル・ハウンドとか呼ぶ場合もあるそうだが、サルーキは、サルーキのままであるべきだ。
純血種とは、通常(ヨーロッパ主導の感覚では)、人間の利益に適うべく、犬に効率よく働いてもらうよう、あるいは美しく、可愛く、扱いやすくなってもらうよう、人為的に選択交配、犬種改良して作ったもの。しかしサルーキは、そうではない。何千年も前から、人間の都合に染まることなく存在していた。コーランには
「サルーキは犬ではない。これは私たちの必要と喜びのために、アラーがお恵みくださった贈り物である」 とあるそうだ。動物を管理/コントロールするというキリスト教の宗教観と違う思想があり、犬との共生のスタンスが異なるのも興味深い。
サルーキは、純血種としては最も古い犬種の1つとされているが、これだけ広大なエリアで何千年も存在していたので、バリエーションには幅がある。住む場所によって気候や地形も少しずつ違うし、獲物も違うし、民族の文化や価値観、狩猟方法なども差があるだろうから、サルーキにもバリエーションがあって当然だ。地域によって、外貌は荒削りだったり、尾や耳、足についたフリンジ(飾り毛)の付き方が多少違ったりする。
鉄砲のまだない時代、サルーキは、狩猟の相棒という軽いスタンスではなく、武器に近かったのかもしれない。サルーキがいたから食べ物(肉)にありつけた、と言ってよいのではないのだろうか。生きていくうえで、欠かせない重要な存在だったのだ。よってアラブ人は、前述のようにサルーキを犬ではなく
「アラーの神からの贈物」 と称し、家長の隣で寝起きすることも許した。イスラム教の教義では、犬は豚と並んで不浄の動物とされるのに、である(イスラム教徒は豚肉を食べないし、基本的に犬は飼わない。豚肉を食べることや犬のよだれなどから人畜共通感染症になる恐れがあったためではないかと推察される。ちなみに猫は好まれる)。
そればかりか、サルーキは家族の女性よりも上に位置づけられ、「サルーキを渡すくらいならば娘をやったほうがマシだ」とまで言われるほど。当然それくらいの存在だから、お金で売買されることはない。一族の名誉の象徴だから、特別な状況下においてのみサルーキの譲渡が行われた。たとえば恩人に感謝の気持ちとして贈ったり、ときには貴族に取り入るために最上級の贈物として差し出したり。いまの時代でも、サルーキはアラブの男たちの大事なステータスであり、サルーキを使ったコーシング・レースやハンティングでは、男のプライドをかけて戦わせている。
サルーキの猟は、その電光石火のような俊足を生かしたもの。地域によってこれまた猟の方法は多少異なり、いろいろなパターンがあるらしい。たとえば鷹と一緒に行く猟もある。ハンターはアラブ馬にまたがり、その馬の鞍の前にサルーキを乗せて、猟野にでかけた。まず鷹が、広範囲の場所で空から獲物を探し、見つけたらその上で旋回をする。そこでサルーキを馬から下ろし、駆り立てる。獲物は、ウサギ、ガゼル、キツネ、ダチョウ(!)など。2〜5頭ほどのサルーキが、ものすごいスピードで獲物を追いかける。獲物は死に物狂いで逃げ回る。
追われる者も必死なので巧みに旋回したり、全力で走るが、サルーキも優れた身体能力で追いかける。直線のスピードのすごさだけでなく、しっぽで上手にバランスをとりながら急旋回する身体能力もすごい。長距離にわたって追い回し、いよいよ獲物の息が上がったところを捕らえ、首根っこを押さえて窒息死させる。足の速さだけでなく、機敏性、判断力と知性(獲物を追いかけながら、瞬時に判断する力や相手の動きを先読みする能力など)、そして持久力がないとできない猟である。
よってサルーキは、吠え声を使って「獲物はここにいるよ」などとハンターに合図をするセント・ハウンド(
ビーグル やフォックス・ハウンドなど)のように鳴く必要性がない。ガンドッグ(
ジャーマン・ショートヘアード・ポインター など)のように、ライフルを構えるまでの間、じっとポイントして待つような人間との「あ・うんの呼吸」を必要とする共同作業でもない。目の前を走る獲物を、全力疾走で追いかけて捕らえるという、シンプルかつ本能と身体能力の強さがモノをいう狩猟スタイルだ。そうした習性は、私たちが家庭犬としてサルーキを迎えるうえで、ある意味メリット(無駄吠えしないなど)にもデメリット(運動量が甚大など)にもなる。が、それはあくまでも人間の都合であり、サルーキにとっては我関せずのことである。
サルーキがイギリスに渡ったのは、1700年の頃。アラブ馬と一緒に連れてこられたそうだ。そして、1923年にイギリスで作成されたサルーキのスタンダードが、本犬種のヨーロッパにおける最初の正式な犬種標準となった。元来のすべてのタイプのサルーキの特徴を包括されて作成されたという。
極東の島国・日本に渡ったのは、江戸時代初期の頃かもしれない。サルーキなのか、グレーハウンドなのか、ウィペットなのか、サイズ感や毛の長さが微妙なので判断が難しいのだが、サイト・ハウンドが渡来したのは間違いない。
江戸時代前期、長谷川等彝(はせがわとうい。生卒不詳)という画家が描いた「洋犬図」や「狗鷹図」、波多野等有(1624-1677)の「洋犬図屏風」、江戸時代後期の「唐蘭船持渡鳥獣之図」(作者不詳)の絵が残っており、明らかにサイト・ハウンドをモデルにした絵画が描かれている。江戸時代初期にはすでに、イタリアン・グレーハウンドよりも大きめのサイト・ハウンドが日本に渡来していたことは間違いない。興味深くデッサンされた絵を見ると、日本犬とはまったく異なる容姿の、エキゾチックな姿のサイト・ハウンドを目にした日本人のカルチャーショックと感激の大きさが伝わってくる。
戦後、記録として残っている正式なサルーキの輸入は1974年のこと。しばらくはごく一部のファンシャーの間で愛されていたが、2003年以降、年間登録数が200頭を超え、少々一時的なブームのような様相を見せた。乏しい国内の遺伝子プールの中での乱繁殖が懸念されたが、2014年の登録では124頭となり、落ち着きを見せている。2014年のJKC犬籍登録頭数ランキングでは、57位となっている。
しかし、2015年9月時点で、繁殖業者が産ませて出荷しているサルーキがペットショップの小さなケージで生体販売されている事例もある。サルーキをアラーの贈り物とするアラブ諸国の男たちがこの有様を見たらどう思うのだろうか。
外見
サイト・ハウンド(視覚ハウンド)の仲間の中で、サルーキは、
ウィペット より大きく、
ボルゾイ やグレーハウンドより小さい。スルーギとは同レベル。アフガン・ハウンドとサルーキなら、どちらかというとアフガンの方が大きめ。
ただしサルーキは、サイズも外貌もバラエティーに幅がある。つまりサルーキという犬種の中で個体差が大きい。スタンダードの体高は「平均58〜71cm」とある。平均で13cmも差があるスタンダードというのは珍しい。そしてサルーキは性差も大きく、メスは比較的小さい。体重のスタンダード表記はないが、日本国内のファンシャーの話では、オスで22〜25kgくらい、メスで18〜23kgくらいとのこと。
スタンダードによると、毛のバラエティーは2つある。
a)Fringed (フリンジ・バラエティー)
b)Smooth (スムース・バラエティー)
フリンジ・バラエティーは、日本で
「これぞサルーキ」 とよく知られているタイプ。耳、脚、大腿の後ろ、しっぽに、長いシルキーな被毛が伸びている。成犬の喉に飾り毛があることもある。こうした羽毛状の柔らかい飾り毛のことを「フリンジ」という。「フェザリング」も同意語だ。そのせいか日本のファンシャーは、フリンジ・バラエティーのことを「フェザード」と呼ぶことも多い。AKCで「フェザード」と呼ばれているせいかもしれない。
かたやスムース・バラエティーは、フリンジはない。全身、短い毛で覆われている。素人目には、スルーギやアザワクとの差が分からなくなるのだが、とにかく飾り毛のないツルンとしたスムース・ヘアだけのサルーキもいるのである。
フリンジ・バラエティーとスムース・バラエティーの違いは、飾り毛があるかないかだけ。それ以外は外貌も性質も同じだ。同じ両親犬(父か母犬どちらかがフリンジ、もう片方の親犬がスムース)から産まれた同胎のきょうだい犬の中でも、フリンジの子とスムースの子が両方出る。ちなみに、父犬:フリンジ、母犬:フリンジのときは、こどもは全員フリンジ。父犬:スムース、母犬:スムースのときは、こどもは全員スムース。
ただし性質や機能は同じはずだが、一部日本のファンシャーの声によると、走る姿に差があるという話もある。フリンジ・バラエティーの走りは、しなやか、のびやかで、跳ねるようで、どちらかと言うとウィペットに似ている動き。一方のスムース・バラエティーは、力強く、低く、ブルドーサーのように重心が低く、ヒョウやピューマなどの大型のネコ科に似ているらしい。真偽のほどは定かではない。
外貌の重要な比率は、体長と体高はほぼ等しい。ただし、この犬種は実際よりも体長が長く見える傾向がある。幅が薄く、すらりとした体型のせいだろうか。
頭部は長く、幅は狭い。真正面から見たら、両耳の間は適度な幅があり、ドーム状にはなっていない。ストップ(両目の間にあるマズルとスカルの接続部分の凹み)は目立っていない。耳は付け根は高く、スカルに沿って垂れている。
首は長くて柔軟性に富み、筋肉がよく発達している。背はかなり広い。腰部は、寛骨頭(人間でいう腰骨)は広く離れてついている。胸は、深く、長く、大きな肺活量のある肺を包み込む。ただし幅はほどよい狭さ。アンダーライン(下胸から下腹部への、横から見たときのライン)は巻き上がっている。
尾の付き位置は低く、自然なカーブに掲げられる。フリンジ・バラエティーの場合、裏側はシルキーで豊富な被毛に覆われているが、毛むくじゃらではない。成犬になると、遊んでいるとき以外は、しっぽをトップラインより上に掲げることはない。しっぽは長めで、先端は少なくとも飛端(ホック。くるぶし)に達する。
四肢は素晴らしい筋肉が発達。指趾は長く、よくアーチしている。フリンジ・バラエティーの場合、指趾の間には毛が生えており、ボウボウと上に飛び出ている。この毛はサルーキの特徴なので、切ってはいけない。フローリングの床などで滑るかもしれないので、足の裏の肉球側の毛は切ることもあるが、上に飛び出した毛は切らない。
また、サルーキの指趾の間には水かきがついている。正確には、水かきではなく、砂かきだろう。砂漠を駆けるときに、パウが砂の中に沈み込まないよう、かんじきのような役目をしていると思われる。ちなみにサルーキとウィペットの両方を飼っている人の話では、サルーキは砂浜を上手に普通に走り回るが、ウィペットには砂かきがついていないので走りづらそうにしており、スピードが出ないそうだ。実に興味深い。
歩様はスムーズで、流れるような、無駄のないトロット(速足)。軽快で、よく足が持ち上がり、歩幅は広い。でも馬のように前後肢を高く持ち上げるハックニー歩様やパウンディング歩様(前肢の歩幅が後肢よりも短いため、前足は後ろ足が着地する前に地面を蹴る、欠陥歩様)ではない。
毛のバラエティーについては、フリンジ・バラエティーとスムース・バラエティーの2種があると前述したとおり。毛色は、いかなる色でも、いかなる色の組み合わせでも許容されるが、ブリンドルは好ましくない。現在はスタンダードで「ブリンドルは好ましくない」と変更されているが、数年前まではコートカラーから除外されていたカラーである。
(ブリンドルはさておき)いかなる色、いかなる模様でもよく、ブチの大きさも規定なし。小さな小さな斑(ティック)から大きなブチ(斑)まで。このようにカラーに制限がないというのは、人為的な品種改良がされていない古い犬種らしさともいえ、人間に作られていないナチュラルな魅力がある。
またサルーキならではの毛の呼び名もある。
グリズル だ。ボーダー・テリアやウェルシュ・テリアなどのテリアチームや、オールド・イングリッシュ・シープドッグでもグリズルという言い方があるが、そちらは黒褐色が混じったようなグレーやブルーがかったグレー、赤みがかったグレーなど1本の毛が2色以上になっているものを指すのに対して、サルーキーの場合、グリズルと呼ばれるのは顔部分の濃い色が抜けているものを指す。ファンシャーはそれを「富士額顔」と言ったりするが、言い得て妙である。グリズルの場合は「富士額」、ブラック&タンの場合は「麻呂眉」と覚えると、なんとなくイメージしやすい。
何色でもよいのだが、代表的な色を挙げてみよう。
・クリーム
・ブラック&タン
・レッド
・パーティ(ブラック・パーティ)
・パーティ(ブラウン・パーティ)
・グリズル
富士額のグリズルの、ボディカラーはいろいろある。
・ブラック・グリズル
・ゴールデン・グリズル
・シルバー・グリズル
・チョコレート・グリズル など、多彩だ。
ボディカラーはこれほどまでに多彩だが、鼻の色はブラック、あるいはレバー・ブラウンに限る。また目の色は、ダークからヘーゼル。サイト・ハウンドらしく大きな目で、オーバル型をしている。
毛色
魅力的なところ
電光石火の走りとスピード。走る姿に惚れ惚れ。
走るために生まれてきた筋肉美と機能美。
悠久の歴史を感じるオリエンタルな風貌。
人間に媚びない自尊心の高さ。
自立心が高く、飼い主とほどよい距離感がある。
サルーキ同士の群れで遊ぶのは上手。楽しそう。
多頭飼育散歩も可能な群れ意識。
テンションの切り替えが早い。
オン・オフがはっきりしている。屋外ではよく走り、室内では静か。
基本は、ほとんど吠えない。
体臭が少ない。
体高は大型犬サイズだが、体重はそれほど重くない。
トリミング犬種ではなく、自宅で毛の手入れができる。
丈夫で比較的病気が少ない。ご長寿犬もいる。
大変なところ
強烈なランナー。運動量はすこぶる高い。瞬発力もすごい。
郊外の広いドッグランに行く時間と体力のある飼い主限定。
大型サイト・ハウンドが十分遊べる広さのドッグランが日本には少ない。
嫌いなものは嫌い。自分が気に入らないものは受け入れない。
トラウマが残りやすい。根に持つ。
理知的な犬だが、従順なタイプではなく自由を好む。トレーニングは難しい。
サルーキの誇り高さと気ままさに敬意を払うことができる飼い主に限る。
ペットホテルや入院施設など、慣れていないところに預けるのが難しい。
日本にいるのは、怖がり、内弁慶が多い。
サルーキ同士の群れになると、標的(獲物)を見つけるとみなで狩ろうとする。
ネコ、ハトなどに反応し、急に引っ張り、飼い主が転倒することもある。
激突死に注意。広い空間で走らせること。
突然死(心不全?)の例が日本で複数件聞かれる。
瞬発力がすごいためか、骨折、肉球に擦り傷、爪がはがれるなどのケガ多し。
食が細い犬が多く、飼い主は苦労していることが多い。
繊細な部分があるので、大ざっぱな飼い主は向かない。
走るのが速いし、小動物などに反応すると、迷子や疾走の恐れ。
交通事故に注意。
頭が小さいので、首輪抜けしやすい。サイト・ハウンド用の首輪を探すこと。
寒いのは苦手。防寒着やふわふわ毛布の寝床が必須。
日本では遺伝子プールが狭いので、志の高いブリーダーを探す努力が必要。
まとめ
誇り高き、自由を愛するサルーキ。意のままにできると思うべからず
オリエンタルな風貌で、スラリとした「風のハウンド」の美しさに魅了される人は多い。砂漠でサルーキの集団がアラブ馬と共にウサギを狩る動画を見ると、その美しさ、力強さ、機動力、判断力、持久力、集中力などに圧倒される。コーランにある
「サルーキは犬ではない。これは私たちの必要と喜びのために、アラーがお恵みくださった贈り物」 のとおり、神々しいまでの美しさと強さを感じる犬だ。
ただ、その外貌の良さだけで選ばれるのは、サルーキにとって甚だ心外である。好みの外貌があるのは否定しないが、この犬は歴史的にも身体能力的にも性格的にも、そう簡単な犬ではなく、また飼い主に合わせてくれる犬でもない。普通の「犬」という感覚、たとえば「呼べば来る」「根気よくしつければ言うことを聞くようになる」「飼い主やお客様に愛想を振る」などを期待するのなら、サルーキは適任ではない。もちろん呼び戻しなどのコマンドが何を意味しているかぐらいサルーキは知っている。でも自分がその気分じゃないときには従わないという選択をするのが、サルーキだ。
ファンシャーの言う
「サルーキは犬ではない。サルーキはサルーキ」 という言葉は、最初は失礼ながらサルーキを飼っている自慢や特別感ゆえの言葉かと思ってしまったが、そうではなかった。サルーキは「イヌ」という動物種ではあるものの、普通の猟犬や家庭犬と同じようなことを期待してはいけない、という意味ではないかと思う。
サルーキは、誇り高く、気ままで、ハッキリとした「自己」があり、自由を愛する。風(疾走)を愛する。そのことを本質から理解し、敬意を払って一緒に暮らせる人が、サルーキを飼養してよい人。
でもこの感覚は、日本人には理解しにくいかと思う。敬意を払い尊重するというのは、ただ甘やかすという意味ではない。フカフカのベッドを用意し、王様をもてなすようにすればいいだけというものでもない(フカフカのベッドも必要ではあるが)。彼らは王様のような誇り高い自尊心もあると同時に、ベドウィン(砂漠にすむ遊牧民)のような気ままさやたくましさ、野生動物のような荒々しい狩猟本能も持ち合わせる。それらを理解したうえで、彼らの要望にそった生活を用意することが飼い主の使命だ。
実際、現代でもアラブの男たちは、サルーキで狩りやレースをしているが、レース前に自分のサルーキを、アラーの神に祈りを捧げてから、出陣させることもある。もはや「愛犬」という範疇を超え、アラブ人の誇り、自分のプライドのシンボルのような存在に見える。
日本人の昔ながらの感覚である、裏庭に短い鎖でつないで「ポチを飼う」という犬との付き合い方とはずいぶん違う。そういう意味では扱いがとても難しい犬だと思う。犬と暮らすと思うより、大きな猫と暮らす、という感覚の方がむしろ近いかもしれない。
なかなかに難しい特殊な犬だが、だからこそサルーキは興味深く、魅惑的なのだ。ファンシャーが一度サルーキと暮らしたら、もうほかの犬には戻れない、というのは、そういうことなのだろう。親しいサルーキ・ファンシャーはよく言っている、「人がサルーキを選ぶのではない、サルーキが飼い主を選ぶのだ」。
砂漠のように広いドッグランや狩り場(に模した場所)を探すこと
サルーキを含むサイト・ハウンドはとにかく走り屋である。ファンシャーの間では、その運動能力を発揮させる場所を探すことに余念がない。小型サイト・ハウンドの
イタリアン・グレーハウンド 、中型サイト・ハウンドの
ウィペット 以上に、大型のサイト・ハウンドであるサルーキがその能力をいかんなく発揮できる場所を見つけることは、日本では残念ながらまだまだ非常に難しい。
ちなみに、代々木公園(東京都渋谷区)の大型犬用ドッグランは、東京の中では十分大きい方だが、ドイツ在住のサルーキ・ファンシャーに言わせると、サルーキにとっては全然狭くて、これでは全速力で走れないという。どれだけ広い場所が必要なのかとびっくりした。また駒沢オリンピック公園のドッグラン(東京都世田谷区・目黒区)で集まっているサルーキ軍団を取材したが、あの敷地では、とうていトップギアには入らず、すぐ旋回することとなり、疾走する姿は見られなかった。そのためファンシャーたちは、月に数回はクルマで数時間かけて遠くのドッグランに遠征しているという。まずはドッグランを求めて遊牧民のように移動できる、クルマと長距離運転技術が飼い主に求められる。
ちなみに、取材時に複数の人から聞いたのだが、ドッグランで木の幹に激突したり、ほかの犬に激突したりして急死する例もあるという。いかにサルーキのスピードがすごいか思い知る。心不全を起こしたのか、内臓破裂なのか、死亡原因は特定されていないが(あまりにショックで検死するどころではないだろうし)、とにかく今の今まで元気いっぱいに走り、遊んでいた犬が、突然死んでしまうというのは飼い主さんの胸中を思うといたたまれない。安全に遊べる広い場所がもっとあればよいのに、と思う。
ただ、サルーキはずっと走っているわけではない。外でもオン・オフがある。またおもしろいことに、1家庭で1頭だけで行くと、ほとんど走らないそうだ。ところがサルーキ友達と集まって出かけると、群れとなって、実に楽しげに遊び出す。サルーキを飼うなら、サルーキ・ファンシャーと仲良くなり、コミュニティを作って、定期的に一緒に遊ぶようにした方がよい。その方が犬の精神安定のためによさそうだ。ちなみに、相性のいい子ならほかの犬種とも遊べるが、やはりサルーキ同士の方が意気投合しやすい。
複数頭のサルーキがいるところへ、別の犬種の犬がやってくると、一斉に新参者に向かって走り出す。ほかの牧羊犬種などと比べて縄張り意識は強くないのだが、むしろサルーキはほかの犬を狩る行動が見られ、とくに複数頭になるとその狩猟行動は激しくなる。悪気はないのだが、本能的な衝動なのだ。ドッグランでトラブルになることが多いので、飼い主は自分の犬をよく見張っておかねばならない。
ただ、そういうときこそサルーキの本性が現れるともいえる。ファンシャー曰く「瞬時に役割分担をするのが興味深い」とのことで、吠えて追い立てる係、回り込んで待ち構える係などの分担をするのだ。砂漠でウサギを狩る姿を彷彿とさせる。みんなで協力し、みんなで獲物をとっ捕まえるわけだ。
もちろん日本のドッグランにいるまともなサルーキであれば、実際に血祭りにするようなことはしないが、疑似ゲームを楽しんでいるのかもしれない。とはいえ万が一にでも歯が当たって傷を付けてはいけないので、マズルガードをしているサルーキもよく見かける。また獣医師でありサルーキ・ファンシャーの人の話によると、サルーキは皮膚が裂けやすいという。サルーキ同士で遊んで悪ふざけして歯が当たっただけで皮膚が裂けてしまうことがあるので、それを予防するためにマズルガードをすることも多いとのこと。
他犬種とのトラブルを避け、またサルーキ同士がマイペースでのびのびと遊ぶために、サルーキ仲間が集まってドッグランを貸し切って遊ばせるなどの工夫もしている。
近年では、日本でもサイト・ハウンドを主な対象にした
ルアー・コーシング大会 (ウサギを模したルアーを電動モーターで高速で引っ張る。犬がルアーめがけて、ダッシュするレース)もよく開催されている。まさに、狩り場の代わりといってよい。サルーキと暮らすのなら、こういう大会に参加し、本能を満たすような運動を取り入れよう。でもルアー・コーシング大会は、会場の確保や、ルアーを引っ張る機械の維持などが大変で、開催時はたくさんの参加希望者が集中してしまうそうだ。もっと日本でも、サイト・ハウンドにとってこうした運動および狩猟本能を満たす場が必要だという理解が広まり、開催回数が増えるとよいなと思う。
ちなみにドイツ・サイトハウンド協会では、ルアー・コーシングとドッグ・レースをサイトハウンドにとって適切な運動(と同時に能力判定の大事な要素)として提供しているそうだが、「サルーキの場合、コーシング(襲歩+駆足)距離700-900m、レース(襲歩)では480m」だという。コーシングだと約1km!? いかにサルーキに広い運動場が必要かが分かるというもの。
血液検査結果が一般の犬と異なり、誤診されることもある
今までの長い歴史の中で、人為的な犬種交配をされることが少なかったため、遺伝性疾患などは元々少なく、頑強な犬だったサルーキ。しかし、近年アメリカのサルーキによく見られる疾患として、遺伝性またはガンからの転移による心疾患や悪性血管内皮腫が挙げられており、もはや遺伝性疾患の少ない丈夫な犬とは言えない、という指摘もある。悠久の歴史のあるサルーキの健全性が、近代の商業的繁殖によって失われることは非常に残念なことだ。
また、血液検査結果が普通の犬と異なる数値を示すことが多いとされる。一般の犬だと「低白血球症」や「高赤血球症」、はたまた「高ヘモグロビン血症」だと診断される数値が出ても、サルーキではこれらはすべて正常値だったりする。さらに血小板数もサルーキは少なめ。全体的に
血液検査診断要素のほとんどで、他犬種とは異なる特徴を見せる。
このサルーキの血液検査結果の特徴を知らない獣医師により、間違った診断が繰り返されていることも指摘されている。この間違った診断の代表として「甲状腺機能低下症」がある。ヨードの濃度の問題とされているが、サルーキは少なくても大丈夫な犬。それなのに、血液検査で低く出ると、甲状腺機能の低下とされて、ホルモン剤を処方されてしまうことがある。
病気とは、数値だけを鵜呑みに判断してよいものではなく、症状があってこそ。「症状と血液検査結果が一致していないのであれば、ホルモン剤は飲まなくてもよい」と、ご自身もサルーキを飼っている獣医師は言う。
サルーキの血液データについて知識の深い獣医師が近所にいればベストだが、そこまで多くいる犬ではないので、なかなかそうもいかないだろう。もし、症状がないのに血液検査の数値だけで薬を処方されたら「サルーキは普通の犬と血液が異なる特徴があるらしいんですが……」と、再確認したほうがいいかもしれない。あるいは、ファンシャー同士のネットワークで、サルーキの病気に詳しい獣医師を探すことを勧める。
普段の生活は、猫のようで、静か
外では爆走するサルーキだが、オン/オフがはっきりしていて、家では物静か。ソファーでまったり過ごしている。無駄吠えするサルーキも少ない。ただし群れ意識が強いので、同居犬が吠えると一緒になって吠えることもあるので、サルーキだから鳴かないと断言はできない。
基本的に人間への依存心が強い犬ではないので要求は少なく、うざったくもない。ほどよい距離を保ってくれるので、そういう犬が好きな人にはちょうどいい。反対に、普通の犬らしく「おかえりなさい!」「遊んで遊んで!」などと慕ってくれて、穴が開くほど見つめてはくれない。それでは犬らしくない、物足りないと感じる人は、人なつこい
ラブラドール・レトリーバー や
フラット・コーテッド・レトリーバー などのガンドッグタイプ、
ボーダー・コリー や
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク に代表される牧羊犬タイプなどの、アイコンタクトの強い犬を選ぼう。
概してサルーキは「猫を飼っている感覚に近い」とよくファンシャーは言う。家では物静かに少し高くて辺りを見下ろせるようなフカフカのソファーの上でまったりお昼寝か、あるいは窓の外に興味のあるものがあれば、ずっと眺めていたりするタイプ。そういう行動も猫っぽい。
クールで、いつも涼しげな表情で、しれっとしているサルーキだが、よく観察していると、意外とミーハーというか、野次馬なところもある。ただ飽きるのも早く、あまり物事に執着はしないタイプだ。
ポジティブなもの(たとえば楽しいこと、ボールや食べ物など)への執着はいま述べたように薄く、飽きっぽいのだが、一方でネガティブなものへの執着というかトラウマは深く刻まれ、根に持って忘れないとのこと。たとえば、近所のドッグランでたった一度だけ、1頭でいるときにほかの犬にイヤな思いをさせられただけで、もうそこのドッグランには入らなくなるとか、自分の意に反してケージに入れられたことがイヤでイヤで仕方なく、その後は断固拒否するなど。分離不安になる犬も割といると聞くが、本来は自立心や独立心は高い犬のはず。つまり飼い主の不在が寂しくて心細くて耐えられないというより、どうも「俺の意に反して飼い主だけがなぜ出かけるんだ?」ということへの反発のようにも思えなくもない。
そのように融通の利かない頑固さや繊細さがあるので、子犬のサルーキを初めて迎え入れたときは、数週間は一緒に寝たり(飼い主のベッドに入れるというより、飼い主が犬のベッドのある部屋で寝るのがいいらしい)、数か月は犬だけで留守番させないなど、長い時間をかけて「サルーキ様」に家庭の状況を理解していただき、納得してもらうようにお膳立てする必要があるらしい。無理強いをすると問題がこじれることが多く、またそれをサルーキは根に持つので、そこは慎重に環境を整えたほうがよい。「根に持つ」「忘れない」ということは、逆に言うならば賢く、記憶力があり、自己の判断力、信念がしっかりしているということである。そういうところは、ややこしい面倒な犬といえるが、それをよしとする人だけが付き合えばいい。
毛の手入れは、自宅でできる
スムースタイプもフリンジタイプも、毛の手入れはそれほど大変ではない。フリンジタイプでも自宅でシャンプーすればよく、アフガン・ハウンドやボルゾイのように乾かすのが大変ということもない。
ただ、フリンジタイプのチャームポイントである柔らかい飾り毛(耳、足、しっぽ)は、毛玉になりやすいので、毎日コームでとかす。ごはんを食べるときなどは、耳の飾り毛が茶碗に入って汚れがちなので、スヌード(耳カバー、ヘアバンドのようなもの)をつけるとよい。
体臭も少ないともされる。体臭も無駄吠えも少ないから、集合住宅でも飼いやすいというファンシャーもいた。柔らかい被毛は多少は抜けるが、室内環境が犬臭くならないというのは、清潔好きな日本人が好むポイントである。
このページ情報は,2015/12/08時点のものです。
本犬種図鑑の疾病リストは、AKC Canine Health Foundation、Canine Cancer.com、Embrace Insurance “Pet Medical Conditions”などを筆頭に、複数の海外情報を参考にして作られています。情報元が海外であるため、日本の個体にだけ強く出ている疾患などは本リストに入っていない可能性があります。ご了承ください。
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