以下、映画のストーリーなどに関する記述があります。パンフレットに記載してあること以上のことはなるべく書かず、致命的な“ネタばれ”にはならないよう記述したつもりではありますが、もし気になる場合はお読みにならないよう、よろしくお願いいたします。
定期的に公開される“犬をテーマにした映画”は、犬好きのみなさんであれば一通りは押さえていることだろう。
犬が登場する名作は数あれど、ここへきて、ちょっと趣の違う犬映画が登場した。遠くヨーロッパから、ハンガリー・ドイツ・スウェーデンの合作という、それだけでプレミア感満載の「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)」だ。公開は,明日2015年11月21日から!
しかもこのプレミア感は単なる“感”でなく、実際にカンヌ国際映画祭の「ある視点」グランプリと、優秀な演技をした犬に贈られるパルムドッグ賞をダブル受賞しているという話題作なのだ。原題は「Fehér isten」。このハンガリー語を英語にすると、そのまま「White God」。幸いにも先行で視聴する機会を得たので、犬好きのみなさんに、犬のことを中心に軽く紹介しておきたい。
「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」公式サイト
「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」公開シアター
舞台は、とあるヨーロッパの街。その街では雑種犬に重税を課すという、およそ非常識な悪法が施行され、主人公である13歳の少女リリの愛犬ハーゲンも、無理解な父親によって捨てられてしまう。
隙あらば必死でハーゲンを探し回るリリと、最愛の飼い主に捨てられ、紆余曲折を経て闘犬としての犬生を歩み始めてしまったハーゲン。かつての愛情をそのまま持つリリと、すでに闘犬と化して人間すら噛み殺すようになったハーゲンは、最後にようやく出会えるのだが……。
ヨーロッパ映画独特の、やや重苦しい空気と陰影のあるカメラワークで、ハーゲンが変貌していく様が丁寧に描写されている。「最愛の友から、身勝手な人類たちへ」というパンフレットのキャッチコピーそのままに、雑種をモノ扱いして重税を課しているのも、面倒事がイヤでハーゲンを捨てたのも、殺処分のために野良犬を捕獲しているのも、温和な家庭犬を闘犬として仕立て上げるのも、自分の利益のためだけに犬に殺し合いをさせるのも、すべては身勝手極まりない人間の成せること。隙あらば必死でハーゲンを探し回るリリと、最愛の飼い主に捨てられ、紆余曲折を経て闘犬としての犬生を歩み始めてしまったハーゲン。かつての愛情をそのまま持つリリと、すでに闘犬と化して人間すら噛み殺すようになったハーゲンは、最後にようやく出会えるのだが……。
作品には、犬という人類最良の友を、力と権力と欲求で振り回す非道のシーンが、これでもかとばかりに登場する。かつての白人による植民地支配や、ハンガリー民主化運動、昨今のアラブ民衆蜂起、現代においても一部の国で行われている独裁政治などを下敷きにしていることは、最後に犬達が一斉蜂起することからも明白で、監督自身もインタビューでそのように答えている。現代ヨーロッパが抱えている“火薬庫”を、犬というメタファーを借りて描写しているわけだ。
予告編映像でお馴染みの“一斉蜂起”した犬の描写は、掛け値なしの生撮影。CGも特撮も使っていない。250頭の犬が街を疾走するシーンは壮観で、監督が意図した方向ではないのだろうが、つい笑みがこぼれてしまう。実は彼らは元々すべて保護犬で、そのせいもあるのかもしれないが、みんなとても楽しそうに走ること!
ちなみにパルムドッグ賞を受賞したのは、主人公ハーゲンを演じた2頭の犬(ルーク/ボディ)とされているが、受賞者の英語表記は「the canine cast」と書いてある。もしかしてこれは、ハーゲンを含む映画に登場する犬達全員に贈られた賞なのかもしれないし、実際それだけの価値はある。
さて、本作に込められた政治的メッセージをいったん脇に置いておくと、「犬好きが見るのはちょっと覚悟が必要」というのがとても正直な感想だ。
本作は、いままでに皆さんが観てきたような、犬の素晴らしさを説く“泣ける映画”ではない。捨てられ、虐げられ、噛み殺され、安楽死させられ、撃ち殺され……文字どおり「目を覆う」シーンが次から次へと登場する。むろんそれらが犬の演技であることは頭では分かっているのだが、それでもやっぱり見るのはツラい。
中でも秀逸なのは闘犬のシーンだ。ほんの数分もない映像だが、撮影には5日かかったとのことで、かなり激しく、生々しい映像になっている。噛み殺された犬が平然と映し出されるので、ココロが弱い人は目をつぶることをお勧めするが、闘犬とはこれほど極悪非道で愚かなものなのだ。それを見ておくこともまた、犬好きにとっては重要なことなのかもしれない。
“ダークサイド”に落とされていくハーゲンにシンクロするかのように描かれている、多感な思春期の少女リリ(これが映画デビュー作とは思えない)と父親との関係を描く成長ストーリーや、込められている政治的な揶揄など、見るべきポイントはいくつもある。それらに加えて涙する犬映画ではないことも理解しつつ、それでもなお犬好きとして感じたのは「犬という生き物の素晴らしさ」だ。
愛らしい家庭犬だったハーゲンは、ふとした弾みで闘犬になってしまった。飼い主リリと楽しく暮らし、一緒に寝て、散歩に行き、そんな立派なコンパニオンアニマルだったのに、人間に裏切られ、虐げられた結果、人間すら襲う“立派に凶暴な犬”へと変貌を遂げた。でもこれは、映画という作り話に限った話ではない。小さなスイッチを一つ切り替えるだけで、犬は容易に飼い主さえ殺せる生き物になれるのだ。
かの有名な「犬の十戒」を例に出すまでもなく、たとえ小型犬であっても、犬の牙は容易に飼い主の頸動脈を噛み切れるし、本気を出せば指の骨など簡単に食いちぎれる。それでもなお、人間の最良の友である犬は、決してそんなことはしない。彼らは人を愛し、人と共に生きることに喜びを感じ、人を信じているのだ。「ホワイト・ゴッド」の“ゴッド”はおそらく飼い主のこと。犬にとっての飼い主は唯一神であり、犬には飼い主しかいないのだ。
映画のラストをここで詳しく説明するようなことはしないが、最後の最後でもハーゲンは、奥底に眠った“人との絆”は失っていなかった。そんな状況になってもなお、コンパニオンであり続けたのだ。そう、これこそが「犬」だ。これこそが私たちの友達であり、好んで自分から凶暴になる犬なんかいないのだ。映画終盤に延々と続く“激動”から一変、スーッと波が引くように、見事なまでのシーンチェンジを図る。ラストシーンは、我々犬好きにさえ犬の素晴らしさを再認識させてくれる名テイクだ。
人を噛んだとか犬を噛んだとか、散歩中の人を襲ったとか、犬を取り巻くニュースはいろいろ流れてくるし、おそらくは犬のことをよく知らないであろう人が報道する犬の姿は、どれも凶暴極まりない。まるで魔界の犬に攻撃されたかのような書かれようだ。しかし、“本当に凶暴な犬”はどれほどいるのだろう。そもそもそれらのほとんどは、飼い主や、犬に無理解な周囲の環境が問題なのではないだろうか。そんなことすら考えてしまう。
ヨーロッパ映画らしい、ややもすると陰鬱な雰囲気の中、エンディングも多くを残したまま終わる。美しいシーンではあるもののハッピーエンドともバッドエンドとも判断のつかない終わり方は、日本人的にはちょっと消化不良気味になるが、これもまた“味”の一つ。個人的には、「観た人に判断を委ねるエンディング」は嫌いではない。
ただ2時間という尺に少女リリの成長物語を織り交ぜたためか、一つ一つの心理描写がやや弱く、張った伏線も回収し切れていない感じが伺える。また、前半と後半で空気感が一変するのだが、犬による人間への復讐劇はちょっとやり過ぎかなとも思える部分もある。
とはいえ、名俳優ハーゲン(ソフトバンクの“お父さん”のように、2頭で演じている)を観る価値は十分にあるし、曇天の、美しいブダペストの街並み(だと思う)をパルクールばりに疾走する犬達を観るのも新鮮だ。前述のエンディングシーンも、本当に見事だ。
そしてなにより犬好きとしては、劇中に登場する犬250頭がすべて「保護犬」で、撮影終了後に1頭残らず飼い主を見つけたということに、心が揺さぶられる。映画を観ながら、この子も、この子も、この子も、みんな収容所にいたのに今は新しい飼い主の元にいるんだなぁ……と思いながら観ると(映画の本筋とはまったく関係ないのだが)ちょっと嬉しい気持ちになってくる。
おそらく本当の姿は「道義的映画」なのだが、きっと受け止め方はさまざまだ。でも少なくとも、小さなお子さんと観るのはちょっと適していないと思う。内容的にも、その数々のキツいシーン的にも、せめて片足を“オトナ”に突っ込んでないと、怖いだけの映画になってしまうだろう(そもそもPG12だが)。
世界的に有名な俳優も出ていないし、ハリウッドが放つ超大作でもないし、全米が泣いたわけでもないが、オトナで本当の犬好きであれば一度観てみる価値はある。ぜひ近くの劇場に足を運んでみてほしい。
それにしても監督にひと言だけ言いたいのだが、あの犬を、あそこで、あんな死なせ方をすることはなかったんじゃないだろうか。あのシーンが一番心にダメージを受けました……。
「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」公式サイト
「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」公開シアター
ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲
監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:ジョーフィア・プショッタ、シャーンドル・ジョーテール/ルークとボディ
配給:シンカ/提供:シンカ、ミッドシップ/2014 年/ハンガリー、ドイツ、スウェーデン合作/119 分/シネスコ
レイティング:PG12(12歳未満の年少者の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要)
後援:ハンガリー大使館
2015年11月21日(土)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:シンカ
2014 (C)Proton Cinema, Pola Pandora, Chimney
監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:ジョーフィア・プショッタ、シャーンドル・ジョーテール/ルークとボディ
配給:シンカ/提供:シンカ、ミッドシップ/2014 年/ハンガリー、ドイツ、スウェーデン合作/119 分/シネスコ
レイティング:PG12(12歳未満の年少者の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要)
後援:ハンガリー大使館
2015年11月21日(土)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:シンカ
2014 (C)Proton Cinema, Pola Pandora, Chimney