そのときのセミナーのスピーカーは、サイトハウンド界では名の知れたブリーダーであるJay Ito(ジェイ伊藤)氏。日本ではほとんど表舞台には出て来ないし、氏が国内で参加するドッグショーも限られているので、“知る人ぞ知る”ブリーダーだ。氏は国内の一般飼い主に向けてのアクションはほとんど取らず(もちろん大手ショップに子犬を流すようなこともせず)、世界を主戦場として活躍するブリーダーなわけだが、あのときセミナーでドッグショーについての話を聞いたときに、「この人に“ブリーディング”についても聞いてみたい」と思ったのが、本記事の発端だ。
「いい犬」とは何かーー世界で活躍するブリーダーが、日本の“いい犬”とドッグショーについて語る
Jay Ito(伊藤ジェイ) 1960年京都生まれ。J.A.Y.JP犬舎主にして、JKC公認10G、4G、単犬種ジャッジでもある |
いまの日本では“ブリーダー”という言葉がさまざまな意味を持っていて、聞く人によって解釈が多様に異なるわけだが、いわゆるシリアスブリーダーが表立って話をすることは、あまりない。メディアに露出されて目立つことによる軋轢を危惧しているのか、“ブリーダー”として表に出ることによってパピーミルと混同されることを避けようとしているのか、その本心は分からないし人それぞれだと思うが、あけすけに話をしてくれるシリアスブリーダーはとても貴重だ。
前回の氏の主張が正しいとか間違っているとか、いろいろな意見があると思うが、個人的に実はそこはそれほど重要ではない。まず重要なことは「ブリーダーとしてのちゃんとしたポリシーを持っているかどうか」ということであり、その一点において、Jay氏に大きく興味を持った次第だ。
そんなわけで今回は、Jay氏個人の話を混ぜつつ「ブリーダー」について聞いてみることにした。
前回に引き続き予め述べておくが、本記事はブリーダー個人の見解と筆者個人の見解で進められているインタビューだ。当たり前だが、どちらも個人の見解でしかない。この手の話題は非常にセンシティブな一面もあり、賛同と同時に否定もされると思われるが、むろん、書かれていることがすべて正しいことであると言い切るつもりはないし、押しつけるつもりもまったくない。Jay氏という、ブリーダー歴/ドッグショー歴の長いプロフェッショナルの見解には少なくとも一定の真実を含んでいると筆者は思っているが、それも含めて読み手である皆さんの判断次第だ。
犬という“生き物”を話題の中心に据えるにあたって、数学の公式のような絶対的な正解というものはおそらく誰にも分からない。だからこそ、いろいろな人が研究し、見解を述べ、そこからまた新しい考え方が生まれ、それが次の研究につながるわけだ。そんな中で、みなさんが「犬」を取り巻く環境を考えるときのベースとして読んで、そして実際に考えるときの素材にしてもらえれば、そんなに嬉しいことはない。どうかそのあたりをご承知のうえ、お読みいただきたい。
Jay氏のボルゾイを代表する一頭。MBISS US CH J.A.Y. Seabury JP Affectionately(2000全米展BISS、2001ウエストミンスターBOB、2002全米展BOS)。写真は →こちら からもどうぞ |
ーー再びよろしくお願いします。今回はブリーダーとしてのJayさんへのインタビューなので、まずブリーディング経歴から教えてください。
ずいぶん昔の話になりますが、19歳の時初めてボルゾイを飼って、本格的なブリーディングの経歴もそこがスタートになりました。ボルゾイを最初にイタリアン・グレーハウンド、グレイハウンド、サルーキの順にサイトハウンドばかりブリーディングを行ってきて、今はサルーキをやっています。
ーー元々犬のブリーダーになろうと思っていた?
いえ全然。そもそも今でもそうですが、犬の出産はちょっと苦手です(笑)。
ーーではきっかけはなんだったんでしょう。スポーツ選手みたいに「見てあこがれる」職業というわけでもないですし、そこがちょっと興味あります。
そうですね……「自分が最も素晴らしいと思うボルゾイが欲しかったから」ですかね。もしも私が「これは素晴らしい!」と思えるボルゾイを、お金を払うことで確実に入手できたのであれば、ブリーダーにはなってなかったと思います。
ーー「自分が最も素晴らしいと思うボルゾイ」と気軽におっしゃいますが、普通はそれを自分で作り出そうとはしないですよね。
そうですね。当時も、私の好きな個体はみんなトップクオリティで、ということはもちろんそれぞれにオーナーがいるわけで、思うようにはいきません。そんな中、幸運にも1993年に、その年の全米No.1とその娘を手に入れることが出来ました。
ーーそこがブリーディングのスタート?
ええ。この2頭を交配すれば「全米ランキングに入るボルゾイ」が出来るんじゃないかと感じたんですが、それが最初のきっかけです。つまり私にとって、ブリーディングは“生きているデザイン”という発想だったんですね。
ーーというか「全米No.1」はJayさんにとって「最も素晴らしいと思うボルゾイ」ではなかったんですね……。しかしお話を聞く限り、よりスタンダードに即した個体を残すというよりは、自らの“美”を追求するためのアクションだったんでしょうか。
そうなります。でもそれだけ聞くとなんだか自分勝手に聞こえるので自己フォローしておきますが、重要なポリシーは、「できる限り少ない頭数で、ブリーディングの回数も可能な限り少なく、トップクォリティの犬を作る」ということです。
血統にチャンピオンがいるとかショーでいい結果を残したとか、そういうことは重要ではない
面倒くさい質問にも真摯に答えてくれた。今回もまたお世話になりました |
ーーやたらめったら集めて手当たり次第に交配させて、いいやつを残して次につなげるという不毛な消耗戦ではないわけですね。でもそれで(ブリーダーとしての)結果が追いつくものなんですか?
まったく問題ないですよ。それは証明済みです。ボルゾイは5胎取りましたが、全米No.1、ウエストミンスターBOB、全米展BOB、単独展BOB、北欧ウィナー、全米展ブリーダー賞、JKC本部展BOBなどを含んだ、アメリカCh8頭、北欧3か国Ch1頭、JKC Ch5頭という結果ですから。
ーーというか5胎しか取ってないんですね。ほかの犬種も同じポリシーなんでしょうか。
イタリアン・グレーハウンドはーーいまはやっていませんがーーアメリカCh2頭、JKC Ch1頭、JKC本部展BOBですし、グレーハウンドの3胎は、フィンランドNo.1、全米ランキング、本部展BOBを含めたアメリカCh1頭と北欧Chを1頭、それとJKC Ch4頭です。
ーーいまメインでやっているサルーキについては?
サルーキはいま一番気合い入れてますよ(笑)。3胎中で、全米展クラスウィナー、全米クラブブリーダー賞などを含んで、アメリカCh10頭、イタリアCh1頭、欧州複数のジュニアCh3頭、JKC Ch2頭をブリーディングしています。またサルーキに関しては、7頭産まれた1胎のすべてがアメリカChになった、俗に言う「チャンピオンリター」をブリーディングしました。
ーー「少ない胎で最高の個体を作り出す」というそのポリシーは、いわゆる“犬屋”とか“パピーミル”とは明らかに一線を画したものであることは私でも十分に理解できるんですが、ではそんなJayさんが思う、「ブリーダーが成すべきこと」はなんだと思いますか?
犬種スタンダードに沿ってブリーディングを行い、後世に残していくこと……でしょうか。
ーーではその“成すべきこと”を実践する良いブリーダーになるためには、最低限どういうことを心がけるべきでしょうか。
最低限犬種スタンダードを理解して、少なくとも一定の評価を受けた血族の中からスタンダードに沿った個体を用いてスタートするべきです。血統書だけ見て、先祖にはどこそこのチャンピオンがいるとか、ショーでいい賞を取ってるとか、そんなことに惑わされて勘違いをしたらダメです。
ーーあと割と一般の飼い主さんなんかだと「ウチの犬の子どもが見てみたいから」とかいう理由でブリーディングしちゃったりするんですよね。
あぁよく聞きますね。自分の愛犬の子どもを見てみたいというだけで交配しちゃダメです。
グレーハウンドのブリーダーとしてもかつて名を馳せた。BIS Jap CH J.A.Y. JP Zipang Culidus |
自分の感性で、自分がブリーディングしたい犬種の特性を理解し、健全性を念頭にして自分の好きなタイプの血統の個体を数多く見て……そうですね、自分なりに少なくとも2代先くらいまで確実に姿をイメージして、ブリーディングすることでしょうか。
ーー自分がブリードしようと思う犬種は、どのようにして決まったんでしょうか。
私はデザイン関係の仕事をしているので、サイトハウンドはデザインという観点からとても気にいっているんです。
ーー「造形」という話ですか?
ええ。サイトハウンドは「動くデザイン」だと思っているんです。その美しさが好きなので、サイトハウンドであるボルゾイからスタートした感じです。
ーーサイトハウンド以外の犬種に挑戦してみたりとかは?
2013年のことですが、私に新しい家族が増えました。その息子のために何か良い犬種を……と探しているとき、ヨーロピアン・ゴールデン・レトリーバーが良いのでは、とアドバイスされたんですね。なので探していたところ、ヨーロッパにいるヨーロピアン・ゴールデンのブリーダーから輸入するのは非常に困難だと聞き、それならばと私のチャレンジ精神が頭をもたげ、ヨーロッパから輸入をするべく探しはじめました。
ーーゴールデン・レトリーバーとはまた全然違う犬種ですね……。
そうですね。確かにサイトハウンドからはちょっと離れました。
ーーそれで、輸入はできそうなんですか?
スウェーデンNo.1の種オス x ワールド ジュニアウィナーのメスという組み合わせを見つけたのでコンタクトを取って、私の今までのサルーキのブリーディングを説明して納得してもらい、先方のブリーダーから出された条件面をすべてクリアしたので、セカンドチョイスのメスを輸入しました。
これが、輸入したヨーロピアン・ゴールデン・レトリーバー |
ーーいきなり連絡したのにセカンドチョイスですか。(編注:欧米のシリアスブリーダーは一般的に、生まれたパピーには優先交渉権のようなものがあり、“パピーを預けるに値する”と認めた相手から順番に選ぶ権利を得る)
ええ。それで今年からそのメスで、ヨーロッパで懇意にしているブリーダー達と相談しながら、トップクラスの血筋を使ってブリーディングをスタートしています。次にはゴールデンのインターナショナルChが来ることが決まっているので、そっちもとても楽しみです。
ーーそういえばアザワクどうなりました?
元のブリーダーに返しました。
なにぶんああいう珍しい犬なので、純粋にビジネス的に考えれば、1胎とればすぐ売れたと思います。でも、日本人の犬に対する考え方と、もともと持っているアザワクの性格を照らし合わせて考えると、ちょっと家庭犬としてはそぐわないのではないかと。
ーーそれはJayさんが飼育している中で思い当たった?
ええ。やはりまだまだ野性味も多く残っているし、大型犬かつサイトハウンドですから。自分で飼っていく中で「これはちょっと日本ではまだ無理だな」と思って、元のブリーダーに返しました。
ーー確かにそうかもしれませんね。せめて数代を経てキチンとブリーディングされて、野性味がいくばくかでもやわらいだあとであればいいんですが。
ブリーダーにとって大事なことは「無駄な命を作らない」こと
ーーそうやって世界で活躍するJayさんにぜひ聞いてみたかったんですが、国や地域によってブリーダー像というものに差はあるんでしょうか。
まず当たり前ですが、やはり地域によって人気犬種が違いますし、犬のレベルも国ごとに違うように思います。
ーーブリーディングに対するポリシーみたいなものについてはどうでしょう?
そこも違いますね。前回ちょっと触れましたが(→記事参照)、大まかに言ってヨーロッパでは“ペットの延長線上”でブリーディングを行っていますが、スタンダードの理解力が日本より進んでおり、例え自分の可愛い愛犬でも、スタンダードから外れていればブリーディングに使うことはありません。
しかしアメリカでは、ブリーダーとファンシャーとは、ある程度線引きがされており区別されているように感じます。それはAKCの登録の違いにも現れていて、ヨーロッパでは日本と同じように1胎登録なんですが、AKCでは個体登録で、しかもフル&リミテッドに分かれていたりします。
最近の犬の代表はこれ。MBIS Int Jap Ch Asian-W-14 Jap-W-15 J.A.Y. JP Love at First Sight |
ーーしかし、Jayさんが世界を主戦場にして活躍する理由はどういうものなんでしょうか。「犬をブリーディングして生計を立てる」だけなら、正直なところ国内でやってるのが一番いいじゃないですか。それでも「理想の犬を作る」ことに障害はあまりないでしょうし、なにより犬の輸送費だって相当なものだと思いますし。
確かに食っていくだけならそれでもいいかもしれませんが、元々私は「世界へ通用してこそ一流」という思いが強いので、活躍の場を世界に向けたのは、自分の中では自然の流れなんです。
ーーでは、いまからブリーダーを目指そうという人に、これだけは伝えておきたいということはありますか。
一般にブリーダーを目指すといっても、何が目的でブリーダーになりたいかによって異なります。自分のブリーディング理論は先程答えましたが、自分を基本に考えれば、少数精鋭でトップクラスの個体を作るということです。自分の作りたいタイプを明確にイメージして、タイプがぶれず、一貫性のある自分のタイプを作り続ける。そして無駄な命は作らない。ここが大事です。
ーーなるほど。では実際にブリーディングを始めるときはいかがでしょう。
そのときに一番大事なのは、ショー歴よりもブリーディング・クオリティの高いメスを手に入れることです。できればベストクオリティなものがいいですね。ショー歴とブリーディング・クオリティがマッチしないことも多々ありますから。あとは、海外から輸入した場合、その“血”を守ることでしょうか。
ーーJayさんはそれを実践している、と。
ええ。例えばサルーキの場合、私は海外から合計4頭のメスをブリーディング目的で輸入しましたが、その内ブリーディングに使ったのは1頭だけです。確かにほかの3頭もクオリティの高い個体でしたし、ブリーディングに使っていればチャンピオンを完成する程度の一定の評価のサルーキは作れていたでしょう。しかしそれらでは自分がイメージするサルーキは作れないと感じたので、ブリーディングには使いませんでした。
上で載せた“Love at First Sight”の娘が、このJap Ch J.A.Y JP Persian Love Song |
ーーそのこだわりは理解できたんですが、そうはいってもチャンピオンが作れそうなレベルではあったのなら、当初の予定どおりブリードしてもよかったのでは。
いや、仮にトップクオリティの個体であっても自分のタイプでなかった場合、それがショーで高い評価を受けても嬉しくありません。
現にその中の1頭はオーストラリアChで、私がブリーディングした、2014年ペディグリーアワードをもらったオスとのブリーディングの予定で輸入しましたし、日本に到着後私なりにジャッジしたところ、動きも構成も、日本のショーに出したら良い成績を獲得するであろう個体でした。
ーーでも自分の目指すものとは違った?
そうです。私の目標とするタイプとは違っていて、このメスからは私のイメージするサルーキは作れないと判断したため、ショーにもエントリーせず、ブリーディングにも使わず、友人に無償で譲渡しました。
ーー使わなかった個体の行き場があってホッとしました。しかし素人考えでは“凝り過ぎ”にも思えるんですが。
そうかもしれませんね。でも“クオリティが良いから”という安易でシンプルな観念だけで、輸入にかかった費用を取り戻すかのようなブリーディングは、私はしません。やったことないとご存じないと思いますが、海外から個体を輸入すると莫大な時間とお金がかかるので、そういう形で元を取りたがる人が多いのも事実です。
ーーでは視点を変えて、海外から輸入しようと思ったときに出来るだけリスクを減らしたい場合はどう振る舞うのがよいんでしょうか。
そうですね……まず海外から安易に輸入をしないことです。海外の犬だからといってすべてが良い犬なわけではないですし。あとブリーディングに使う場合は、片方が自分の手がけたブリーディング犬であること、そしてもし興味がある個体を見つけた場合、画像だけで判断するのではなく、実際に現地まで行ってチェックすることです。
ーー現地でのチェックにあたって注意すべき点はなんでしょう。
横からだけでなく、前や後、上からなどキチンと見て写真に撮ってビデオに収めて、さらにその個体の父親のほかの子どもも見に行ったほうがいいと思います。
ーーそこまで……必要ですか?
必要です。そうすることで、無駄な個体を輸入したり、ひいては無駄な命を作り出したりしなくてよいのです。また“ブリーダー”としての見解を追加するならば、欧米からの問い合わせが見込める組み合わせとクオリティに注力することも重要です。
ーーなるほど。
そもそも業界を取り巻く環境が、シリアスブリーダーにとってはマイナス要因?
ーーいままでずっとブリーティングの話をしてきましたが、私はブリーディングに関しては素人ですし、どちらかというと「一般の飼い主」に近い感覚を持っていると思っています。そんな私は、ブリーダーが命を売買して生計を立てるという部分に、やはりいくばくかの抵抗を覚えてしまうというのが正直なところです。
言わんとしていることは分かりますよ。
ーーとはいえブリーダーがいなければ、長い目で見れば我々も犬と一緒に暮らすことは難しくなり、犬業界ーービジネス的な意味ではありませんよーーも縮小していくだろうというのは容易に想像がつきます。なにより、純血種が純血種として保たれなくなるでしょうし。そんなジレンマについていつも考えるんですが、Jayさんはその問題に対して何か明快な解答を提示できますでしょうか。
そうですね……日本では、欧米と違ってまだまだブリーダーに対する認識が低いように思います。なのでそう考えてしまうのもあながち否定はできません。パピーミル(子犬製造工場)もーーまぁこれはブリーダーではないですがーー日本には数多く存在しますし。
ーーパピーミルはもちろん、キッチンブリーダーでさえ十把一絡げで“ブリーダー”と呼ぶのはホントに悪い習慣ですよね。ここは明確に用語を分けるべきだと思います。生体販売ショップで「私が育てました。ブリーダー:○○さん」という札を見るとげんなりします。
そこは確かにそうですね。同じだと思われるのはさすがに心外です。あとそういう問題以外に、動物関連の仕事をしている人達のブリーダーに対する批判も、ブリーダーに対するイメージを悪くしている要因のように思っています。
パピーミル(Puppy Mill)の存在は、日本だけではない。アメリカはもちろん、東欧などにも多いようだ(→参考記事) Photo by Meredith Lee / The HSUS |
ーーそれは例えばどんなことを指してますか?
日本の場合、一番分かりやすいのは獣医でしょうか。獣医って“医者”ですから、格付け的にはトップに位置づけられてますよね。
ーー確かにそうですね。なにせ“医者”ですから、獣医の言うことをなんでも鵜呑みにしてしまう人は多いです。まぁ自分もかつてはそうだったわけですし、もちろん全部が間違っているわけはないんですが。
その獣医も、欧米とはずいぶん違っています。今回の話題に関連付けて言うならば、例えば欧米ではブリーディングを行ないながら犬を勉強をする獣医が数多くいるんです。日本ではそれは御法度みたいですが。
ーーお、そうなんですね。獣医もブリーディングくらいすればいいのに、と思ったことはあります。ときたま「ホントに犬のこと知ってるのかな……」と不安になる獣医っていますから……。犬も猫も飼ったことないとか。
まぁ仕方ないですよ。獣医大学は大動物が基本で、犬猫についてはそのほとんど知識は獣医大学を卒業後、勤め出してから覚えると聞いたことがありますから。
ーーそれ私も聞いたことあります。獣医学科では“大動物”(牛や馬)が基本で、犬猫については少ししか学習しないと。まぁそれも昔の話で、最近はずいぶん変わってきたのかもしれませんが。
*参考*
北里大学 獣医学部カリキュラム
http://www.kitasato-u.ac.jp/vmas/class/undergraduate/curriculum/
北海道大学 獣医学部カリキュラム
http://www.vetmed.hokudai.ac.jp/departmentnew/schedule/
日本獣医生命科学大学 獣医学科カリキュラム
http://www.nvlu.ac.jp/veterinary-medicine/about/004.html/
日本大学 生物資源科学部 獣医学科カリキュラム
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~vethome/subject/curriculum/index.html
ともあれ獣医は“サービス業”みたいなものですから、診察時に「これは飼い主の責任かな?」と思っても、それをそのまま飼い主に伝えると信頼関係が壊れて自分のところから離れてしまうので、何でもかんでもブリーダーの責任にして話をすり替えるというのがよく見受けられます。北里大学 獣医学部カリキュラム
http://www.kitasato-u.ac.jp/vmas/class/undergraduate/curriculum/
北海道大学 獣医学部カリキュラム
http://www.vetmed.hokudai.ac.jp/departmentnew/schedule/
日本獣医生命科学大学 獣医学科カリキュラム
http://www.nvlu.ac.jp/veterinary-medicine/about/004.html/
日本大学 生物資源科学部 獣医学科カリキュラム
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~vethome/subject/curriculum/index.html
ーーなるほど。確かに日本の犬の大半は生体販売ショップ出身ですし、顔も知らないパピーミル相手であれば獣医も言いやすいしお客さんも納得しやすいかもしれませんね。
それもそうですし、そもそも日本の獣医は外科的/内科的以外の「犬種による違い」をほとんど知らないように思います。
ーーイタグレのレントゲンを観て「心臓が大きすぎるから病気では?」と言ったり、サルーキーの血液検査の結果を見て「この白血球の数値は異常です」って言ったりするアレですか?
そう、そういうやつです。挙げ句、なまじ健康診断なんかした日にはわけの分からない数値を説明されて、“予防という名の病気”にされて色んな薬を勧められたりとか。そういう人がいるのは事実ですね。
そこまでひどい例でなくても、例えば私が昔やってたイタリアン・グレーハウンドの場合、獣医はおそらく100人中95人くらいが、犬種の特性として「骨折しやすい犬種」と言うと思います。しかし、ちゃんとイタグレを飼うのに適した環境と飼い方であればほぼ骨折はしないわけで、獣医が言うべきことは「イタグレが骨折しないような環境と飼い方をアドバイスすること」であるべきです。骨折しやすい犬だから骨を強化するサプリを与えましょうとか、骨折したときの手術代が大変だから保険に入っておきましょうとか、そういうことではありません。
ーー病気のこわさを説明してから、その予防のために超早めの避妊や去勢を一方的に勧めたりする人もいますね。避妊/去勢はメリット・デメリットがそれぞれあるから、ちゃんとそれを説明してから飼い主に選択させるべきだと思うんですが。
そうですね。そういう獣医が、いろんなことをブリーダーのせいにして商売しているおかげで、ブリーダーの立場が低くて理解されないままなんじゃないかと思っています。そういう意味では、自然素材や無添加を売りにしているドッグフードメーカーも似たようなものですけど。
ーーといいますと?
以前、そういう製品を売りにしていたフードメーカーと話したことがあるんですが、その人が言うには「私共のフードを使っていただければ、アレルギーも出ないし関節系統にもいい効果があります。いまそういう問題を抱える犬も多いですから」とのことで、それって要するにパピーミル出身の犬の話をしてるんですよね。
私は、自分のブリーディングについては遺伝や関節系統について十分考慮してやっているのでそういう問題は起きないと思っていますし、そのように説明したところ「あなたのようなブリーダーがごく少数で助かります。パピーミルがいなければ、私どもの製品は売れませんから」と言い放ちました。
ーーいやさすがにそれはない……ですよね?
実話です。結局のところ獣医もフードメーカーも、自分の評価を上げるためにブリーダーを悪者にしているというわけです。
ーーであればやはり、「パピーミル」「シリアスブリーダー」を明確に分ける用語はあったほうがいいと思いますね……。しかし本当の意味での「一般の飼い主さん」からすると、“ブリーダー”という言葉はさまざまな意味を内包していて、実のところパピーミルも繁殖屋も、シリアスブリーダーも「よく分からない」人が多いと思うんです。抱えてる繁殖犬の頭数だったり、子犬を流す先だったり、いろいろな部分が違うのはよく理解しているつもりですが、Jayさんから見て本質的に違う部分はどこだと思いますか?
うーん……その質問に明確に答えるのは難しそうなので、少し質問を変えてもいいですか?
ーーどうぞどうぞ。
まず最初に、パピーミルなどの繁殖屋とシリアスブリーダーの明確な違いについてですが、年間の繁殖回数ですね。どんなに環境と体裁を整えたところで、そこは絶対に違います。子犬をキチンとメンテナンスして育て上げることを考えると、年に1、2回がせいぜいだと思います。
ーーそれはメス1頭につき年1回という意味ではなくて、犬舎全体での話……ですよねきっと。
そうです。犬舎全体で年に何度も子どもを産ませていては、ちょっとくらい人がいたからといって、まともなメンテナンスができるわけありませんから。産まれてからしばらくの間は大忙しのはずですしね。
ーーなるほど……。ほかにも何かありますか?
続いては、ショーブリーダーと商業ブリーダーの違いです。ここには割と明確な差があると思ってまして、ショーブリーダーは「同じ組み合わせでのリピートブリーディング」はしません。
ーーええとそれは、AというオスとBというメスを1回かけたら、2度目はしないということですか?
そうです。読んで字のごとく“リピート”はしないものです。
ーー正直に言いますが、実はいまちょっと驚いています。マヌケな質問だったら申し訳ないんですが、それはなぜでしょう。
結果が1度出ているからです。いまの例で言うなら、AというオスとBというメスの組み合わせでどういう子どもが出来るのかは分かっていることなので、2度やる必要はないんです。
ーーでもその組み合わせで素晴らしい子どもが生まれたら?
その子どもを、同じく素晴らしい相手とかけて、さらに良い個体を作ればいいじゃないですか。
ーーすみません、浅はかでした……。しかし例外なくリピートしないんでしょうか。
いやもちろん例外はありますよ。例えば「素晴らしい子どもが出来るはずなので、その中で一番素晴らしいメスと、いまここにいるオスをかけて……」と思っても、メスが産まれない可能性はありますし、実際にそういうことはたまにあります。そういう場合に限ってリピートしますね。それでも2年くらいは時間をおきますけど。
ーー2年……!
それくらいおかないと母体の健康に影響しますから。
ーー聞けば聞くほど、ショーブリーダーというのはそれはそれでどこか“違う世界”を歩いているような気がします。
素晴らしい個体を後生に残すことがミッションなわけですし、そんなに違和感ないですよ。
ハイクオリティブリーダーなら「3犬種」が限界
ペットとして一般家庭に迎えられる動物にとって、もっとも大切なことは「性格」。そしてそのもっとも大切なことは、血統書からは決して分からない |
そうですね。やはり、ペットとしての飼育を考えた場合、性格が何よりも一番重要でしょう。そしてまともなブリーダーであれば、およそその部分については考慮していると思います。
しかし一口に“性格”といっても、それは犬種によって異なるものなので、すべてをブリーダー任せにするのもまた違うと思います。
ーー遺伝半分、環境半分、というやつですか?
ええ。例えば……端的な例で言うと、ゴールデン・レトリーバーとサイトハウンドでは、そもそも元の性格が違いますよね。性格形成をしていく上では、遺伝的なものもむろん重要ですが、ゴールデンよりもサイトハウンドの方が、性格形成において飼い主が担うべき役割が多いと思いますよ。
ーー確かにその例はなんとなく理解できます。ではそういったことも鑑みつつ、我々一般の飼い主が「よいブリーダーさん」に出会うには、どこに気をつけるのが一番よいでしょうか。
それは非常に難しい質問ですね。私自身がブリーダーなのでいささか答えづらいということもありますし、何をもって「良い/悪い」を判断するのかを決めるのが非常に困難です。そのブリーダーが、何を目的にブリーディングを行ってるかによって、良い/悪いのニュアンスは全然変わってくると思いますよ。
ーーでは質問をちょっと変えます。パピーミルはハナからここでは話題にしないとして、シリアスブリーダーにとって一番大事な点はなんだと思いますか?
飼育頭数、場所の広さ、設備、環境、頭数に応じたスタッフの数……といったところでしょうか。もちろんブリーディングしている犬種に愛情があるのは当たり前です。ただ経験則上、それらをある程度満たしていたとしても、訪問時に糞尿の匂いがしたり清潔感に欠けていたりする場合は、すべてにおいて犬に対しての“気遣い”がないような気がします。
ーーなるほど。あとこれは素人考えですが、一人で5犬種6犬種ってブリーディングしている人は、なんかちょっと信用しづらいんです。「ホントにこれ全部の犬種について分かってるのかなぁ」と。そのあたりはプロから見てどうなんでしょう。
ショー用のハイクオリティな個体をブリーディングする場合などは、3犬種が限度な気がしますね。そもそも広さもちょっと厳しいことになるでしょうし。
ーーいまのご自分の環境はどんな感じなんでしょう?
私は今5頭飼育していて、自宅の敷地90坪に対して犬に使っているのは50坪ほどです。犬舎は、幅7m×奥行き2.5m×高さ2.3mです。それくらいは欲しいですね。その中を3つに区切って、それぞれの壁にペットドアを付けて、24時間いつでもランに出入りできるようにしてあります。
ーーよくバリケンに入れておくブリーダーさんの話も聞きますが。
私の犬舎にはバリケンはないですよ。車と飛行機に乗せるとき以外はバリケンに入れたくないので。あと犬舎内に水洗トイレのような設備を付けて排せつ物を流せるようにして、犬舎とは別にトリミングルームを設けています。一通りのメンテナンスはそこで完結できます。
ーーなるほど、いろいろありがとうございます。では最後になりますが、良いと思ったブリーダーさんを選んで、いざ子犬が生まれたとき、例えば1胎6頭の子犬の中から「好きなのを選んでいいよ」と言われた場合の、よいパピーの選び方を教えてください。
それもまた難しい質問ですね(笑)。あなたが犬に何を望むのかによって選び方が違ってきますが、一般的にはブリーダーにアドバイスを受けながら選ぶのが良いでしょう。
あえて私からのアドバイスを述べるとすると、前から見たときにある程度幅があり、肩の角度がしっかりとある個体を選ぶのが賢明です。小型犬の場合、1胎の中で皮に余裕が有ったり、鼻鏡(鼻の表面)が大きかったりする個体は、その1胎の中で一番大きくなる傾向にあると思います。大きくて健康な子が欲しかったらそうやって選ぶのもいいんじゃないでしょうか。
ーーありがとうございました。
繰り返しになるが、本記事は個人ブリーダーの見解を中心にして構成されている。これが絶対の真実であるというつもりはないし、正解であることを押しつけるものではない。
この話題に、おそらく“絶対の正解”などというものは存在しないだろう。そもそも人によっての認識レベルがあまりにも違うし、あるいはそれは、時代と共に変わっていくものなのかもしれない。一般の人に「ブリーダー」と言ったときに想像するのは、おそらく生体販売ショップに子犬を“出荷”している人達のことだろうし、我々が子どものころは、犬は一生ずっと庭の小屋につながれているものだった(今でも田舎に行くと、多くの和犬がそうだ)。
絶対の正解は存在しないかもしれないけれど、少しでも犬を取り巻く環境が良いものになってもらいたい。そのために、いろいろな人が思う“正義”を聞いて、文字にして、記事として残しておきたいと思っている。いろいろな人のさまざまな考え方を知って、それを自分の中で昇華させ、多くの人が思考と議論を重ねることによって初めて、犬を取り巻く環境は少しずつ良くなっていくのだと思う。