今年も2月14日がやってくる。お菓子メーカーの主戦場、バレンタインデーだ。
この時期は動物病院に連れてこられる犬がとても増えるのだが、それはもちろん犬のチョコレート誤食だ(本人は“誤食”のつもりはないだろうけど)。誰かにあげようと思って、配ろうと思って、不注意にもテーブルの上に置いておいたチョコレートを、これ幸いとばかりにぺろりと完食してしまう。なにしろ犬は甘いものが大好きなのでチョコレートには目がないだろうが、言うまでもなく、ネギやブドウなどと同じく「犬に与えてはいけない食べ物」で最も有名なものの一つだ。
包装紙だけが残っているチョコレートを見つけた飼い主は、きっと悲鳴をあげて病院に担ぎ込むことになると思うが、だがちょっと待ってほしい。最近よく見るダークチョコを1枚丸々食べてしまったとかならいざ知らず、まさか麦チョコ1粒で嘔吐したり痙攣したりすることはたぶんないだろう。チョコレートが危険……というよりは、チョコレートに含まれるテオブロミンという物質が犬にとって危険なわけだが、では犬にとって「危険な量」というのは、現実的にどのくらいなんだろう?
もちろん大丈夫な範囲でチョコを食べさせるべきだなどと言うつもりはないが(ほかにあげていいものはたくさんある)、「本当に危険」とされる量を知っておけば、いざというときの心の準備もできるというもの。ちょうど1年前の記事でもチョコレートネタは書かれているが、今回はテオブロミンの部分にフォーカスした話をしてみよう。
[連載]犬とフードと栄養と(16)犬にもバレンタインデー。でもチョコはちょっと待って!
犬の飼い主にとっては要注意人物扱いのテオブロミン。ところでテオブロミンだけじゃなくてカフェインも犬にとってはよくない物質なので、淹れ立てのドリップアイスコーヒーとか飲ませないように |
テオブロミンとは、チョコレートの主成分であるカカオに含まれる物質だ(つまりチョコレートだけでなくココアなどにも含まれている)。ではなぜこのテオブロミンが犬にとってよくないのかというと、カフェイン同様に神経を興奮させる作用があるからだ。人間であれば、体も大きいし、割と早くテオブロミンが分解されてしまうので「神経興奮作用」と言うだけで済むが、犬はこのテオブロミンの分解が非常に遅く(代謝が遅く)、中毒症状を起こしてしまう危険性があるのだ。
中毒症状といってもピンキリで、血圧が上昇する、脈拍数が多くなる、落ち着きがなくなる、ふらつく、発熱する、などの軽めのものから、脳内血管の収縮、筋肉の痙攣、嘔吐、下痢などまで。大量のテオブロミンを摂取した最悪の場合ともなると、心拍が乱れたり、痙攣したり、さらには呼吸停止などによって昏睡状態から死に至る可能性さえもある。
参考までに、日本ペット栄養学会が発行している「ペット栄養学事典」からテオブロミンの項目を抜き出しておこう。
テオブロミン:カカオに含まれるアルカロイドの一種。自然界ではほぼカカオのみに含まれ,チョコレートやココアの苦味成分である。イヌやネコなどでは悪心,嘔吐,下痢,不整脈などからてんかん様発作,心臓発作などに至る毒性が認められる。小型犬では50g,大型犬で400g程度のチョコレートで中毒の可能性がある。ただし,ネコは甘いものを好まないので危険性は少ない。
ペット栄養学辞典(楽天へのリンク)
先ほど「大量のテオブロミン」と書いたが、今回のテーマはそこ。一体どれくらいが「大量」なんだろうか? ミルクチョコ1枚は? 麦チョコ1袋は? ダークチョコ1かけらは?
当たり前だが、チョコレートに含まれるテオブロミンの量は、そのチョコレート製品のカカオの量によって違う。しかも厄介なことに、テオブロミンの量は栄養成分表には書いていないし、メーカーの公式サイトにいっても書いていない。つまり普通に判断する材料がないのだ。
ネットという公の場所で自分の見解を述べている獣医さんの記述から、いくつか抜粋してみよう。
チョコレート中毒となる量は犬の体重・体格や個体差により差がありますが、テオブロミンの犬での致死量はおおよそ「100~200mg/kg」(猫では80~150mg/kg)であるといわれています。軽度な異常は「20mg/kg」程度でみられ始め「60mg/kg」でも痙攣が起きる可能性があります。
あいむ動物病院 西船橋
あいむ動物病院 西船橋
テオブロミンの量として考えた場合、10kgの犬で計算すると、テオブロミンとして500mg〜1000mgを摂取すると中毒症状をあらわします。また、2500mg〜5000mgを摂取した場合は、50%の確率で死亡してしまうというデータがあります(体重1kgの犬では同様の症状が10分の1のテオブロミン量で起こるということです)。
マスダ動物病院
書いてあることに若干のバラつきはあるが、「100mg/kg」というのが一つの指標になりそうだ。みなさんある程度の上下を持って数値を書いているが、少ないほうに合わせておくに越したことはないだろう。マスダ動物病院
海外の参考数値も欲しいな……と思って探したところ、「Veterinary Manual」というMerck&Co.(メルク・アンド・カンパニー)が運営しているサイトの記述を発見した。Merck(メルク)はドイツの化学品・医薬品メーカーで、Merck&Co.は、そのアメリカ版(本国Merckのアメリカ事業が独立したもの)。書籍だけでなくWeb上にも「The Merck Index」という、世界の化学者が使っている辞典を公開していることでも有名で、ここのサイトの数値なら情報ソースとして信用してもよさそうだ。それによると、
The LD50 of both caffeine and theobromine is reportedly 100-200 mg/kg, but severe signs and deaths may occur at much lower dosages, and individual sensitivity to methylxanthines varies. In general, mild signs (vomiting, diarrhea, polydipsia) may be seen in dogs ingesting 20 mg/kg, cardiotoxic effects may be seen at 40-50 mg/kg, and seizures may occur at dosages >=60 mg/kg.
(抜粋訳)カフェインとテオブロミンのLD50(致死量)は、情報によれば100〜200mg/kgとのことだが、重度な症状や死亡は、もっと少ない摂取量でも起こる可能性はある。一般的に、軽めの症状(嘔吐、下痢、多飲など)は20mg/kgの摂取量で見られる可能性があり、心毒性の影響は40〜50mg/kg、痙攣などは60mg/kg以上で起こる可能性がある。
とのこと。ここでも「100mg/kg」という数値は一定の効力を持っているようなので、まずはこれを致死量の基準として考えてみる。(抜粋訳)カフェインとテオブロミンのLD50(致死量)は、情報によれば100〜200mg/kgとのことだが、重度な症状や死亡は、もっと少ない摂取量でも起こる可能性はある。一般的に、軽めの症状(嘔吐、下痢、多飲など)は20mg/kgの摂取量で見られる可能性があり、心毒性の影響は40〜50mg/kg、痙攣などは60mg/kg以上で起こる可能性がある。
Veterinary Manual:Food Hazards:Chocolate(Merck Manual)
これがMerck Index。世界の化学者が使うほど信頼されているサイト……らしい(化学者じゃないのでちょっと分からないのだが) |
……考えてみようとは言ったものの、前述のようにテオブロミンの数値は市販チョコレートのパッケージにも公式サイトにも書いていない。せめて何か参考になる、信用に足る資料はないかと探していたら、独立行政法人 国民生活センターの調査結果を発見した。
高カカオを謳うチョコレートの成分分析結果なのだが、そこでテオブロミンについても触れてあったので、その部分を一部抜粋して、製品1つあたりのテオブロミン量を計算して追加しておこう。2007年末に実施したテストだが、中身はそうそう変わっているものでもないだろうし。
高カカオをうたったチョコレート(結果報告):PDFファイルです
製品名 | カカオ分の割合 | 100gあたりのテオブロミン量 | 内容量 | 製品のテオブロミン量 |
---|---|---|---|---|
明治ミルクチョコレート | 36% | 250mg/100g | 70g | 175mg |
森永ミルクチョコレート | 41% | 270mg/100g | 65g | 175.5mg |
ロッテガーナミルク | 33% | 220mg/100g | 70g | 154mg |
チョコレート効果 板カカオ86% | 86% | 990mg/100g | 65g | 643.5mg |
カレ・ド・ショコラ[カカオ70] | 70% | 610mg/100g | 117g | 713.7mg |
コートドール・センセーション インテンス 70%カカオ | 70% | 580mg/100g | 100g | 580mg |
リンツ・チョコレート エクセレンス・85%カカオ | 85% | 840mg/100g | 100g | 840mg |
一般的なミルクチョコレートの製品1枚で180mgほど、ダークチョコ1枚で(カカオの%による差は大きいが)700mgかそれ以上のテオブロミンが入っていることが分かる。ここに載っていない製品でも、ミルクチョコなのかダークチョコなのか,どのレベルの製品なのかを当てはめれば大体ブレはないと思う。
先ほどの「100mg/kg」という致死量は、読んで字のごとく「体重1kgあたり100mg」ということだ。これを小型/中型/大型犬の例に当てはめてみると……
チワワ(2kg) | 200mg | ミルクチョコ1枚強に相当 |
柴(10kg) | 1000mg | ミルクチョコ6枚弱に相当 |
ラブラドール(30kg) | 3000mg | ミルクチョコ17枚ほどに相当 |
が危険量(致死量)となる(あくまでも“致死量”であることに注意)。
つまりは、チワワだとミルクチョコ1枚丸々食べると「命の危険がある」ということで、これがオスのラブラドールだったりしたら、(数字上は)15枚食べてもなんとか大丈夫、というわけだ。もちろんVeterinary Manualの、
一般的に、軽めの症状(嘔吐、下痢、多飲など)は20mg/kgの摂取量で見られる可能性があり、心毒性の影響は40〜50mg/kg、痙攣などは60mg/kg以上で起こる可能性がある。
という部分を考えるならば、下回ってるからといってまったく安心はできないし、100mg/kg以下だったら食べさせていいという話になるわけではない。むしろ20mg/kgで症状が出る可能性も大いにあるわけだし。仮に20mg/kgで症状が出る想定で考えると、チワワ(2kg) | 40mg | ミルクチョコ1/4枚程度に相当 |
柴(10kg) | 200mg | ミルクチョコ1枚強に相当 |
ラブラドール(30kg) | 600mg | ミルクチョコ3.5枚ほどに相当 |
となる。
しかしこれらの数値から分かるのは、チョコレートの危険量というものは、一般的に考えられているよりは“余裕がある”(という言い方が適切かは分からないが)ということだ。なんとなく「食べたら死んじゃう」くらいに思われているが、麦チョコ3粒食べたからといって、中毒になって嘔吐が始まって痙攣して……というわけではなさそうだ。
しかし当たり前だが、これはあくまでも参考数値に過ぎないし、個々の犬の状態や体調によっても違う。繰り返しになるが,Veterinary Manualにあるようにミルクチョコを1/3枚食べたら嘔吐が始まり……という可能性だって十二分にある。もしあなたの家に置いてあるのがダークチョコだったりしたら、チワワであれば1/4ほど食べただけでも致死量に相当する。どうかそこは楽観的にならないでほしい。犬が大好きで食べて安全なものなんていくらでもあるんだから、何もわざわざチョコレートを犬に食べさせる必要はないだろうし。
この時期は、日本の多くの家にチョコレートが置かれている数日間なので、どうか間違って愛犬が口にしないよう、厳重な管理をしてほしい。
それでも何かの間違いで愛犬がチョコレートを口にしてしまった場合、まずは食べた分量を確認して、様子を見て、次に何をすべきかをよく考えよう。食べてから症状が出るまで大体2〜4時間と言われているので(むろん犬によって差はあると思うが)、遅くとも2時間以内には動物病院に行ったほうがよい。つまりは留守中に食べられてしまうと本当に危険なことになりかねないので、くれぐれも気をつけすぎるくらいの管理を。
余談だが、よく麦チョコや駄菓子などに書いてある「準チョコレート」というのはカカオ分15%以上のものを指し、準ミルクチョコレートというのは、カカオ分7%以上のものを指す。製品の裏などに書いてある「名称」の部分に必ず表記してあるので確認してみよう。ちなみに「チョコレート」の基本はカカオ分35%以上で、「ミルクチョコレート」の基本はカカオ分21%以上だ。これらはみな、日本チョコレート・ココア協会の「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」で定められている(公正取引委員会認定済) |