2月に入ってから犬猫好きな人達を賑わせている話題といえば、sippoの記事で火が付いた、札幌市の市動物愛護管理条例案の「生後8週間までは親と子を一緒に飼育することを飼い主の努力義務とする」という内容だ。本日2月17日から始まる市議会に提案し、10月からの施行を目指しているとのこと。
このへんの話を普通に聞きかじっただけだと「でもそれって国で決まってることだよね?」と勘違いしがちだが、国の法律である動愛法(動物の愛護及び管理に関する法律)を見ると、
第二十二条の五
犬猫等販売業者(販売の用に供する犬又は猫の繁殖を行う者に限る。)は、その繁殖を行つた犬又は猫であつて出生後56日を経過しないものについて、販売のため又(また)は販売の用に供するために引渡し又は展示をしてはならない。
という条項の、遠く離れた場所に付則第七条として
法施行後3年間は45日、その後法律に定める日までの間は49日と読み替えて適用する。
という内容が書かれているのが分かる。一読しただけだと理解が難しいが、これは、条文中の「56日」が(法施行から3年後の)2016年8月いっぱいまでは「45日」、それ以降は「あとでまた日程を決めるまではずっと49日」とされており、現段階では8週齢規制として事実上効を成さないものになっているのだ。語弊を承知で思い切り簡潔に書くと、
ブリーダーは、生後56日(8週)を過ぎないと、犬猫を売ったりお店で展示したらダメです。……と急に言われても困るでしょうから、2016年の夏までは45日(6週と3日)過ぎたら売っていいですし、それ以降もまぁしばらくは49日(7週)過ぎたら売っていいですよ。
と書いてあるわけである。とくに最後の部分があまりに杜撰(ずさん)すぎて、実質的な骨抜き条項でしかない。56日規制になる基準日も示されていなければ、それを決めるための根拠や検証手順なども明確になっていない。「5年以内に検討」すると書かれてはいるが、その内容については曖昧なまま。極端に言えば、うやむやなまま、なかったことにさえできるだろう。これには、動物関係の業界団体や、それらと深い関係にある一部の国会議員の猛反発があったであろうことは想像に難くない。
しかしこの付則付きの条文は、内容がイマイチとはいえ国が定める「法律」なので絶大な影響力を持つ。これがあるがゆえに各自治体は、仮に自分達でちゃんとした愛護条例を作りたいと思っても、なかなかフットワーク軽く動けないというのが実情だ。地方自治体が、国が定めた法律を上回る内容を作るのは、とても難儀なことなのだ。
そんなさなかに札幌市が出してきたのが、「8週齢を努力義務とする」という内容案だ。正確に書くと「犬及び猫にあっては、生後8週間は親子を共に飼養してから譲渡するよう努めること。」というもの。“8週齢”の文言が、付則条項なしに法や条例などで明文化されようとしているのは初めてのこと。“飼養してから”とあるので飼い主向けの条文に見えるかもしれないが、むろんこの“飼養”は繁殖業者や生体販売ペットショップなども含まれる。sippoの記事によれば
「動物が動物らしく暮らせ、飼養されるような条例案にしたいと考えた。施行後は、8週齢規制の努力義務化について、犬猫等販売業者に通知、指導していく」(向井猛・市動物管理センター所長)
とのことで、まさしく地方自治の鏡。罰則規定があるわけではないし、強制権が発動できるわけでもないが(やはり一般人としては罰則規定が欲しいですよね)、市の条例として「8週齢」が明記されるというその最初の一歩は大きいものだ。規制へと向かう先駆けとなれるよう、良い結果に結びつくことに大いに期待したい。
2月10日には、これに関するパブコメのまとめが掲載されたので、そちらも合わせて参考にしてほしい。とりわけ「札幌市動物の愛護及び管理に関する条例・同条例施行規則(案)に対する市民意見の概要と札幌市の考え方」については、市の考え方がよく見える資料となっている。
生後8週まで犬猫は親元に 札幌市「飼い主の努力義務」全国初の条例化へ(Sippo)
動物愛護管理法(環境省)
札幌市動物の愛護及び管理に関する条例の制定について(札幌市)
札幌市動物の愛護及び管理に関する条例・同条例施行規則(案)に対する市民意見の概要と札幌市の考え方(PDF)
ここからが本題だ。
よくこの手の話では「諸外国では8週齢規制が法で決まっている」と語られることが多い。実際にそのとおりだし、筆者個人もなんらそれに異を唱えるつもりはないし早く日本もそうなってほしいと思っているが、劣悪環境の“繁殖屋”がいまだ大いに跋扈するこの国で、8週齢規制が本当に“法”としていますぐ施行されてしまったとしたら、それはそれで新たな問題が生じるのではないだろうか。愛護団体の皆さんのFacebookなどでよく写真が流れる、あの凄まじい環境で、子犬/子猫は8週間を過ごさなくてはいけないのだ。
むろん、8週も置いておくとコストがかさむなどの(彼らなりの)理由で実数は減るかもしれないが、洋服を買うようにショップで犬猫を買う“消費者”が減らないこの国では、繁殖屋の絶対数が急に激減するとも考えづらい。状況によっては、繁殖屋で作られた子犬/子猫がより可哀想になるだけ……ということにもなりかねない(生後数週でオークションに出されるのとどちらが可哀想なのか、という不毛な議論はここでは考えないでおきたい)。
誤解なきよう明記しておくが、8週齢規制そのものに異論はないし大いに賛成だ。ただ、“分かりやすい一部分”だけを見てみんなが一斉にそちらに突き進んでいくことに、若干の不安を感じなくもない。8週齢規制は、ただやみくもに導入されればそれでみんなハッピーになるというシンプルな問題ではなく、パピーミルや、すし詰めケージのショップに代表される、現在の劣悪な飼養環境に対する規制とセットと論じられるべき問題なのではないだろうか。というよりそもそも、8週齢規制で本当に重要なことは「8」という数字ではなく、子犬が置かれる環境だと思うのだ。
この問題に関しては、アルシャー京子氏がちょうど5年前の2011年2月時点で「8週齢規制を行うのであれば最低限それに付随する繁殖犬と子犬の飼育環境への条件付けも合わせてするべきである。」とすでに指摘している(2011年2月8日のdog actuallyの記事参照)。コンパニオンアニマルを取り巻く状況はこの5年間で進展し、動物の権利が認知され、環境改善に向けての気運が高まり、それに関して意見を述べて活動する人も増えたが(と言ってる筆者もその一人だが)、あまりにも多くの人が同じポイントを見て動く弊害として、逆に論点の本質が曖昧になってきているという感じも受ける。
なぜ子犬の販売に「8週齢規制」が必要か? (2)(dog actually)
また、これは「愛護センター」の職員の方などからも聞かれることだし、環境省の動物愛護部会の傍聴をしたときなどにも何度か話題にのぼったことだが、ひどい環境のパピーミルや崩壊寸前のブリーダー、犬猫を集め続けて近隣に迷惑を及ぼすホーディング(Hoarding)など、誰が見たって「これはひどい」「早く救出しなくては」と思える実態に遭遇しても、自治体や警察に強制権がないので何もできないことのほうが多い。犬猫は法律上は動産(モノ)なので、サクサクと没収したり所有権を移動したりできないのだ。むろん「指導」は出来るが、指導で直るくらいなら、とうの昔にそんな状況は改善しているはずだ。
法の中での愛玩動物の扱いに関する議論なので一筋縄ではいかないことは容易に想像できるが、そういう部分についても、早急な解決が待たれる。
8週齢規制への先駆けとなる条例が成立しそうなことは素晴らしいことだし、大いに推進するべきだと思うが、これを機に、社会としてもっと全体に目を向けて動くべきタイミングなのだと思う。ちょうど先頃には、飼養施設の適正化に向けての議論も始まったようだし、せっかく高まってきたこの気運を逃さず、動物たちを取り巻く環境が、一歩一歩着実に向上していくことに期待したい。