「ブリーダーに対して、親犬の過度な負担を避けるために年間の繁殖回数を制限する方向で(環境省が)調整に入った」と、10月24日に時事ドットコムが報じたのは、すでにみなさんご存じのことと思う。
「おお、なんて素敵なことだ」と思うかもしれないが、これは2011年12月に「動物愛護管理のあり方検討小委員会」が出した検討報告書(案)(リンク先はPDF)に書かれている内容の“やり残し”であって、4年近い歳月を経て、ようやく議論のテーブルに乗せられたものだ。むろん、遅くとも手をつけられないよりはるかに喜ばしい話であって、いまなお検討項目となっていることには、愛犬家として素直に感謝の意を表したい。
なお環境省からそれらしき公式発表がなされた形跡は見当たらないので、おそらく時事ドットコムの記者は、環境省に直接取材したのだろう。dogplus.me編集部でも別ルートから確認してみたところ、「行政からの要望で再び委員会を立ち上げるようだ」との情報を得たので、実際にそのような動きがあるものと思われる。
さて、そもそもこの“オリジナル”ともいえる報告書が出された背景には、2012年の動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)改正があった。動物愛護法は5年に一度の改正が行われるわけだが、当時検討報告書で挙げられた内容は、いまのうちに手をつけておかないと次の改正時期がそろそろ来てしまうという若干の焦りがあるであろうことも、想像に難くない(Sippoの太田匡彦氏もそのような指摘をしており、氏は実際に確認を取った模様)。
動物の愛護及び管理に関する法律
検討報告書(案)【PDF】
改めて確認しておくと、2011年の検討報告書(案)では、
・深夜の生体展示規制
・移動販売の規制
・対面販売・対面説明・現物確認の義務化
・犬猫オークション市場の基準設定や監視システムの構築
・子犬/子猫を親から引き離す日齢
・犬猫の繁殖制限措置
・飼養施設の適正化
・動物取り扱い業の業種追加の検討
……などさまざまな内容がテーマとして挙げられている。その一つ一つについてここで説明することはしないが(気になる方は、改めて検討報告書(案)を読んで見ることをお勧めする)、「繁殖制限措置」と「飼養施設の適正化」については、まだ手つかずなのだ。
むろんご存じのように、それぞれの項目を検討するにあたって、さまざまな“オトナの事情”により一部の国会議員が強硬に反対したりして、改正時にさまざまなものが削除されたり、附則(法令などに追加記載される事項)によって実質意味のない規制になってしまったりしているので、今回も予断は許さない状況だ。
さて改めて「繁殖制限措置」と「飼養施設の適正化」について見てみよう。
まず繁殖制限について報告書に添付されている資料(リンク先はPDF)を見ると
「これまで様々な犬種を作り出してきた実績のあるイギリスやドイツにおいては、最初の繁殖年齢の設定や、生涯における繁殖回数を5〜6回までに制限するよう規定されており、これらの国々の取組を参考として、繁殖を業とする事業者に対して、繁殖回数及び繁殖間隔について規制を導入すべきである。」
とある。翻って現状の法の記述は
「動物を繁殖させる場合には、遺伝性疾患等の問題を生じさせるおそれのある動物、幼齢の動物、高齢の動物等を繁殖の用に供し、又は遺伝性疾患等の問題を生じさせるおそれのある組合せによって繁殖をさせないこと。」
「みだりに繁殖させることにより母体に過度な負担がかかることを避け、飼養施設の構造及び規模、職員数等を踏まえて、その繁殖の回数を適切なものとし、必要に応じ繁殖を制限するための措置を講じること。」
としか書かれていない。
「みだりな繁殖」や「過度な負担」など、曖昧でどうとでも取れてしまう言葉が並んでいるだけだ。資料によれば「繁殖年齢や回数の制限等の具体的数値規制の検討」とのことなので、もしこれに具体的数値規制が設けられるのであれば、それはそれで大変望ましい。同資料によれば、イギリスでは「1頭で6回以上出産させてはならない」「最後に出産した日から1年以内に出産させてはならない」などの具体的な規制があるという。
一方で飼養施設の適正化については、資料には「犬猫のケージの大きさ等の具体的数値規制の検討」とある。
昔のミカン箱より小さいだろうと言いたくなるような狭いプラスチックケージに押し込めてズラリと並べて販売するショップや、ただのバリケンをうず高く積み上げてそれぞれに犬を閉じ込めておく“にわか”ブリーダー、ほんの狭いスペースで区切ってバタリーケージ並の悲惨な飼い方をするパピーミルなどに一定の“規制”がかかるのであれば、こちらも合わせて大歓迎だ。
詳しくは「資料5」(リンク先はPDF)を読んでほしいが、同じくこれも数値規制が記載されるか否かが争点となる。
「個々の動物が自然な姿勢で立ち上がる、横たわる、羽ばたく等の日常的な動作を容易に行うための十分な広さ及び空間を有するものとすること。また、飼養期間が長期間にわたる場合にあっては、必要に応じて、走る、登る、泳ぐ、飛ぶ等の運動ができるように、より一層の広さ及び空間を有するものとすること。」
という記載が現状の法にあるが、これまた非常に曖昧な表記で、なんら規制になるものではない。というか、大きさ以外にも、ケージに入れる犬の数や、世話をする人の数、温度や湿度や騒音など、数値規制の対象となってもおかしくない項目はいくらでもある。具体的数値規制が入るのか否かもさることながら、“どこまで”入るのかも大きな争点となるだろう。
検討報告書(案)資料4「繁殖制限措置について」【PDF】
検討報告書(案)資料5「飼養施設について」【PDF】
今回の項目は、どちらも「具体的数値規制」が大きな論点となる。
実際に数値で表される規制が入ることは、我々飼い主サイドから見るよりも大ごとなので、おそらくは業界団体から激しい猛反発に遭うものと思われる。“ネガティブな力”もたいそう強力なようなので、もしかしたら「Aを通してBはつぶす」というバーターになるのかもしれないが、それとて一歩前進には変わりない。ぜひなんらかのポジティブな結果が出ることに期待したい。
……しかし一方で、数値化されたとしてもまだ不安は残る。生まれてくる個体や、そもそもブリーダーの管理すらキチンとできていないであろうこの状況で、どのように繁殖制限を行うのだろうか。そこに一抹の不安はぬぐえない。
ややドライな言い方で申し訳ないが、もしかしたら有名無実化してしまうかもしれない繁殖制限規制に比べると、「飼養施設の適正化」については数値化されることによる改善が大いに期待できる。“目で見て”監視できるし、誰が見ても一目瞭然である部分なので、誤魔化しようもない。発端となった時事ドットコムの記事では「繁殖規制」がクローズアップされていたが、個人的には「飼養施設の適正化」のほうに、より即時効果が期待できるように思う。
Sippoの太田氏によれば、環境省は「年度末か来年度の初めにも検討会を立ち上げる」とのこと。ブリーダーや生体販売ショップという存在そのものの是否論はいったん脇に置いておくとして、いま犬を取り巻く状況をより良くできることであれば、ぜひとも推進してほしいと思う。