日本人は、ブルドッグのように鼻がつぶれ、下あごがしゃくれあがった犬や、マスチフのように巨大な犬を「闘犬」「どう猛な犬」とイメージしていることが多い。彼らが「闘犬」なのか。まずそこから整理しよう。
「闘犬」というと、高知県でいまも行われている土佐(土佐闘犬)の闘いを想像する人が多いと思う。土俵上で犬と犬が闘うスタイルだ。しかしもともと「闘犬」は、ローマ時代あるいはそれ以前から、犬同士だけでなく闘技場で牛、ライオン、クマなどと闘わせていた。古代の戦争時に軍用犬として使われていた記述もあり、そのときは敵国の人間を襲うように仕向けていたであろう。そうした時代に使われていた犬たちは、短毛マスチフ種(モロシアン、モロッサーとも言われる)で、マスチフ(オールド・イングリッシュ・マスチフ)やローマン・マスチフの子孫とされるナポリタン・マスチフの姿を思い浮かべると分かりやすい。元来の仕事は、家畜や土地を守るガードドッグ。それだけにマスチフはたしかに強い。大きなアゴは粉砕能力が高く、重量級で力持ち。防衛本能も強く、領地や家族を守るのに適している。本当に怒らせると非常にパワフルな犬なので当然やるときはやるが、基本、忍耐強く、堂々としており、小心者ではないから自ら進んで喧嘩は売らない。喧嘩は強いが、「喧嘩が趣味」というわけではないのだ。
その後、「闘牛」(ブル・バイティング:ブルは「雄牛」、バイティングは「咬みつき」の意)の娯楽のためにイギリスで改良されたのが、ご存じブルドッグ。12世紀後半くらいから19世紀前半まで何百年間も、彼らは牛をいじめる競技のために改良され続けた。ブルドッグの作出には諸説あるが、マスチフを小型化したともされ、体高を低くし、牛にくらいついても自分はちゃんと呼吸ができるように、つぶれた鼻としゃくれたアゴを手に入れた。しかし1800年代前半にブル・バイティングが法律で禁止されたのを境に、ブルドッグの人気は約50年間すっかり下火になった。けれども熱心なファンシャーの手により、明朗で愛情深い気質に改良され、「英国の国犬」と言われるほどのコンパニオンドッグとして再出発。体つきも変わり、もう昔の猛々しい動きはできない。
かたや1700年〜1800年代の頃に盛んに闘技場で使われていたのが、スタッフォードシャー・ブル・テリア(通称:スタッフィ)。ブル・バイティング用に、当時のブルドッグに、大胆で気が強く機敏なスムース・フォックス・テリアやホワイト・イングリッシュ・テリアを交配して、イギリスで作出された。ブル・アンド・テリア・ドッグとかハーフ・アンド・ハーフとも呼ばれていた。つまり、ブルドッグとテリアが半々という意味。この犬が、近代の「闘犬」の基礎といってよい。ブルドッグ経由で譲り受けた遠い先祖のマスチフの強いアゴ、逞しい筋肉質、スタミナ、不屈の精神と、テリア譲りの血気盛んな闘争心、興奮の強さ、俊敏性を兼ね備えている。スタッフィをベースに、イギリスで1800年代初め頃に独特の顔つきのブル・テリアが作出され、またスタッフィが海を渡ってアメリカに行って、アメリカン・スタッフォードシャー・テリア(通称:アムスタッフ)に改良された。
素人目には一見その差が見分けにくいスタッフィとアムスタッフは、FCI(国際畜犬連盟)公認犬種だ。一方、アムスタッフの攻撃的な性質と肉体を強化するべく、闘犬用にFCI非公認でアメリカで改良されているのがアメリカン・ピット・ブル・テリアである。こちらは見た目よりも実力重視なので、体格や体重、顔つきなどばらつきがある。とはいえ、これら3タイプは、スタッフィは体高が低めという手がかりはあるものの素人目には区別がつきにくい。スタッフィとアムスタッフとアメリカン・ピット・ブル・テリアと、それらの雑種をひっくるめて、「ピット・ブル」と呼ばれることもある。ややこしい。とにかくイギリス産、アメリカ産、アメリカのアンダーグランド産といるけれど、どれも基礎は、ブル・バイティングや闘犬が目的で近代、犬種改良されたブル×テリア系の中型犬。意外と小ぶりだが、全犬種中、最強と名高い。それくらい爆発的な攻撃力のある犬である。
そのほか、大型犬のドゴ・アルヘンティーノや日本の土佐(土佐闘犬)にも遠くテリア系が入っている。土佐は、土着の四国犬に、ブル・テリア、ブルドッグ、マスチフ、持久力のあるジャーマン・ポインターなどさまざまな洋犬の血を入れられており、いまも現役の闘犬として働かされている。
このように闘犬の存在を紐解いていくと、ローマ時代にライオンなどと闘わされていた重量級の犬(マスチフなど)、1800年代前半までブル・バイティングに使われていた犬(ブルドッグやボクサーなど)、そして動物愛護の精神から闘犬が禁止された近代以降にもそのまま引き継がれているテリアの血を導入した犬たち(スタッフィやドゴなど)の、3グループがいることが分かる。最初に挙げたマスチフタイプの犬たちは、もうライオンやクマと闘うことはなく、元来の仕事のとおり番犬か家庭犬として寝そべっているのがもっぱらの役目。2番目の、当時ブル・バイティングで牛いじめが仕事だったブルドッグやボクサーは、失職してからすっかりマイルドでチャーミングな性質に改良され、欧米で人気のコンパニオンに華麗に転職した。そして現代も、現役の闘犬と名乗れるのは、3番目のブル×テリア系の犬なのだ。
ちなみに、マスチフタイプのいわゆるガードドッグ(護羊犬・護畜犬・護衛犬)は闘犬としても使えるが、3番目の根っからの闘犬種は、護羊犬や護畜犬には使えない。そう考えると、似て非なるものであるという性質が見えてくる。
とにかく、初心者が安易に現役闘犬チームに手を出していいわけはない。海外でも日本でもたまにニュースで、幼児や高齢者などを襲ってしまう事故が報道される。危険犬種に指定され、飼育・繁殖・入国などが禁止されているヨーロッパの国もある。日本ではそんな法規制はないけれど、国際的にそれだけ厳しい見方をされていることは事実で、飼育責任が重大な犬種と認識する必要がある。
・アゴの力の強さ(咬傷の際の被害が大きい)
・自分勝手さ・頑固さ(制御訓練が難しい)
・刺激に対する限界値の低さ(キレやすい)
これらが危険度の潜在性を計る3ポイントになるが、現役闘犬チームほど、幸か不幸かこの3つがうまくからみあっている犬はいない。人間がそう作ってきたわけである。平和主義でトレーニングに素直に従うラブラドール・レトリーバーとは正反対だ。喧嘩のスイッチが入ると誰にも止められなくなるピット・ブル達とラブは、ラブがどう頑張っても、同じ土俵では闘えない。犬は犬でも、天と地ほどの違いがある。
もちろん、攻撃性を強化しないよう正しく血統管理された家系で、正しく訓育され、穏やかに愛された場合、全部が危険な犬になるわけではなく、飼い主の管理能力とモラルが高ければ、素敵な家庭犬として暮らすことはできるし、事実そういう犬もいる。けっこう甘え上手で、ファニーで、たまらない魅力がある。飼い主家族に向ける愛情はとてもチャーミングで、そんな攻撃スイッチが入る犬には見えないこともある。けれども、この現役闘犬チームと暮らしたいのなら、楽観や希望的観測は禁物。全犬種の中でトップクラスの責任感と気合いと情報力と精神力、そして経済力(事故のときの損害賠償金)が必須で、それが自分にあるかをまず自問自答すべき。この犬たちに限らないが、他人や他犬をケガさせたり、最悪強烈な殺傷能力があるという事実をつねに心に刻んでおかねばならない。
また「ドッグランでみんなと遊べる犬が理想」と思っているなら、喧嘩上等の現役闘犬チームを選ぶのは筋違い。彼らの従来の仕事は、動物に嬉々として咬みつくこと。ファッションや流行で飼っていい犬ではない。ちなみに、アメリカやドイツなどでシェルター(飼育放棄された犬のための施設)などに最も数多く収容され、安楽死を余儀なくされているのはピット・ブル系の犬である。そうならないように強い信念と覚悟で、この犬を選んでほしい。