スパニッシュ・マスティフやマレンマ・シープドッグのように、オオカミや泥棒から羊の群れを守る防衛本能の強い護羊犬(ガードドッグ)のあとに登場したのが、ボーダー・コリーやジャーマン・シェパード・ドッグといった牧羊犬だ。時代が進むにつれ、牧羊業の形態が変わって大規模化し、羊の群れは大きくなり、牧草地も広大になっていった。護羊犬の任務は羊の護衛だったが、牧羊犬は、広大な草原で大量の羊たちを一つにまとめたり、誘導したりする統率管理能力が求められた。羊飼いは広大な原っぱで、笛や視符(手の合図など犬が視覚でキャッチするコマンド)を使って犬達に合図を送り、羊の大群を右へ左へ前へと、思うがままに移動させることができる。これは、犬が人間とのコミュニケーション能力に長けていないとできない仕事。かたや、羊が一頭群れからはぐれたら、即座に気がつき迎えに行き、迷子にならぬよう群れに戻す。これは、人間の指示待ちではなく、自己判断で行動する能力がある証し。
牧羊犬には、人間との共同作業に従事する忠実さと、決断力を伴う自主性という、相反する能力が兼ね備わっている。21世紀になってさまざまなマシンやロボットが開発されても、牧羊犬の高い能力に達することはまだ無理のようだ。オーストラリアでは、牛や羊をヘリコプターやバイクで誘導させることはあるが、犬ほど細かい動きはできない。牧羊が盛んな国では、牧羊犬はいまも牧場の有能な従業員である。人間の手足となって働き、羊を効率よく動かすことが生き甲斐という仕事熱心さ、理解能力の高さ、諦めない根性、敏捷でタフな肉体など、どれをとっても非常に優秀。それはジャーマン・シェパード・ドッグやベルジアン・シェパード・ドッグ(マリノア)が、もとは牧羊犬出身でも、警察犬・災害救助犬などの使役犬に転向して、第一線で活躍していることからも分かる。
共通していえることは、精神力も知力も体力もタフな働き者だということ。裏を返せば「ワーカホリック」(仕事中毒、仕事依存症)。ヒマや退屈が大嫌い。無職になるとストレスが溜まり、どんな問題行動を起こすか分からない。よく聞くのは、噛み癖、無駄吠え、破壊行動、自転車や子供を追いかけてしまう、などだ。そもそも羊を吠えて誘導したり、泥棒退治をしていた仕事柄、主張の強い吠え声を出す。都会でも優れた番犬になるが、牧場勤務でない犬は、吠え声が近所迷惑になりやすい。
また、ただドッグランで走らせたり、自転車引き運動をするだけでは、筋肉的な運動欲求は満たされても、彼らの知的欲求は満たされない。アジリティなどのドッグスポーツやオビィディエンス(服従訓練)など、体も脳にも刺激になるゲームをたくさん与える必要がある。
優れた飼い主が育ててこそ、素晴らしい名犬になる。ダメな飼い主が飼えば「咬む犬」「うるさい犬」「反抗的な犬」と悪口を言われてしまう犬になる。どの犬種でもそうだが、それが顕著に現れるのが牧羊犬・牧童犬チームといえよう。