動物愛護を取り巻くいろいろなものの中で、もっとも“耳に優しい”、みんなが好きな言葉が「8週齢」。あえて“耳に優しい”と強く書いたのは、これが一筋縄ではいかない規制であることが、すでに動愛法(動物の愛護及び管理に関する法律)で示されているから。単に騒いでいるだけでは、(腹立たしいけれど)おそらくは変わることのない規制なのだ。
ちょうど1年ほど前の「札幌市の「8週齢努力義務」条例がもたらすもの」という記事(→こちら)でも触れたが、もう一度ここで動愛法の該当部分を抜き出してみよう。
札幌市の「8週齢努力義務」条例がもたらすもの(dogplus.me)
第二十二条の五
犬猫等販売業者(販売の用に供する犬又は猫の繁殖を行う者に限る。)は、その繁殖を行つた犬又は猫であつて出生後56日を経過しないものについて、販売のため又(また)は販売の用に供するために引渡し又は展示をしてはならない。
付則(平成二四年九月五日法律第七九号)第七条
法施行後3年間は45日、その後法律に定める日までの間は49日と読み替えて適用する。
詳しくは前回の記事を読んでいただければと思うが、これを思い切り簡潔に表現すると犬猫等販売業者(販売の用に供する犬又は猫の繁殖を行う者に限る。)は、その繁殖を行つた犬又は猫であつて出生後56日を経過しないものについて、販売のため又(また)は販売の用に供するために引渡し又は展示をしてはならない。
付則(平成二四年九月五日法律第七九号)第七条
法施行後3年間は45日、その後法律に定める日までの間は49日と読み替えて適用する。
ブリーダーは、生後56日(8週)を過ぎないと、犬猫を売ったりお店で展示したらダメです。……と急に言われても困るでしょうから、2016年の夏までは45日(6週と3日)過ぎたら売っていいですし、それ以降もまぁしばらくは49日(7週)過ぎたら売っていいですよ。
となる。つまり現在は、49日(7週)が過ぎたら販売してもいいわけだ。ここだけ読むと「あれ? 8週齢(生後56日)ってどこから来てる数字なの?」と思うかもしれないが、これが今回の記事のテーマである“付則第七条”にまつわる部分だ。動愛法の該当箇所を、前後含めて抜き出して(若干補足しつつ)見てみよう。法律の条文だしちょっと読みづらいけど。
出生後56日とするにあたって法律で定める日については、犬猫等販売業者の業務の実態、マイクロチップを活用した調査研究の実施等による科学的知見の更なる充実を踏まえた犬や猫と人間が密接な社会的関係を構築するための親等から引き離す理想的な時期についての社会一般への定着の度合い及び犬猫等販売業者へのその科学的知見の浸透の状況、犬や猫の生年月日を証明させるための担保措置の充実の状況等を勘案してこの法律の施行後五年以内に検討するものとし、その結果に基づき、速やかに定めるものとする。
とのころ。つまりこれ、いろいろなことを端折ってものすごく簡潔に、あえて否定的な見方をするならば「いろんな調査で科学的にそうであると証明されてみんなが理解しない限りは、生後8週齢規制は適用されません」と書いてあるのだ。もちろん、いつ8週齢規制が施行されるか一切明言していないし、施行される日を決める根拠についても、とても曖昧なままでぼかされている。というか、5年以内に“科学的知見”が出ない場合は、おそらくなかったことになってしまうものだ。百歩譲って、これは法律の条文なのである程度のバッファを持たせて曖昧なまま書いているのだとしても、
マイクロチップを活用した調査研究の実施等による科学的知見の更なる充実
を誰かが率先してやっているとは聞いたことがないし(やっている方がいたらぜひ教えてください!)、そもそも8週齢に関する科学的知見はヨーロッパの研究ですでに多く出ているというのに、業界の皆さんの言い分ときたら「そのまま日本に適用できるとは限らない」「犬種ごとに違うので一概にそれが正しいとはいえない」などの、およそオトナの会合とは思えない見解ばかりだ(環境省の愛護部会の傍聴に行ったときに実際にそう言っていた)。
つまり現時点では「科学的知見の更なる充実」がなされることはなく、このままでは未来永劫8週齢規制が施行されることはないというのが現状だ。
ここが懸案の「付則」事項(クリックで大きくなります)。「業務の実態」や「調査研究による科学的知見の充実」などを勘案して決める……とそれっぽいことが書かれてはいるが、その“実態”の内容や”調査研究”の具体的プランについてはいまだ明らかになっておらず、実効性の乏しさが否定できない |
そんな現状に業を煮やして「よし、科学的知見を作ればいいのだな」とばかりに動き出した人達がいることをご存じだろうか。TOKYO ZEROの、犬の社会化期に関する研究がそれだ。
TOKYO ZERO公式サイト
飼い主が愛犬と一緒にいるとき、飼い主も愛犬も、お互いに精神的安定を感じているわけだが、そのときは双方の脳内にドーパミンが出ている。しかし、生後間もない時期に適切な社会化をなされていない場合(8週齢前に親犬などから引き離されるなど)は、このドーパミン神経の発達が不完全なままで成長してしまい、ドーパミンが出にくくなっているのではないか、という仮説を立証しようという研究だ。
ドーパミンが出にくいということは、犬が精神的安定を感じる場面が少なくなり、結局のところ犬と飼い主が一緒に暮らしていてもお互いがイヤな思いをすることが増えてしまって、幸せな生活を送れないのではないか……ということだ。それが立証されれば、先ほどの“科学的知見”が一つ作られるわけで、8週齢規制を正面から変えようというときに大いなる助けとなる。
実際に脳内ドーパミンはホイホイと簡単には計れないので、この研究ではドーパミンとリンクしているオキシトシンを計測する。生まれた環境から生後8週齢未満で引き離された犬と飼い主、生まれた環境から生後8週齢以降に引き離された犬と飼い主、それぞれのパターンのオキシトシンを計測して比較検討しようという試みだ。
実はこの研究、昨年2016年の4月1日にTOKYO ZEROの公式サイトに掲載されたのだが、8週齢未満で引き離された犬と飼い主をまだまだ募集している模様。change.orgにも掲載された(→こちら)ようなので、今回改めて紹介してみた。
「犬の社会化期」に関する共同研究 協力者募集
「犬の社会化期」に関する共同研究 協力者をまだまだ募集しています!
生体販売ショップに行ったことがある人なら分かると思うが、いまだ8週齢未満の子犬を平然と売っている店舗もある。もちろんこれは“法律違反”ではないのだが、オークション会場などを経由してきたことを考えると「明らかにこれ7週より前に離されてるよな……」としか思えない週齢の個体も当たり前に売られており、業界の自主規制には何も期待できない暗澹なる気分になる。
以前どこかの調査資料で見たのだが、日本国内の犬は、その80%近くが生体販売ショップから来ているそうだ。つまりは、今回TOKYO ZEROが探している条件に合致する人はとても大勢いるはずだ。
しかし逆に、「8週齢」という言葉に反応するような、犬のことをちゃんと真摯に考えている人がTOKYO ZEROのキャンペーンやこの記事を読んでいるわけだし、そういう人達が「ウチの子は7週で生体販売ショップから買ったんですよ」とちょっと言いづらいだろうなぁ、という気もする。しかし採取自体はほんの2分ほどで済むことのようだし、日本の犬環境向上のために、ぜひとも協力してほしい。
これはれっきとした科学的調査なので、条件や方法などは細かく決まっている(調査するのは東京農業大学の太田教授だ)。ここでそのすべてを転記するよりは、TOKYO ZEROの公式サイトで内容をよく読んで、ふるって応募してほしい。
……ところで、条件の部分をよく読むと
東京23区内または神奈川県内の横浜市・相模原市・厚木市にご自宅があり、ご自宅での唾液採取が可能なこと
と書いてあって、居住制限がかなり厳しい。筆者も個人的に協力したいと思ったのだが、このエリア内に住んでいないので条件に合致せず、「採取した唾液を、送料こちら持ちで構わないのでクール宅急便で送ってはどうだろう?」と思って太田教授に直接聞いてみたところ,
オキシトシンを測定するための唾液サンプルは、各家庭に直接お伺いして氷の入った容器(4℃以下)に保存して農大に直接運びます。冷蔵庫やクール宅急便などでの保存も可能ではあるのですが、それはわずか2、3時間だけのことでして、それを超えるとサンプル内のオキシトシンが明らかに減少していってしまいます。もともとこの調査は、少しでも多くの人にご協力いただくためにサンプルを取りやすい方法を採用しており、実は検出限界ギリギリなのです。ですので、少しでも信用のおける方法で採取させていただきたく思います。
というとても丁寧なお返事をいただいた。残念。また、「8週齢規制」を実現するにあたって必要な“科学的知見”とするためには、やはり著名な学術誌にこの研究結果を公開する必要があるだろう。そうなると重要なのはサンプル数であり(少ないサンプルで結果を結論付けるわけにはいかない)、エリア内に住んでいる人は、ぜひとも協力をよろしくお願いします!